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6-7「優秀な天敵(2)」








 

 ────声をかけられ我に返れば、そこで微笑むのは『スネーク・ケラー』。




 得意の『澄ました笑顔』に

 ミリアは気まずそうにたじろぎ、エリックは黙り込んだ。




 

 総合服飾工房オール・ドレッサービスティーの店内。

 今にも爆発そうな空気に瞬間冷却材を流し込んだのは、この街の総合ギルド長だった。





「スネークさん……!

 ────えっ、えっ!?」

「ミリアさん、こんにちは」



 優秀な天敵(スネーク)の微笑みに、

 慌てふためく相棒(ミリア)を視界の中心に。




 自身の『冷静』を総動員して、怪訝な顔で睨み据えるのは、エリックである。





 おかげさまで、先ほどまでの『ミリアに対するどうしようもない苛立ち』は消え失せたが、代わりに湧き出すのは優秀な天敵(スネーク)に対する警戒と嫌悪だ。






 このタイミング・この場面。

 まるで呼ばれたように割り込んできた優秀な天敵(スネーク)




 ────言うまでもないが、『最悪』だ。




(いつから居た? 何を聞いた? というか、声をかけずに静観していたのかスネーク。趣味が悪いにもほどがあるだろう)


 

 ──と、高速で毒気付き念を送り、


 


(──……なんでこのタイミングで……!)



 と、思いっきり敵意を顕わにするその前で──

 スネークは、驚くミリアににっこりと微笑むと、




「とにかく落ち着いてください。

 外まで丸聞こえですよ?」

「────うぁああ……!

 すみません、恥ずかしい……!」


「…………」



 言いながら両手で口元を抑えるミリア。

 にこにこのスネーク。

 

 そしてエリックは、力強く言葉を発す(・・・・・・・・)




「────スネーク、さん。でしたよね。

 『困る』って。

 どういうことですか」



 張りと圧を込めたエリックの声色に、再び緊迫が走った。




 途端・ヒリつく空気に、ミリアが一歩。

 すっ……と距離を取る中、スネークはエリックに向き直ると、

 




「実は先日、かのオリオン盟主から直々に調査が入りましてね。ギルド内に不正はないかとおっしゃるんですよ」

(────は?)



 

 すました言葉に、エリックの目じりがぴくんと跳ねあがる。もちろんそんな事実はない。




 『何を言っている?』と圧をかけるエリックを後ろに

 何も知らぬミリアが首を傾げて問い返す。





「……ふせい? ですか……?」

「ええ。この際だから言ってしまいますが。

 実は縫製ギルドに関わる物の値上げが相次いでおりまして。

 女神のクローゼットと呼ばれている『ウエストエッジ商業ギルド中枢』の我々も疑われたわけです」



(──────ちょっと待て)



「────しかしそれは濡れ衣です、我々も困っているところだとお話しいたしましたところ……オリオン様は『一人、優秀な者を貸す』と言ってくださいましてねぇ」



(   は  ……?)



 

「──エリック・マーティンさん。

 あなたを探していたのですよ」


(────はあ……!?)


「…………!」




 

 にこやかに、堂々と嘘を言い切るスネークに


 黒く青い瞳を目一杯見開くエリック。

 


 そしてこっそりと息を詰めるのは────

 ミリアである。

 




(──えっ……、どうすればいいの……!?)

 たじろぐ彼女の腰に、コトンと背の高い丸椅子が当たった時。



 

 ──────かつん!

 エリックの指が、唐突にカウンターを



 弾く(・・)






「そんな話は伺っておりませんが。

どういうととつととととととつとつととつつもりだとつつとつととつとつつとつととと


「……でしょうねえ、ですから伝えにきました」  

悪い(とつとつとつつととつ)様にはつつととつつとつとつとととしませんつつとつとつととつとつつつととつとつと




(────なんかこんこんウルサいんですけど……?)

 

 


 突如カウンターを突き始めた男二人に、白けた目を向けるのはミリアである。

 彼女としては、彼らがそれで会話しているなんて思いもしないし気づかない。


 

 突如、

 共鳴したかのようにコンコンカツカツと音立てる彼らに、


 (……あのー楽器じゃないんですが……?)と絶妙な”無”を醸し出し、密かに(やかましーなー、もう……)とぼっそり思う彼女を蚊帳の外に、スネークは続けた。  


 

 

「まあ、聞いてください」  

とにかくととつととつとつととつとととととつ

 合わせてつつとつつつとつとつつつととつとつつ

 くださいとととつとつととつとつとつとつ

 


「…………」

「…………」

 


 総合服飾工房(オール・ドレッサー)・ビスティのカウンター前。

 警戒を押し出しながらスネーク商工会長を見据えるエリックと、数歩後ろで肩をすくめるミリアに。


 

 スネークは、落ち着き払って口を開くと、

 

 


「──なんでも、既に調査に乗り出しているとか。

 ミリアさんも関わっているのでしょう?

 隠さなくても結構です、調べはついています」


「…………!」

「────それで。何が目的ですか」

 

 

「……おっと……気に食わないと?」

「……何が目的だと聞いている」



「──『共闘だ』と申し上げています」

なぜそれを今(・・・・・・)? 


 わざわざここで(・・・・・・・)??」


 

「…………ちょっとぉー。エリックさぁん。」




 ヒリついていく二人の間に、ミリアの間延びした不満げな声が響いた。

 



 場違いといえば場違いの横やりに、

 エリックとスネークがそちらに目を向ければ、いつのまにか丸椅子に腰掛けた彼女は、腕組みをし頬を膨らませている。

 

 

 彼女は“むっ”とエリックを見据えると、ぶっきらぼうに言い放つのだ。




「スネークさん。

 ギルド長。

 組合の偉い人。

 超トップ。

 そういう口の聞き方・よくない」

「…………」



「そういうの、良くない。良くないと思う」

「…………っ!」


 


 言われ、エリックは苦虫を嚙み潰したような顔で黙った。

 



 確かに『そう』だ。

 そうなのである。 



 ミリアの中でエリックは『オリオン家に勤めている使用人』ということになっている。



 『一貴族の使用人』と

 『総合ギルドの組合長』では、どちらが『社会的に上の立場』だと言われれば、それは



 スネークの方だ。





 ────偽装だが。




 

(────~~~……っ!)



 『ミリアを上手く納得させるための嘘』が、思いもよらない方向から彼の首を絞めに降りかかってくる中、知らぬミリアに容赦はない。




「こっちに子どもっぽいって言ったのに、ここでへそ曲げたらいけないんじゃないかなあ~? 人に子どもっぽいって言ったのに~」




 当てつけがましく言う。

 ぷんぷくむくれて言い募る。

 


  

「子どもっぽいって言ったじゃん~。

 こどもっぽいのよくな~い。

 社会人のマナーでは〜?」

「──ミリア……!」


 


 その『当てつけ』に、エリックは声を絞り出した。

 切羽詰まった目を向けるが、彼女はツーンと知らんぷり。




 ミリアの言うことは『設定上』正しい。

 しかし、相手は『あのスネーク』だ。

 




(…………待て……っ!)


 

 まさに

 苦虫を噛み潰してすりおろして飲まされたうえ、体中に塗りたくられた気分である。



 スネークが割り込んでくるのも気に食わないのに、事情を知らないミリアは『態度を改めろ』という。『こんな理不尽な状況があってたまるか』の一言に尽きた。




 

 優秀で厄介な協定相手であり、部下であるスネークに『下からお伺いを立てる様な態度を示す』など




 

 絶対に

 絶対に

 絶対に


 したくない。

 したくないったらしたくない。

 


 


  

 しかしここは──『ミリアの前』だ。



 

(ミリアの前で無礼な奴に成り下がるのか……!? しかし相手はスネークだ! 部下ではないが部下のようなもので、……ああくそ……!!)という内部葛藤がぐるぐると混ざり合い────!





「────いいのですよ、ミリアさん」


 その葛藤を断ち切ったのは、スネークの穏やかな声だった。



 

 あまりにも穏やか且つスマートな物言いに、エリックが一瞬出遅れた時。



 スネークは、糸目のその顔に

 緩やかな笑みを浮かべると、



 


「────……彼もまだ若い。

 それに、雄の本能もあるでしょう。

 理不尽な事・納得のいかぬことに牙を剥くのは『若さの証拠』です」


「……オスとかメスとか若いとか関係あります……?」

「…………」



 

 ぼっそり呆れたミリアの声に

 いけしゃあしゃあと言ってのけるスネークに


 苦虫を噛みしめたような顔で押し殺し沈黙するエリック。





 『気に食わない』『気に入らない』の濃縮還元大サービスである。

 



 ミリアに対してフォローを入れたのは感謝するが『すまし顔で何を言っているんだこいつは』という気持ちが抑えられない。


 確かに年齢でスネークに敵うことはないが、『理性で動いている』と自負しているのに『本能と若さ』でフォローされたのは、野生的だと言われているようで気に食わなかった。

 

 



 ────が。


 ここでまたスネークに噛みついても──、

 自分を小さく見せるだけだ。

 




 ”────すう……”



 そう判断し、彼は息を吸い込んだ。





 刺さるミリアの視線に、

 優秀な天敵(スネーク)を前に、とにかく呼吸を整えることに徹する。

 

 



(────落ち着け……! とにかく様子を窺え……!

 多少のことには目を瞑れ。

 ここはアジトじゃない。

 今主導権を取り戻そうとするな……!)


 ────と、奥歯を噛みしめながら、ぐっ……と右こぶしに力を入れた時。




 

 ミリアの、宙を仰いだ質問は、彼を通り越してスネーク目掛けて飛んで行った。



 


「……あの~、スネークさん?

 えるびす盟主さまが『貸す』って言ったってことは、カレはスネークさんの下に就くってことですか?」

「────ええ。そうなります」



 ────ぴくっ。



「……スネークさんの部下に。」

「ええ。」

「エリックさんが」

「はい。」


 

『………………』

 ────しいいいいいいん…………



 

 微妙な沈黙。


 エリックとミリアの脳内で、それぞれ。

 スネークの下に就く『彼』が色鮮やかに動き回り────





(────ちょっと待て……!)

 と、エリックが胸の内で濃縮された叫びを押し潰した、その瞬間。

 


 

「──とはいえ、呼び方に困るでしょう?」



 妙にキラキラとした、愉悦を閉じ込めた様なスネークの声はその場を駆け抜けた。




 その言葉に、エリックとミリアが同時に

 (──呼び方?)と疑問を浮かべた瞬間。




 


 スネークは──────



 ”こほんっ”とひとつ。



 丸めた左手で口元を隠し、そのままその手を胸に添え微笑むと、

 



 

「私のことはそうですね、……うぉっほん」





 その糸目

 見つめる先は 店の照明 『魔具(まぐ)ラタン』。




 淡く光るそれを見ながら──


 澄ましに澄ました顔つきで、

 

 言う。



 


「──…………”CAP”……と」

(……は?)



「キャップ・スネークと」

(────は?)



「──”キャップ・スネーク”……

 そう────お呼びください……!」

(────は??)


 

 目に希望を称え。

 にやつく頬に力を入れながら

 綺麗な糸目で言うスネークに


 

 完全に固まるエリック。




 『なにいってんだこいつは』である。





 

(────はっ? Ha??

 い、今なんて言った?

 『CAP』?? はあ???) 



 あまりのことに言葉も出ない。



 『何言ってるんだ』が喉のソコまで出かかるが、それを飲み込み

 驚愕と尊厳の保守と葛藤をまんべんなく混ぜ合わせ煮出したような顔で、スネークを凝視する彼。




 

 スネークが何を考えているのか知ったこっちゃないが、相手が相手なら一発で解雇のような悪ふざけっぷりに悪意を送りまくる。

 



 彼は嫌であった。

 『天敵のスネーク相手に』

 『CAP』などと言うのは。



 大嫌いなからめの料理を山盛り食べろと言われた方がまだマシだと思えるぐらい、全力で『嫌』である。






 しかし──スネークは待っている。


 ボスの『CAP』を──待っているのだ。




 

 

 

(…………俺に、そう言えって言うのか……ッ!)



 ──と、奥歯を噛み締めるエリック。

 すまし顔、きらっきら顔でそれを待つスネーク。





 そんな二人を眺めつつ


 いまだ、地味にむかっ腹を抱くミリアが、


 ────言葉を、投げた。





 

「────エリックさん、”キャップ”って。上司だよ、じょうし。」




 ちょこんと座った背の高い丸椅子の上から、頬杖をついて。


 降ってかかる『無知な圧力』。






「じょうし。うえのひと。」

(────言いたくない……!)



「えらいひと。あなたのうえになるひと」

(……言えって言うのか……!!)



「きゃっぷ・スネークさん」

「…………っ!」



 

 ミリアの矢継ぎ早な催促。

 じっ……と向けられるハニーブラウンの瞳。

 すまし顔で待ちやがるスネーク。

 ────そして





 エリックは意を結した。




 ミリアに背を向け、スネークを正面から捉え

 すぅ────っと息を吸い込んで────!




 「

           (………………キャッ)



                  

           (…………………p)   」




「はいいいいぃぃっ?」


 ぴくくうううううっ!

(────スネーク…………!!)



 

 半笑いで聞き返すスネーク。

 瞬間立ち込める苛立ちと羞恥。

 今すぐにでも怪訝と怒りと圧力をかましてやりたいが、そうもいかない。




 全ての苛立ちともやもやを胃の中に、瞬時。


 エリックは────渾身をこめて言い放った。





「──────Cap……! Cap Snake!」



 じいいいいいいん……!



 いらぁぁあぁあっ……!





 『ボス』から出た、渾身の一言に。 




 感動を噛みしめるスネークと

 

 雪辱とプライドの葛藤を僅か0.1秒で切り替え、『いっそはっきりと讃えてやる』とやけくそで言い切ったエリックの殺意が、ビスティのカウンター前で混ざり合う。


 

 

 はっきり言って『この野郎』である。

 目は完全に据わっている。

 こめかみに青筋が立ち、顔表面もピクつく。




 それを顔の内側で押しこめるエリックと

 感動を噛みしめ天井を仰ぐスネークのそれらを、見守りながらも追い詰めたミリアは



 ひとこと、言葉を投げた。



 


「…………スネークさん? どうしたんですか?」

「…………いえ…………!

 優秀な男を従える快感が……!」


「…………」

「…………」

 


(スネークさんも変な人だな……)

(……後で見てろ……!)



 


 どこからともなく降り注ぐ光を浴びつつ、悦に浸るスネークに

 ミリアはぼっそりと呟き

 エリックは脳内で報復を組み立てる。




 

 三者三様、それぞれの感情が入り混じるビスティの店内に、しばし。



 こち・こち・こちと、静かな時計の音が響いて──

 






 『一瞬でも優秀な男を従えたことに満足した』スネークは、二人に向き合い礼儀正しく微笑んだ。



 



「────と、いうわけで。


 オリオン盟主の名の下に


 『エリック・マーティンさん』

 『ミリア・リリ・マキシマムさん』


 お二人とも、よろしくお願いしますね?」




 

 にこにこっと微笑まれ。


 互いに、黙り、目くばせ気配せ。


 探る、お互いの、色。





 その雰囲気に(・・・・・・)

 なんとなく(・・・・・) 





 エリックが 前向きな方向で口を開きかけた、その時。





 

 ──わずかに皺が寄ったのは、ミリアの眉。



 ハニーブラウンの瞳が”すっ……”と離れ




 そっぽを向く彼女が呟いた。 








「────そーはいわれても。



 


 

 わたし、要らないみたいなんで。」






 

 


 







 拗ねたミリアの一言は

 安寧を図る男2人に、氷水を流し込んだのであった。











          #エルミリ



▶ 

  ヘンドリック・フォン・ランベルト

  

  通称ヘンリー。ランベルト侯爵の息子。

  双子の兄がいる。チャラい

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