6-15「あれはああいう性格です」
ピンチは突然やってくる。
オートクチュール アビーネの店内で、ミリアは再び窮地に立たされていた。
「ね〜え、ミリア? ビスティーさんはどうしてあんな人雇ったの?」
「……いや…………うん……」
どこからどう見ても『完全武装のキャリアレディ』の装いで顔を覗き込んで聞いてくるのはカリーナ・マクベル。
『ウエストエッジを代表する男嫌い』と言っても過言ではない女性で、男性が去ったあとは『女神の聖水』を振りまく人だ。
ソレに対して言葉を濁すのは、この物語のヒロイン──ミリア・リリ・マキシマム。近い将来、盟主の妻になる女である。
彼女は困っていた。
ミリアの職場、
総合服飾工房ビスティーの新人
『エリック・マーティン』について。
カリーナに『どうして総合服飾工房に男がいるのか』と詰められること二回目。
一度は回避した話題であったが、舞い戻ってしまった会話に舌を巻いた。しかし、カリーナは嫌気を滲ませ、確かめるように首を捻ると、
「わ〜かってる? あいつ男よ? 一緒に働いて平気なの?」
「……『男』の前に人間じゃん……?」
眉をしかめ吊り上げながら言われ、ミリアは訝しげな空気を返した。
正直、ミリアはこの『不信感』はわからなかった。
『男だ女だ』と言われても、そこから『不信』にはつながらない。
(────支払い期限守んなかったり、約束したこと途中で放り出す人の方がよっぽど信用できなくない? そういうの男女関係ないし)
と、ぶっすりとするミリアだが、言わぬそれはカリーナには伝わらない。
「娼婦だと思われてるんじゃないの〜〜〜〜?」
「え? しょ、娼婦……?」
「だって男よ!」
「いや、──しょう、ふ〜……って
……ないと思う。
ありえない。
うん。
絶対ない。
絶対。」
眉を寄せてツンツンされて、ミリアは固い口調で首を振った。
想像でなにやら言ってくるのは構わないのだが、男性嫌悪もここまでくると呆れてしまう。別にそう言われたところで、ミリアの中のエリックへのイメージが変わるわけでもないし、カリーナがどう感じようが知ったこっちゃないのだが
彼は仮にも相棒である。
『相棒のメンツは守らねばならない』。
短い間だが密な時間を過ごしているのだ。
ミリアなりに『エリック・マーティン』という男が、女性に対してそういう欲を出す人間ではないこともわかっている。
それなりの責任感をもっていることも、きちんとした性格なことも知っている。
正直これだけ言われれば、『外見しか知らないカリーナになにがわかるの』という、密やかな怒りも湧いて出る。
────しかし。
それはとりあえずさておき。
ここで喧嘩をしても仕方ない。
短い息でモヤを散らし、一拍。
ぼんやりと高級クローゼットの店内を眺めるミリアの中
『娼婦なんじゃないの』というおかしすぎる推測と
『エリックのこちらに対する態度』が浮かび上がり────
(そもそも、女扱いされてないし。知ってるし。まあいーんだけど。)
ぶすっとぼそっと呟いた。
そう、そもそも『的外れ』なのだ。
娼婦も何も、エリックが自分のことを『性愛の対象』としていないことぐらい、十分承知だった。
初めましての時の『あれ』といい。
普段のからかいといい。
『女性に対する扱い』ではないのである。
(だってあのひと、女の人にはキラキラ振りまいてるもん。
知ってる知ってる。
わたしにはそんなキラキラ振りまいてこない。
知ってる。)
──と、息。
(……それに? 最近は? 小馬鹿にして煽る感じはないけど?
やたらと『危ない危ない』って、もう〜〜〜、
わたし子どもじゃないのに。
もお〜〜〜……)
ぶすぶすと不満が溜まる。
────しかし、それが散るのも早いのである。
(──まーだからって『女として見てほしい』とか思ってないし。
からかわれても負けないし。
負けたくないし。
あれはああいう性格なんだと思うし。
そういうの嫌いじゃないけどさあ?)
パキッと切り替えるように、ひとこと。
(……アルトヴィンガで心配かけたっぽいし?)
と、それもため息混じりにひとこと。
そしてミリアの中、地味〜〜〜に湧き出す、反省の念。
アルトヴィンガの件は、ミリアも若干肝が冷えた。
『知らなかった・そんな場所まで行かない』とはいえ、聞けばかなり治安の悪い場所だったらしい。
『入っただけで印象が悪くなる街』だとは微塵も知らなかったわけだが、その理由についてはエリックは言い淀み、はっきりと説明はしてくれなかった。
しかし、そんな
『エリックが言い淀むようなイメージがついている場所なのだ』ということだけはびしびしと伝わってきた。
逆の立場になれば、とても心配しただろう。
軽く胸ぐらの一つでも掴んで『バカ!!』と怒鳴っていたかもしれない。
そこは重々反省すべき点だが、しかし。
あれから、エリックに対して『兄か???』と思う節が無かったといえばウソになる。
(────兄が増えた……兄か……兄なのか……)
──と。
表面のパーツをすべて平たく伸ばし、脳にあふれる『兄モードのエリック』をささっと横に流して。ミリアは、女性店員に囲まれている彼を遠目で眺めながらこっそりと話しかける。
「でも、ほら。顔はいいし」
「そ〜れは……わかるわ。顔はいいわね〜……」
「貴公子みたいでしょ?」
「……うぅ〜ん……確かに……」
「カリーナ、顔がいい人好きじゃん?」
「……顔がいい男がキライな女は居ないわあ〜……!」
悔しそうに唇を噛み・眉を釣り上げるカリーナ。
(────このダブルスタンダードなところ、本当に尊敬する。
………………悪い意味で)
ぼっそり呟いた。
ミリアの感覚からすれば、カリーナの『これ』はまるでわからない。
『男が嫌だ』と言っておきながら『容姿のいい男は好き』などと平然と言って退けるその感覚。『要は好みの問題じゃないか』とぐったりもする──のだが。
(──ま、人なんてそんなもんだよね)
と、心の中で一蹴。
ひらたい瞳で空を見つめ、そしてひそかに悟りを開いた。
”──人は皆 自分の好みで生きている”と。
それを
外に出すか内に秘めるか
はたまた押し付けるか否かで他人との関わり方が変わるが
────皆、同じようなものだ。
(自分の事だけなの、みーんな。
自分はいいの。
わたしもそう。
そんなもんなの。
カリーナが悪いわけじゃない。
みんな同じなだけ)
じんわりと広がる諦めを
”無”として心の中に溶かしながら
ミリアは、女性スタッフに囲まれ、キラキラの好青年モードを続けているエリックを尻目に”──ふう”と小さく息。
そして、流れるようにカリーナに目を向けて、
「──ね、そうだカリーナ。
今年のボア・ショールって販売価格一緒?」
「ボア・ショール?」
「そう。『値段変わりそう〜』とか、ある?」
「うう〜ん、今年の質次第じゃなぁい?」
さりげなく。
『うちでも参考にしたいんだよね』という雰囲気を出しつつ問うミリアに、返ってきたのは眉根を寄せた声。
カリーナは、悩ましげに左手を頬に当てると、
次に”つんつんとんとん”と自分の唇の辺りを指で突きながら、
吐き出す息と共に述べる。
「うン~、もうそろそろ〜。
ボア愛好家のシャルマンダ様がオーダーくれると思うけど〜、そこで今年のウチの販売価格が決まるんじゃないかしら〜」
「……”シャルマンダ様”?」
思わず繰り返した。
その名前に聞き覚えが合ったからだ。
『シャルマンダ』という名前はたまに見かける名前ではあるが、ミリアの知る『シャルマンダ』は一人しかいない。この前のオリオン舞踏会で特別なお直しをした『仕上がりに五月蠅いシャルマンダ夫人』である。
『それ』と『これ』が『同じ人物なのか』。
聞き出すため、ミリアは食い気味に目を向けると、
「え、シャルマンダ様って、あのシャルマンダさん?
エドモンド子爵夫人の……シャルマンダ・デュワ・エドモンド様?」
「あ〜らぁ、有名なのね〜?」
「……ん……!」
素早く頷くカリーナに息を呑んだ。
顧客がいくつもの店舗で買い物をすることなど珍しくないが、シャルマンダの名前をここで聞くことになるとは思わなかった。”裏切られた”などとは思わない。ただ、ボアの話などしなかった子爵夫人の”知らなかった部分”に驚いたのだ。
先日の接客をぐるぐるぐるーと思い出し、一拍。
ミリアは顔を上げると、
「……シャルマンダさんのところ、この前ドレスのリメイクしたばっかりだよ……! あの方、舞踏会前になると、お嬢さんのドレスにすごく花をのせるの」
「娘さん? ああ、シャトワール様〜?」
「そうそうそう! でも、シャルマンダさんがボア愛好家なんて知らなかった……!」
「あら〜。そうなのぉ~? 結構な愛好家よ?
娘のシャトワール様が今度成人されるのよね〜成人服も凄そうよね〜?」
「……すごそうだよね……成人服……」
「高笑いもね〜……」
「…………高笑いも、ね…………」
──流れるように話しながら、『あはははは……』と、二人そろって乾いた笑いを上げて肩を落とす。
オートクチュール・アビーネの隅、
げんなりと漂い始めた気を紛らわすように、迷うミリアの目が捕らえたのは『貴公子モード』のエリックだが、脳が見ているのは『シャルマンダ夫人の娘・シャトワール令嬢』である。
立て巻きロールヘアが特徴的な、高笑い令嬢だ。
とにかく高笑いから始める娘・シャトワールと
とにかく高貴な笑いを絶やさない親・シャルマンダ。
思い出しただけで脳内に響く笑い声。
大変やかましいのである。
二人揃えば、エリックぐらい軽く倒せるのではないかと思うほどの声量になると思っているのである。
(…………ああ、頭の中で高笑いがループするううううう~~……)
ミリアは、その来店模様を思い出し、顔面偏差値を下げて目を閉じた。
優雅な夫人、シャルマンダの『ほーほほほほほ』な笑いと。
高飛車な娘、シャトワールの『おーっほっほっほっほっほ!』というパワフルな笑いがひたすら渦巻く脳内環境に、ミリアが顔のパーツ全てを平く潰した時
いち早くその脳内喧騒から抜け出したカリーナは、ミリアに目を向けニコっと微笑んで、両手の指の先を合わせながら言うのだ。
「そ〜うそう、ミリア〜話変わるんだけど~」
「──うん?」
「ラップキャンディーとチョコレイト・ヴェル・プレッツェルは知ってる〜?」
「……ら?」
────問われ。
口を開けたまま、首をかしげる。
『新しく出たおしゃれっぽい長めの単語』。
ぺらぺらぺら〜〜と放たれた言葉が聞き取れず────
「……らっ……?
ラップキャンディと……、ちょこれいとべる……
────なんて??」
顔面偏差値をぐんと下げながら、目を点にして聞き返したのであった。




