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6-9「黒衣の悪魔」







 

 ──8月の末。

 喧嘩という激動を駆け抜け、落ち着きを取り戻した総合服飾工房(オール・クローゼット)ビスティーの店内で。


 

 

 深い茶髪にハニーブラウンの瞳で一点を見つめながら、ビスティーの店員、ミリアはぽそりと呟いた。

 


「……あとで図書館、行ってみよっかな……」

「──── 一人で行くなよ?」

「なんで。図書館だよ?」


 

 間髪入れず(たしな)めるエリック・マーティンに、ミリアは訝しげに首を傾げる。


 

 その顔には『さっきもそんなこと言ってたけど』という不服が書いてあるが、エリックは怯まない。


 

 腕を組み、彼女を見据え、はきはきとしながらも難しい色を宿して物申す。

 

 

 

「──この辺りで植物の資料がおいてありそうなのは、ラルコルーラの領立図書館しかない。

 ラルコルーラに行くということは、街から出て、湖を回り込むことになる。

 一人で行かせるわけにはいかないな」

「……隣町じゃん。なんでそんな」

 


「────街を出るのは、危険だからですよ」



 

 危険予測と困惑。

 エリックとミリアの、交わる意見と気持ちの『先』を作るように

 総合ギルド長・スネークの放った言葉は、二人の間を貫いた。

 


「……黒衣の悪魔(セタ・ギャガ)はご存じですか?

 ……あれが最近、増えてきているそうなのです」










 










 


 

黒衣の悪魔(セタ・ギャガ)が……?」

「────はい」



 

 スネークの口から出た怪物の名前に、不安そうにつぶやいたのは、ミリアだった。


 


 頷くスネークとミリアのトーンに合わせて、空気が重く沈みゆく。





 大人三人、カウンターを挟んで場を囲み

 

 

 呆然と驚きを交えて呟くミリアと

 警戒をジワリと滲ませるエリック

 そして、短く息を吐き出すスネークの三人が思い浮かべているのは『黒衣の悪魔』だ。

 





 ────黒衣の悪魔(セタ・ギャガ)


 いつからかその存在を囁かれるようになった、人ほどの大きさをしたカラスのような生き物だ。大きな羽と二足歩行・全身を覆う黒い羽が悪魔に見えることから、人々の間でそう呼ばれるようになった。



 

 どこから現れたのかは不明。

 その生態も不明。

 

 『商人たちの噂話』『商人たちの目撃情報』以外なにもわからぬ生き物の出現報告に────


 


 間を置かず(・・・・・)

 『カツン』とカウンターを鳴らしたのはエリックだ。



 

 けしって、声には出さず。

 彼は、暗く青き瞳でスネークを見射ると、素早くその続きを語る(・・)




待て。聞いていないとつとつつとつとつとつつとつとつととつ


それを伝えに来ましたつつつとつつつとつつつとつつとつとつと



(……またとんとんしてる。トントンカツカツうるさいなあ)




 

 


 また(・・)

 突如始まった男二人の信号に、ぶすっと不満を秘めるのはミリアである。


 

 『暗号でのやり取りをしている』とは想像もつかない彼女からしてみれば『いきなり始まった意味不明の共鳴』に不審と違和感しかない。



 

(……カウンターコツコツするの流行ってるの?

 そういうのが男の人の『カッコいい』だったりする?

 とりあえずうるさい……

 楽器じゃないんだけど……?)

 


 と、二人のやりとりに目だけを配らせて、心の中で息を付く彼女の────”前”。

 スネークは、満足したかのように音を奏でる指を止め、すっと姿勢を正してエリックに向かうと、


 

 


「──先ほど、商工会議所に南方の商人が参りましてね。

 ミントペールの街道沿いに、奴らが複数体で現れたとのこと」

「…………被害は?」



「死亡などの報告は入っていませんが、身を守るために放棄した物品損害は出ています」

「……奴らは、光り物を好むんだよな……」

「ええ。言葉は通じませんが、頭のいい生き物です。商人を脅し、金品を奪って逃走したと」


 

「──周辺の町や村は?」

「………………今の所、報告は入っていません」

「……そうか。戦力を持たない民に被害がなくて何よりだ」


「……………………。」




 

 その──

 突如『流れ出した会話』に、ひっそりと、蚊帳の外で目を丸めるのは、ミリアである。






 


(…………あれ…………?)



 『男二人』に、違和感。

 『いまのやりとり』に、違和感。



 小さく小さく、ハニーブラウンの瞳を丸めてまばたきをする。

  



 

 ミリアは、

 相棒『エリック・マーティン』と

 組合長『スネークさん』は、言いようのないぐらい相性が悪いものだと思っていた。


 

 特にエリックの方は嫌悪を顕わにしていたし

 先ほどまで『キャップ』と口にするのも抵抗がある様子だった。


 ────のに。


 流れ出した会話は『滑らかそのもの』で、先ほどまでのヒリついた空気は見られない。


 



(……う、ん………?

  なんか……『仲良し』じゃない……?)

 と、こっそりと気を配るミリアの前で──『エリック』は。



 

 悩まし気に右手で頬を覆うと、ギルド長『スネーク・ケラー』に向かって眉を寄せ、言葉を放つ。

 

 


「しかし、どうしてまたシルクメイル地方(こんなところ)まで黒衣の悪魔(あいつら)が……、奴らの生息区域はもっと南の方だろう」

「カラス自体は、この辺りでもよく見かけますけどね」



「やつらの生態に詳しい学者……は……」

「……居ないんですよねぇ……困ったことに……」



 苦々しく首をふるスネーク。

 眉を寄せるエリックの色は厳しく、彼はそのまま言い募る。



 

「────そうだな。

 そもそも、食べるわけでも・着るわけでもなく、ただの『知識欲のために殺生する』など……、例えそれが黒衣の悪魔(セタ・ギャガ)であろうと女神の教えに反する。そんなことは、あってはならない」


 

「……どこかに生態研究をしている国などご存じありませんか?」

「聞いたことがない。あるとしたらネミリア教の外だろう」



「そんな禁忌を犯す地域があるんですかねぇ?」

「あるのならご教授願いたいものだな。

 女神の教えに反するなど、国内──……いや、シルクメイル全土でありえないことだが。

 『こういうことが起こる』と……、情報が欲しい」

「ですね……」


「……。」






 ────滑らかに。


 

 互いのリズムを窺うことなく。



 話し始めた男二人を前にして。


 



 

(……なんか………………空気……凄い……)


 こっそりこっそり、口の中で呟くのはミリアだ。



 


 ──突如始まった会議のようなやり取り・先ほどまでとはまるで違う雰囲気。萎縮さえしていないが、無意識に気道が縮まる。



 

 ここは総合服飾工房(オール・ドレッサー)ビスティーの店内なのだが、男二人が放つ空気は『真剣そのもの』で、まるでどこかの軍議に放り込まれた気分だった。

 




 その辺の店主同士の世間話とも

 貴婦人ご婦人たちが交わす井戸端会議とも”違う”。

 



 『真剣・深刻』。

 聞き耳を立ててもいいのか迷うレベルの空気を前に

 ミリアは”すぅ───……”と身を引き背景に溶け込み




(…………わたしは壁、わたしは空気……)

 気配を殺して、カウンターの内側へ。 

 



 『会話』は時として、場所や立場を関係なく繰り広げられることがある。ビスティーに勤めて5年、接客中にいきなり違う話にスライドしていくことも珍しくない。





 ──とはいえ、いきなり軍法会議並みの会話を繰り広げるものなどいなかったし、こんな雰囲気の相棒(・・・・・・・・・)




 初めて見るものだった。


 


(…………エリックさん( こ の ひ と )って、こんなところもあるんだ……)




 とこっそり呟き、そぉっとカウンターの内側・いつもの背の高い丸椅子に腰掛けて、ひそやかに視線を送るミリアの前で



 

 腕組みで口元を覆い、考え込んでいた様子のエリックは、顔を上げて言葉をつづけた。







「────……とはいえ、国の研究成果をよそに渡す国など、そうそう無いだろう。宗教がどうの、など、言っている場合では無いのかもしれない──が……」

「悩ましいですよねぇ。禁忌ですから」



 ──と、眉を下げ、スネークは言葉を続ける。



「……黒衣の悪魔(セタ・ギャガ)だって、今まで話に聞く程度で、出くわした話など記憶にありませんよ。……報告を聞いた時は嘘かと思いましてね。三度ほど確認しました」



 

「────調査・研究に乗り出すべきだと思うか?」

「それは……どうでしょう。女神様の教えは絶対です」

「……だよな……

 仮に女神がそれを赦したとして……生け捕りにできるかどうかも疑問だ」

「生態研究なんて酔狂なことを進んでやるニンゲンが、この国にいるとも思えません」


 

「奴らの出現場所の詳細は?

 ──────地図は、」

「──────こちらに」 

 




 当然のように出てくる地図。

 広げるスネーク。

 覗き込むエリック。




「……この辺りです。一番近いのはヤヤの村ですね」

「…………”ヤヤ”か。蚕の第七養殖村だな。

 シルクの産地だ。落とされるわけにはいかない」

「奴らはシルクを求めるのでしょうか?」


「生態がわからない以上、それもわからないだろう。警戒しておくことに越したことはない」

「そうですねえ。どうします?」





 

(……あれ……?

 なんか、


 ……うん?)


 

 


 

 地図を覗き込みながら、自然と始まった《軍議のようなやり取り》に、ミリアはひとり目を丸める。




 ────『丁寧なスネーク』と

 ────『完全に仕事モードのエリック』


 

(…………これって

 …………どっちが ”うえ” ……?)




 『物言い』で察するのなら、エリックの物言いは『完全に上長のもの』である。


 年齢も明らかに上のスネークに、このように意見をするなど商工会ギルドの人間ではできないだろう。




 しかし、ミリアが知っている『力関係』は、スネークの(・・・・)ほうが上(・・・・)だ。


 『情報が噛み合わない』。






(──す、スネークさんが丁寧な人だから?

 それとも、おにーさんが横柄……って、おにーさんは「こう」だけど、でも不躾なことをする人じゃあないじゃん……?


 でも、さっきはキャップでキャップ……??)




 ”……うん……”?




 壁に同化しながら、こっそりひっそり首を捻る。

 ミリアの中、色々な「見たもの」がぐるぐると回り──






(…………すねーくさんが、丁寧な人なんだよ、うん、たぶん。スネークさんはいつでも誰でも丁寧な人だし、うん。っていうか、盟主さんの部下(?)とギルド長って冷静に考えたらどっちが立場上なの……? でも”キャップ“……??)





 ──と、ひとり、動かぬ脳で『立場の迷路』に迷い込むミリアは蚊帳の外に、スネークとエリックの会議は止まらない。







「すぐに兵を向かわせる。幸い、動かせる数はあるから、先に早馬……いや、小型竜(ワイバーン)で先遣隊を飛ばす。早急に用意をしよう」


 

「……報告によると、そこまで急がなくても平気だとは思いますが」

「民はどうなる。

 あそこは常日頃、兵を常駐させているわけじゃないんだ。

 一刻も早く不安を拭わねばなるまい。

 ────他に報告は無いんだよな?」

「ええ。今はミントペール周辺のみです」

 


「────わかった。

 …………兵力はなるべく分散したくはないが、仕方ない」

「傭兵ギルドに派遣申請をしておきましょう。あそこは登録者数も多いですし、腕の立つものもいます」



「ダリナの町にも傭兵ギルドがあったよな?」

「ええ、そちらにも協力を要請しましょう」



「ジョルジオ傭兵団の居場所も知りたい」

「わかりました。配置はどうします?」


「……そうだな……

 ……ウエストエッジ・領都ラルコルーラ・聖クレセリッチはいいとして、ミントペール街道沿いの村へ50……いや、」


 

「────あの〜……」


 



 エリックの声を遮って。

 おずおずとしながらも、ミリアは手を上げた。


 彼らのやり取りも気になるが、それは『いったんさておき』。

 

 

 エリックとスネーク。

 二人の驚いた視線を受けながら、ミリアはちょろ~っと手を上げて、意見をのべる。

 

 


「────…………いいの?

 そんなに、その……戦力……


 だって、ウエストエッジとか、ラルコルーラって大事な街だよね?

 普通そっちの方守らない? 

 黒衣の悪魔(セタ・ギャガ)だよ?

 川あるけど、あいつら空飛べるよ?

 ガーゴイルの親分みたいなやつだよ?」




「────ああ、ここは」


 


 

 心底『おかしくない?』と言いたげなその顔に、エリックは




 瞬間的に丸めた瞳をごまかすように、すぐさま柔らかな光をたたえて述べるのだ。

 

 

 

 


「────女神のお膝元だから。

 『ネム・ミリアの伝説』は聞いたことあるだろ?」




 










           #エルミリ



▶ 

  ピィ・テイル(とにかく叫ぶ)

  ハニー・テイル(はじめにどもる)


  ビスティーで働く『エルノーム』

  縫製の妖精と言われている種族の双子。

  

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