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6-10「おそらに おわします かみさまは」










 ──事態は、突然やってくる。



 

 

 報告を持ち込んだギルド長スネークに、エリック──

 いや、エルヴィスは述べる。





「──ミントペール付近まで、小型竜(ワイバーン)で書と先遣隊を飛ばす。兵力が分散するのは痛いが、そうも言っていられない。

 ……ウエストエッジ・領都ラルコルーラ・聖クレセリッチはいいとして、ミントペー……」

「────あの~~……」




 流れるようなやりとりをミリアの声が遮った。

 驚きの視線を向けるスネークとエリックに、ミリアは、顔に不可思議を宿すと、




「────…………普通、逆じゃない?

 ウエストエッジとか、ラルコルーラって大事な街だよね? そっちの方守らない?」



「──ああ、ここは、女神のお膝元だから。

 『ネム・ミリアの伝説』は、聞いたことあるだろ?」





 エリックに滑らかな微笑みを送られて、ミリアは『うんっ?』と、頬杖から顎を浮かせたのであった。



 




 












 ────彼が語り紡ぐのは、この国の伝説。

 まことしやかに語り継がれている、古来の逸話。






 

 

「────遠い昔。

 神々と人間が、まだ近しい間柄(あいだがら)だった頃。

 『星の神』と『ミリア』という聖女が契約を結んだんだ。

 

 ──”星に一番近いこの地に、 永遠の安寧がありますように”と。


 君も聞いたことがあるだろ?

 ”星神と聖女の伝説”」



「『おそらに おわします かみさまは

  せいじょミリアに ちからを さずけ

  人びとは

  めがみとなった ミリアを たたえました


  その ごかごは いまもなお

  このちを まもって います』

 ……ってやつ?」

「────そう」





 女神のクローゼット『ウエストエッジ』

 総合服飾工房(オール・ドレッサー)ビスティーの店内。

 カウンターを挟んで、語るエリックにミリアが問う。

 

 カウンター上に広げられた地図はそのまま。

 こっそりそこに目を落とすスネークを隣に、エリックはミリアに向けて言葉を続けた。

 



 

「『星神(せいしん)ベラクスと契約をした聖女』の話」

「あれっておとぎ話じゃなかったの?」



「表向きはね。『淑やかな聖女の願いに、神が応じて下さった尊い御伽話』としてしか語られていないけれど、あれには『元』があるんだよ」

「ふう~ん……?」

 


 

 視線の向こう。

 組んだ両腕を着きながら、肩をすくめる相棒のミリアに釣られる様に。

 エリックはカタンと丸椅子に腰かけると、

 


「……もっとも、元の伝承は『淑やか』とはかけ離れたものだけどな?」




 と、苦笑気味にひとつ。

 そんなエリックの隣、すっ……と地図を回収するスネークを視界の隅に、彼は話を続ける。




 


「”(いにしえ)の乙女ミリア”は、この大地の貧しさ・悪政に大層嘆いていた。毎夜星空を見上げては、神に祈りを捧げていたんだ。

 


 『祈りを捧げます 我が国に富と安寧を(もたら)したまえ』。

 


 彼女は、聖なる力を宿していると評判だった。

 そして自身も力があると自覚していた。

 自らの力を自覚していた彼女は人の身でありながら、神に取引を吹っかけたんだよ。



 『力を使わせてやるから、国を豊かにしろ。悪神をなんとかしろ』ってな。


 それに応じたのがベラクスだった」




「…………なんで応じたんだろ?」

「────美女だったんですよ、女神(ミリア)は」



「…………あぁ…………」

「なにせ、周りから『聖女』と言われるぐらいだからな。相当美しい容姿をしていたんじゃないか?」





「…………さようでございますかぁ〜………………」

 



 投げた疑問にしれっと答えるスネークと、くすりと苦笑を漏らすエリックを前に、げんなりと顔全体のパーツを下げるのはミリアである。

 



 瞬間的に浮かんだ疑問を呟いたのだが、得られた感情は『結局それか』の一言に尽きた。


 


 ミリアの祖国・マジェラの観点からすると

 『神が人間の願いに応じるなど、どれほどの代償を払ったのか』と身も縮む思いだったのだが、結局はそれである。




 『容姿は解りやすい武器』であることは十分にわかっちゃいるが、瞬間的に心がささくれ立った。

 



 

(…………美人サンには、神様も弱いというわけでございますか、そーですか~)

 


 呟き、”……────はあ。”と横に流す目、山なりになる唇。

 



 内心

 『男ってやつはいつの時代もまったくホントに』というボヤキがあふれ出そうになる──が




(──────ま。

 女も、男の人のデザインの良し悪しで言うなら、良いほうがいいけど~。

 人のこと言えないのは解ってるけど~

 女だってデザインが好みの方見ちゃうしね~

 そんなの仕方ないよね~)


 色々考え、さっとその意見を改めた。




 そんなミリアにエリックは、くすりと笑みを一つ。

 滑らかに、伝承のその先を紡ぐ。



 


「──星神(せいしん)ベラクスは『(いにしえ)の乙女ミリア』の願いを聞き入れ、彼女に女神の力を授けた。

 

 もとより『戦神(いくさがみ)』と呼ばれるほど戦いに長けていたベラクスは、癒しの力を求めていたんだ。その資格があったのが『聖女ミリア』だった。


 利害が一致した二人は、これ幸いと手を取り合い、この地から悪神(あくしん)を払い除けたんだよ」




「…………へえ〜…………」





 聞いて、ぐるり。

 ミリアの中で考える『昔のおとぎ話と悪神』。

 

 子どもの絵本調の内容が頭を駆け巡るミリアに、エリックは続ける。




「そうして、我らネム神聖地方を開墾(かいこん)していった星神ベラクスと女神ミリアだが、役目が終わった後、空に(かえ)ることは出来なかった。

 女神(ミリア)はもとより人間だし、ベラクスも長きにわたり人の姿を纏いすぎた為、神界に拒否されたらしい」 

 

「あらま」




「────『酷い』と取るべきか『当然』と取るべきか、迷う話だよな?

 

 結局『人の身で神となったミリアと、神の身で人に紛れたベラクス』は、人の世界で暮らすことを余儀なくされ、その生涯を地上で過ごすことになった。

 その後のことはあやふやだけど、ネム・ミリアは今も、サンクチュアリ・ネミリア大聖堂に祀られている」



「ベラクスは? 大聖堂にいないの?

 戦いの星神(ほしがみ)さま」



「ベラクスのほうは……、その()の伝承が残されていなくてね。誰もわからないんだよ」 

「どうして?」

 


「さあ。表に広がっているのは『ネム・ミリア伝説』の方で、ベラクスの名自体、知っている者は少ない。彼の名は、相当伝承が好きな研究者や吟遊詩人、またはそれに纏わる者しか知らないんじゃないか?」

 


「……ふううん……?

 じゃあ〜

 『女神さまがこの地に降りたち、悪神を払いました』って言う、あのファンシーなおとぎ話のほうだけが広まってるんだ……?」


「ええ」



 宙を眺めて首をかしげるミリアに、スネークが口を挟んだ。




「ネム・ミリアとベラクスは、『女神と守護星』とも『愛し合う夫婦』とも言われておりましてね。伝承に揺れがあるのですよ」

 


「そうなんだよな。

 『弟子が何人もいた』とか『分身を各地に埋めた』とか『生涯二人きりだった』とか『子どもが多くいた』とか、とにかく一貫性がない」


「ふうーん……?」




「……まあ『大昔の伝説』だからさ。『ミリア』の方は信ぴょう性があるとしても、『ベラクス』のほうは恋物語が好きな吟遊詩人の妄想が広がっただけかもしれない」

「ドライに言いますなあ~」



「まあな。

 皆、好きだろう?

 ソウイウ『恋だの愛だのが絡ム作リ話』が。」

「ほおお~……、ふふふ」

「──────けれど」




 ミリアが作り出す気の抜けた空気を、エリックのはっきりとした声が締める。

 瞬時に表情を切り替え、瞳を向ける彼女に──エリックは至極まじめなトーンで続けた。




「この土地が、『瘴気を喰らいしモノ( ま も の )』の被害を受けたことがないのも事実だ。聖地・クレセリッチ・ウエストエッジ。そして領都・ラルコルーラは、過去300年遡っても戦火に見舞われていない」



「……ってことは…………ナガルガルドの時も?」

「────……まあね」




 ミリアの口から出た『前時代の大戦の話』に、エリックの表情が曇った。



  

 ナガルガルド継承戦争。


 ナガルガルドの王位継承戦に巻き込まれた一件だ。

 今の時代を生きる彼らにとって、目を背けたい出来事であり、背けられない歴史の出来事である。

 


 瞬間。


 苦みと痛みと惨劇と。

 聞かされ続けた罪がエリックの中に積もり膨らみ、言葉は、逃げるように零れ落ちていた。




 

 

「──ノースブルク( う ち )は、支援をしていただけだから。

 ………………それに」




 瞬間的に思い描いた『しがらみの罪』を隅へと追いやったエリックは


 端的に──落ち着いた声で


 



「ナガルガルドは人同士の争いだ。瘴気を喰らいしモノ( まもの )ののそれとはわけが違う」

「…………」






 そう紡いだエリックの顔つきが、”妙に不安げ”で


 僅かに瞳で探るミリアの前、スネークが


 憂いを──────”落とす”。


 





「……戦火の舞台になったのは、フェデールでしたね」

「……ああ。『フェルデンの悲劇』は……、有名な話だよな」

「………………」


 


 声に釣られて

 ずん……と空気が重くなる中

 


 ミリアはひとり、所在なく口を(つぐ)んで黙り込んだ。





  

 

 彼女はこの国の人間ではない。

 フェデールという国も、フェルデンの悲劇とやらも、マジェラでは聞いたことがない。


 『まったく知らない歴史』である。

 それらを今言われたところで、ミリアは沈黙する他すべがなかった。


 

 



 気落ちしているエリックとスネークに

 かける言葉が見当たらない。




 



 彼女とて

 『戦火に見舞われたことに対する想像と同情』は出来るが、『それに対して自分の事のように心を痛め、気持ちを沈める』のは────



 いささか、抵抗を感じてならなかった。



 


 胸が痛くないわけではない。

 悲しくないわけではない。

 ただ、自分が体験していないことを、自分の事のように悲しむことができない。

 

 


 なぜなら

 『まるで自分が、聖母を気取っているかのような『偽善者感』が、どうにもこうにも気持ち悪く感じて仕方ない』のである。


 



 ミリアは、その名前『女神(ミリア)』というだけで 幻想を抱かれがちだが

 

 



 ”自分は そんなに 綺麗じゃない”





(…………どうすればいいんだろ……)



 

 突如訪れた『重み』に、ミリアが、ひとり。

 戸惑い困り、瞳を惑わせるその空気を察知して。



 エリックは、青く深い黒色の瞳を向けにっこりと微笑むと、声に優しさを宿して言う。




「────ミリア。大丈夫だよ。

 とにかく、街の中は安全だから」

「そっか。……なるほど~」



「ああ。ミリア様のご加護があるからな」 

「ええ。ミリア様に守られていますからね」

「えと。頭に『ネム』とか『女神』ってつけてほしいんですけど……


 わたし、なまえ”ミリア”……

 様付けされてるみたいで、ちょっと恥ズカシイですね?」

 



 テンポよく頷く男二人に、おずおずと手をあげて物申す。


 


 先程の『どうしよう』は掻き消えたが、次に渦を巻く気恥ずかしさに、ぎこちなさがぬぐえない。




 もちろん、彼らの言う『ミリア』が違うことなど百も承知だ。

 だが、相棒のエリックに『様付け』されるのもこそばゆいのに、明らかに立場が上のスネークにまで『様付け』されている状況など、羞恥と申し訳なさと複雑さで耐えられなかった。






 その”こそばゆさに”

 若干頬を染め、眉を下げる彼女に

 エリックは、思わずくすりと笑いを漏らし、ゆるやかに頬杖を突くと


 愉快としみじみを声に乗せ、

 



「──フフ。

 ご両親はいい名前を授けて下さったよな……」

「それで被害を被っているので、ちょっと勘弁してほしいですね?」




「いいじゃないか。女神と同じだぞ?」

「名前のイメージって大きいのご存じ??

 ミリア様はいいよ?

 ご加護の力で、こう……『許します……!』的なイメージあるけど。

 でもね、わたしは違うの。

 慈悲など持ち合わせていないの」


「…………そうか?」

「そうです!」




 目を丸めるエリックに、キッパリ言い切るミリア。



 そして瞬時に力を入れるのは右の拳だ。

 ぐぐぐっと胸のあたりまで持ち上げ、きりりと宙を睨んで言い放つ!




「恨み持ったら一生許さないし、害を加えてきたやつとか、一生苦しみながら死に絶えて欲しいと思っています!」

「おや。殺さないのですか?」

「手を下すのは嫌です! 勝手に苦しめ! そして絶望の中で死に絶えてほしい!」

「────フ!」




 キッパリはっきり。

 堂々と述べるミリアに、エリックは吹き出し笑う。


 ミリアはさらに どぉーん! と自身の胸を叩くと、




「こんなわたしに”ミリア”って。名前負けにもほどがあると思いませんか!」

『………………………………』




 堂々。

 はっきり。

 ずどーん! とワイルドに言い放ったミリアに、男二人の視線が降り注ぎ────……

 



「──フ! 負けてはいないと思うけど?」

 いろいろ想像し、笑ったのはエリックの方。



「ちょっと待って?

 キミのそれは、ぜったい失礼な事考えてる顔だよね? わかるんだからねっ?」

 と、すかさず言葉を挟むのはミリア。



 



「……────先ほどから思っていたのですが」





 

 そしてスネークは


 確かめるようにゆっくりと

 糸のような目をミリアに向け、問いかけるのだ。




 

「──ミリアさんは

 ……この辺りの出身ではないのですか?」

「あ~……田舎から出てきたんです。『おのぼりサン』なんですよ~」






 問われ、ミリアはとっさに『へらっ』と笑って返した。

 



 ミリアが『マジェラの民である』ことは、エリックにしか知られていない。

 


 内心背を冷やすミリアの思惑など知らぬスネークは、

 トーンを落として首を傾げ、しげしげと


  


「……よく無事で来られましたねえ。」

「まあ……

 その……


 えと……


 運が良かったです〜」

「────まあ、『とにかく』だ」




 エリックの張りのある声は、ミリアとスネークのそれを遮った。

 二人の視線が降り注ぐ中、エリックはミリアに目を向けると、言い聞かせるような視線で物申す。





 


「ミリア? 間違っても、一人で襤褸布の坩堝(アルトヴィンガ)になんて行くなよ?

 何があるかわかったものじゃないんだからな?」

「……それは……!


 ……わかったけどさあ。


 でも、お言葉のようでございますが、わたくし、子どもじゃありませんので。

 スモーキー通りならよくない?」



「だから。

 『街から出るのが危ない』んだ。

 出るなら同伴者を付けるべきだ」


「半分わかるけど半分わからないんだよね?

 『同伴者』って、え〜〜……?

 えええええええ??」

「声さえかけてくれれば、一緒に行くから」


「──い、一緒に?

 親か? 兄かっ!

 それとも教師か!

 それは変じゃない?」

「……変じゃない。危ないことに違いはない」



「ラルコルーラは安全なんでしょ?

 一人で行けるって」

「……だから……!

 危険はそれだけじゃ無いって言ってるだろ?」



「だからあ! そんな子どもじゃ無いってば!」

「だから…………!」

「だーかーらぁ!!」





「………………はあ………………」

(…………また始まってしまいました)





 始まってしまった言い合いに。

 深く深くため息をつき、明後日の方向を見つめるのはスネークである。




 『ボスの選んだ女はずいぶんと口が回る』とは思っていたが、堂々巡りを始めるのは面倒にもほどがある。





 呆れと怪訝を糸目に乗せるスネークだが、エリックとミリアは気づかない。

 自分の目の前で、今も『だからあ!』『……だから』の問答を繰り返している。

 


 

(…………いつまで続くんですかねぇ、コレ)

 


 

 ────不毛だ。

 不毛すぎるもいいところであった。

 辟易である。

 

 


 こちらなど見向きもしない二人から、数歩。

 すす~っと距離を取り、後ろ手を組むスネークが、ちらりと目を向けるのは『着付け師』。


 



 少し前まで『気立てのいい娘』だと思っていた彼女を捕らえ、ひとつ。



(────ミリアさんも温厚な方だと思っていましたが、そうでもないようですね。

 ……で、ボスに至っては)


 



 呟きながら、するりと視線を動かして

 今も言い合うボスを前に、ひとつ。

 


(こんなに言い合う(・・・・)人だったんですねぇ。

 新しい発見です)

「……とにもかくにも」




 前半は胸の内。

 後半は、きっぱりと。

 


 はっきりと、気を引くように言い放ったスネークは、揃って目を向ける若き二人ににっこり微笑むと



「──お二人とも、仲直りは早めにお願いいたします。

 この街の未来に支障がでますので。」

 

 


 声に、笑顔に、空気に態度に

 『いい加減にしろよお前ら』の圧を込め────



 


 ────ぎい、ばったん。


 

 有無を言わせず、その場を後にしたのであった。














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