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310/592

6-5「ひゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ









「────ミリア?」

 ────ガッタンガッタン!


「……!」


 

 留守のビスティー、昼下がりの一幕。




 カウンターの向こうから、大きな音、確実な気配に、エリックは眉根を寄せて一歩、踏み出していた。





(──ミリアなら返事をするはずだ。

 オーナーでも、顔ぐらい出すだろう。

 そもそも黙っている理由がわからないんだけど──……?)



 

 神経を尖らせて、一歩。

 瞳で警戒を滲ませながら、一歩。








 ──目を投げるはカウンターの奥通路。

 


(……誰か、いる)


 


 ──足でギっと踏み締めるは、年季が入ったビスティーの床。





(──……かくれんぼでもしているつもりか?

 一人芝居をするぐらいだから、かくれんぼぐらいしてても驚かないけど)





 様子を伺いながら、胸の内でぽそり。

 ウエストエッジ・チェシャー通りの一画『総合服飾工房(オール・ドレッサー)ビスティーの店内、『確かな気配』を確かめるべく、エリックは奥の通路を覗き込んで────





「…………ミリ」

「ひゃあああああああああああああ来ないでくださいいいいいいいいいいいいいいいいい!」

「ニ! ニンゲン!! ニンゲンが来たっ! あああああああああああああああ!」





「…………え。」





 帰ってきた二つの悲鳴に。

 廊下の奥で縮こまる、モモ色の髪と、レモン色の髪の少女たちに。






 エリックは、空いた口もそのまま、硬直したのであった。




 
















 

 年の頃なら六つ前後。


 モモ色の癖毛の少女と

 レモン色の髪を二つに縛っている少女が、二人。





 ビスティーの右奥。

 通路を遮る形で小さく縮こまり、揃いの赤い帽子を掴んで震える少女に、エリックは言葉が出ない。




 想定外の出来事に完全硬直するエリックに対し

 桃色とレモン色の少女は

 まるで恐ろしいものを見るかのような目で、震えた眼差しを向けている。





 

(────こ、子ども?)


 



 エリックがただ見つめただけで怖がり震えるこのふたり。

 名前を『ピィ』『ハニー』という。



 ふんわりとした癖っ毛ボブがあまい桃色の『ピィ』。

 目にも鮮やかなレモン色の髪をふたつで縛っているのが、『ハニー』だ。





 突如現れた二人に困惑のまま固まるエリックだが──

 それは、あちらも同じのようである。


 

 小さな声で『ひいいい……!』と震える桃色のピィと、ピィを守るようにひっつくレモンのハニー。

 






「────……」

『…………~~~~っ!』



 

 ────事態は一瞬で膠着状態に陥っていた。





 どうして子どもがここにいるのかわからないエリックと、エリック自体に怯えている様子の二人。それだけでも混乱を孕んだ静寂を落とすには十分だったが、問題は『彼が彼だ』というところだ。

 




 ──彼の名前は『エリック・マーティン』。

 本名『エルヴィス・ディン・オリオン』。

 スパイで盟主で貴族である彼は、もちろん。




 子どもの相手など、ほとんどしたことがない。

 



 教育視察で時々目にするのはあるが、それは『優秀な子どもたち』。


 貴族の付き合いで話をするのも、『貴族の子どもたち』。

 年相応、いや、それ以上の受け答えができる、大人と引けを取らない子どもたちしか知らないのだ。




 むしろ、それが『普通』の彼が『一般の子ども』の相手を──

 しかも、怯えた状態からのスタートなど、あるわけがなかった。



 

 完全硬直するエリックだが、それでも一瞬の()を置き思考を動かし始める。

 混乱を整えながら、冷静さを取り戻す脳の中、懸命に探す。




 『子どもを相手にした時の対応』を。





(──思い出せ……! 街で見かけた親子は、どうしていた……?)

 素早くグルリと回す頭、弾く答えは妥当なもの。




 『優しく声をかける』

 『まず身元を確認する』

 『敵じゃないと誤解を解く』

 



 ──と、いくつかの手段・文言・想定がエリックの脳内を駆け巡る中。



 混乱の火ぶたは、レモンのツインテール少女──ハニーから放たれた。





「────オ! オマエ! ニンゲンがなんのようだ! 我々をたべようとしても、そうはいかないゾ!」

「──は、はあ?」




 びしぃ! と指差すレモンのハニー。

 きっ! とこちらを睨んで、送ってくるのは幼い敵意だ。

 驚き目を見開くエリックを置き去りに、レモン髪のハニーは高速でぴしぴしっと



 

「ワ! わかった! 祭りの(ニエ)にするつもりだろう!?」

「ぴやああああああ! 嫌ですぅ! りりーさぁん! 助けてくださいい!」

「”リリー”?」




 レモン髪少女・ハニーの言葉をさらりと無視して、エリックは桃色少女──『ピィ』の言う『リリー』という名前を拾い上げた。



 エリックが高速で総合服飾工房(オール・ドレッサー)ビスティーの情報を思い返す中、脳に響くのはミリアの言葉である。





 『受付はわたし』

 『バックヤードに何人かいるよ』

 『それは職人さん』




(──”リリー”なんて名前、聞いたこともないけど……?)

 と、一瞬の間。

 エリックは素早く桃色ピィに問い返す。




「”リリー”って? ここの従業員は、ミリアとオーナーと……」

「だからりりーさんですぅ!」

「だか……、……──!」




 ──言いかけて。

 彼はそこで言葉を切った。




 この流れで『だから』が出てくるということは、おそらく

 『同じ人物の話をしている可能性が高い』こと。


 


 彼女の名前は『ミリア・”リリ”・マキシマム』。

 通常ソコでは呼ばないだろうが、この子たちは子どもである。

 きっと、ミドルネームの部分で呼んでいるのだと、瞬間的に理解した。




(──ミリアは、結構いろいろな呼び方で呼ばれているんだよな……!)

 と呟きつつ、列挙するのは『ミリアの愛称』だ。




  

 エリックは『ミリア』と呼ぶが、オーナーは『ミリー』と呼ぶ。

 革屋の息子のコルト(あいつ)は『みっちゃん』などと呼んでいたし、



 左隣のクリーニング屋の店主は『みーちゃん』

 右隣のヘアサロンの女店主は『ミリアン』

 


 彼女の人柄がそうさせるのだろうが、人々は思い思いに彼女を呼ぶ。

 幼い二人が『リリー』と呼んでいても、不思議はなかった。

 



 彼女たちの言う『リリー』が、イコール『ミリア』のことだと紐づけたエリックは、瞬時に落ち着き払い、そして、





 優しめの声を意識し問いかける。



 


 ────”教えてもらえる”ように。


 


 

「──そう。リリーさんを訪ねてきたんだ。

 彼女はどこに?」

 



 極力、優しく。

 声に慈愛も込めて放った言葉に、返ってきたのは



 桃色癖っ毛ピィの、悲鳴に近い声だった。


 



「りりーさんはいませぇん!

 いなくなっちゃいましたあっ!」


 


 







 



 

 



 

 ──青天の霹靂とは、まさにこのことを言うのだろうか。

 

 総合服飾工房(オール・ドレッサー)ビスティーで、彼は言葉を失った。



 叫ぶように言われた『ミリアは居なくなった』という言葉に、動揺と驚愕は、そのまま音となり飛び出していた。




 

「……ミリアが、いなくなった……!?」

「そーですうううう! いなくなっちゃったんですぅ! りりーさぁん! 戻ってきてくださいいいい!」


「────いや、待って」

 


 桃髪ボブのピィを前に、エリックの中、削がれていくのは”余裕”だ。


 


 『子どもの相手』というイレギュラーを乗り越えて、なんとか体勢を持ち直したのに。

 戻り始めた調子を整え始めたところだったのに。

 

 


 ──頭の中に、直接混乱を投げ込まれた気分である。

 



(どうして? なんで? 理由は?

 いや、そんな、まさか)




 ──呼吸も、浅く。


 ──答えを探すように、瞼の中で迷う瞳。

 



 

 この前喰らった不安や焦りとはまた違う感情が、一気に心の中で吹き荒れる。

 脳が見せる『最悪のケース』に、背が──冷えていく。




 

 脳が、余分な仕事をする。


 要らぬものを見せてくる。






 舞踏会の前日、『お疲れさまー!』『女神のご加護がありますように』と笑って別れたのに。

 食事に抜けたあの日、あれほど協力的で前向きな姿を見せてくれていたのに。




 ──軽口を叩いて、笑い合ったのに。



(────”いなくなった”って……!)




 

 『一人の女性がいなくなった。あれほど笑顔だったのに』

 『何かに悩んでいた様子もなかった。あれほど生き生きとしていたのに』






 ────消えた。





 

(──いなくなった? 消えた? どこへ? なぜ?)


 

 あべこべの印象と事実に、頭の中、先日の悪夢が蘇る。



 


 ──『ワタシのことだって 助けてくれなかったでしょう?』




「────〜〜〜っ……!」 

 リアルに聞こえた幻に、眉間に皺を寄せた。

 見目麗しい表情を、焦りと、不安が歪めていく。


 


(……あれは、ミリアの身になにかが起こるという暗示だったのか……!?)




 めぐる思考。

 最悪の結末。

 




 ──だったとすれば。

 ──気づけなかったとすれば。

(────俺のせいだ)

 




 フラッシュバックする映像と

 一気に噴き出すそれを振り払うように、彼は彼女たちに詰め寄り問いかける!




 

「────ちょっと、待って。

 『居なくなった』って、どういうこと……!? 話を聞かせてくれ」

「ワ! ワタシ達に聞くなっ! りりーに! リリーに聞いてくれっ!?」

「りりーさぁぁあん! 帰ってきてくださいいいい!」

 


「だから、ミリアがいないのなら、君たちにきくしかっ」

「りりーさぁぁあああん! ぴやああああ!!」

「──〜〜〜っ……!」





 叫ぶ彼女にエリックは顔をゆがめ奥歯を噛みしめた。






 ────ああ。取り乱しそうだ。 

 少女たちの余裕のない受け答え・消えた相棒の行方・タイムリーな悪夢。




 もともと楽観的ではない思考が、一気に悪い方向へ傾いていく。

 ありとあらゆる『危険』『出来事』『想定』『最悪のケース』が脳を埋め尽くし、


 


 

 ────息が、



 どんどん、


 

 浅く

 

 苦しく、

(──────呑まれてどうする!)




 瞬間。

 彼は自身に叱咤を入れ奥歯を噛み締めた!


 瞼に瞳に強く力を籠める。

 ”焦るな、焦るな。落ち着け、落ち着け”

  吹き出す焦りを抑えながら。浅い呼吸を、無理やりにでも深く。




 

 ────すうっ……


 ……ふう……っ。




 

 ──肺に、送る。

 『落ち着かせるための息』。




 

 ────何があったのかはわからない。

 けれどこのまま、引き下がるわけにもいかない。

 『いない』とはいえ、それがいつからなのか、どうしてなのかもわからない。



 ──────ならば、確認せねばならない。


 


(ミリアが黙って取引を放棄するとは考えにくい……!

 なら、なにか理由があったに違いない……!)

 

 


 と、青く暗い瞳に光を宿し

 空気に飲まれぬよう、腹に力を込めたエリックは

 震え・混乱を撒き散らす少女二人の前に座り込み、一拍。




 目線を合わせて、彼女たちに問いかける。

 



 

「──…………なあ、教えてくれ。

 彼女に聞けと言うが、ミリアがいない以上聞くことはできない。

 君たちが頼りなんだ。わかるよな?」

「ひひゃあああああっ、わかりませんわかりませんわかりませんッ! 殺さないでくださいいいい!」



「ちがう、どうしてそうなるんだ。君たちを殺す理由がない。

 俺はただ、ミリアがいなくなった理由を知りたいんだ。

 オーナーは? 裏にいる?」


「ワ! ワタシはこたえないぞ! オトコ! ワタシたちをどぉするつもりだ!」

「だから、どうもしない。何もしない。

 知りたいのは、ミリアのことだ……!」




 放つ声に、切実が混じった。


 

 ──ああ、もどかしい、もどかしい。



 


(どうして会話が成立しない? どうして話が通じない?

 言葉は通じているのに、どうして答えられない……!)

 


 カオスを前にして唇の裏。

 苛立ちと焦りをそのまま載せて、語気も荒く問い詰めたくなる。





 ────が。


 相手は────6才前後の、子どもだ。


 小さな子どもに怒鳴り散らすなど、大人のすることではない。




 イライラを。

 もどかしさを。


 ぐっ………………っと押さえ込みながら、彼は懸命に訴える。


 

 


「────なあ、教えてくれ。

 ──ミリアの身に何があった? オーナーはどこに? 彼女はどうしたんだっ」

「りりーさあああんっ! んぴやぁああああっ」



「……だか」

「ぴええええええええええっ!!」

「オ! オトコ! なんの! なんのようなんだっ!?」

「…………っ!」

(────話にならない……っ!)




 二人の返答に、思いっきり顔を歪め、再び奥歯を噛み締る。

 奥底で蠢く『いい加減にしろ』という憤りを眉の間に集約させ、腹に力が篭りゆく。





(──────”ぴやあ”じゃない。

 ”わからない”じゃない。

 ”なんの用だ”じゃない、それには答えてるだろ……!!

 どうして答えられない……!!)




 ────今すぐ。



 『難しいことは聞いていないだろう!』

 『こっちも必死なんだ!』と、怒鳴りたかった。




 それが出来たらどれだけ楽だろう。

 声を張り上げられたら、多少はすっきりするかもしれない。



 しかし、それで何かが解決するのだろうか。

 幼い子どもに声を張り上げ恫喝し、萎縮させてなんになるのか。




 ────なにも、ならない。

 混乱を招くだけである。





(…………────っ……!)

 そして彼は、すぅっと瞳を伏せ息を吸いこみ整える。




 大きく、大きく。

 意識して大きく、肺が、膨らむように。

 


 



 落ち着けるのは自分だ。

 飼い慣らすのは自分自身だ。


(──どんな状況でも、自分を見失うな……!)


 




 瞼が作りし暗闇を前に



 皺寄(しわよ)る眉間を、意識的。



 開き伸ばして、真摯なまなざしで、語りかける。





 

「…………えーと、まず、落ち着いて。

 俺は確かに男だが、君たちに何もするつもりはない。

 エリックだ。

 ミリアの知り合いなんだけど……、話を聞いていないかな?」


「知りませんよおおおお!」

「オ! オトコっ! わかったぞ!? ワタシたちを捕らえて売るつもりだな!?」

「…………違う。話を聞いてくれ……!」

 



(──ああ、挫けそうだ……! 疲れる……!)



 目の前が、くらりとするが、

 


「────わかった。

 わかった、じゃあ。『オーナーはいらっしゃいますか』。

 オーナーにお会いしたい」


「オーナーも居なくなっちゃいましたあああっ!」

「そんなわけ……!」

 

「そ! そそそそ、それよりオトコぉ! オマエ何のつもりだっ!!」

「…………っ!」



 限界である。

 レモン髪の少女の声に、エリックはまともに顔を歪め、そして胸を張った。


 瞳に込めるは静かな怒り。

 怒気を孕ませ口を開く!

 

 


「…………ああ、埒が明かないな。

 今のところ君たちしか情報がないんだ。なんでもいい。知っていることはすべて話してもらう!」

「ア! アルトヴィンガって言ってたぞ!」



「────え」





 唐突に響くは、レモンの髪の素っ頓狂な声。

 瞬時に空気が止まり、冷えた感覚を憶え、目だけを向けるエリックに 





 

「ア! アルトヴィンガだ!

 リリーは、そこにいくって言ってたぞ!」

「────アルト……ヴィンガ……!?」





 その一言は────

 彼の背中に、冷や水を注ぎ込み


 呼吸を一瞬、止めたのであった。


 












 


 ”アルトヴィンガ”。

 通称────『襤褸布(ぼろきれ)坩堝(るつぼ)』。



 街の中心で暮らすことが出来ぬ貧困層や、ならず者がひしめき暮らしている、いわば『スラム・歓楽街』の顔を持つ街だ。



 強盗・恐喝・暴行・売春などは日常茶飯事。

 街は常にアルコールの臭気が漂い、ネズミや害虫も多く沸く。



 エルヴィスが、いや『オリオン』が。

 親の親の代から目を光らせながらも手が出せない、世間の肥溜めのような場所。




 そして、組織の貴族・ヘンリーが密告してきた──”異変が起こりつつある場所”。




 

「どうしてそんなところに!」




 エリック、思わず声を張り上げた。

 それがマイナスに働くことにまで気が回らなかった。

 案の定、返ってくるのは悲鳴である。



「みゃああああ!! 寄らないでくださいいいい!」

「ワ! ワタシに聞くなっ! りりーに聞いてくれ!?」

「…………だから。彼女に聞けないからこうして……!」



 言いかけて、彼は喉を締め首を振る。

 話にならない少女二人から目を逸らし、作業台に腕を突いた。





 そして見つめる──艶やかなカウンター。


 



(──冷静になれ。落ち着け。

 ……こいつらが役に立たないことはもうわかった。

 なら、やるべきことは問いただすことじゃない、動くことだ)


 



 吞まれそうになる感情を、なんとか正しい方へ。

 落とした視線の先、視界に広がる木目の板に、考えを並べ立てる。




 


(──今。解っているのは『アルトヴィンガに行った』という証言だけ。そこから予測される原因は? アルトヴィンガはスラム街、あそこに彼女が行ったとしたならば、目的があるはずだ。……遊びに行ったのか? スラム街に? ……いや、あんな畜生どもが蔓延る場所は選ばないだろう。彼女はあんな場所で遊び惚ける人間ではないはずだ。……となれば、誰かに呼び出された・あるいは行かねばならなかった理由があるはず──)


 


 ”理由”を予測し、胸の中。

 嫌な嫌な音がする。

 



 ざわつく。

 揺れる。

 ──息が、詰まる。





(……いや。

 理由について、今ここで考えてもわかるわけがない。

 そこに時間を割くべきではない。

 問題は『それっきり彼女が消息を絶った』ということだ)



 

 ──瞼の中、揺れる瞳を押さえつけるように。

 一拍、呼吸を置いたあと。




 向ける視線は彼女たち。

 送るまなざし、冷ややかに。

 

 


(────……こいつらに聞いても、いつ出かけて行ったのか答えられると思えない。

 ──舞踏会が3日前・あれほど仕事づくめだった彼女が出かけるのなら、恐らく一日休みを取って翌日……、だとすると、昨日出て行って、今日・出勤していないということになる。

 彼女の性格からして、仕事をほったらかしにするとは考えにくい。……ならばやはり、何かがあったとしか──考えられない……!)




 そう、結論付けて。


 彼は勢いよく顔を上げ、そして彼女たちに向かって言い放つ!




「────わかった。間違いないんだな?

 もう行った方が早」

「──────わっ!?」 


 ぼすっ!

「ぶあっ。」




 冷静を欠いた冷静さで振り向いて。

 聞こえた声と、胸への衝撃に足を止めた。




 ──耳に届いたのは、間の抜けた『耳に馴染む声』。

 視界の下の方に現れた、ダークブラウンの頭。




 声と、その色に、エリックがゆっくりと目を向ければ

 




 そこには

 ────光差し込む店内を背景に、痛そうに顔を抑える──ミリアの姿。





 片目を閉じて、うっすら涙を浮かべて

 顔をゆがめる彼女は、エリックを見上げて言うのである。

 


「…………ちょっと~、いきなり振り返らないでよ~、ハナ打った……」

 



「…………み、ミリア?」

「はあい?」

 



「居なくなったって聞いたけど……!?」

「居るけど?」





「…………」

「………………」

『………………』



 

 噛み合わない『聞いたこと』と『目の前』が交錯する中。

 けろりと現れた彼女は、

 



「…………いる、けど…………?




 ────えっ?




 え? なに? なにごと?」






 ただただ、挙動不審に問いかけたのであった。












         #エルミリ



▶ 

  ロゼ・ルーベンツ

  アルベラ・ジャン・シャリ―

  ミリア・ベル・オーブ


 エルヴィスに手紙を送ってくる貴族の娘

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