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6-3(2)「棒読み・端的・ナチュラルドライ」







「────で。

 ……いったいどうされました? オリビア殿?」



 

 ハリと感情を込めた声は、石造りのラボトリーに響き渡った。





 シルクメイル地方・オリオン領西の端。

 女神のクローゼット『ウエスト・エッジ』の中枢

 『ラボトリー”ピク・ジュリア”』の会議室。




 わざと声を張り、うんざりを込めて聞くのは、エルヴィス・ディン・オリオン。今の役柄を『リック・ドイル』。

 

 この街の広告塔の片割れ、モデルのリックである。


 


 対して、つぅーんと不機嫌を隠しもしないのは、ココ・オリビア。金髪碧眼のご令嬢モデルである。



 

 先ほどまでここにいたスタイリストは退場してもらった。

 会議という仕事をこなすため、彼は早く状況を打開したかったのだが。



「…………」



 ツーンと空気もそのままに、頬杖をついて足を組み、目も合わせようとしないビジネスパートナーの、その態度。





 リック──いや

 エルヴィス盟主の腹の奥

(いい加減にしろ)が渦を巻く。








 ────仕事をしに来ているのである。

 オリビアのご機嫌取りに来ているわけではない。

 



 彼は

 修羅場のビスティーを乗り越え

 舞踏会を片付け


 不穏な夢に不安を抱きながらも、やっと今日を迎えた。





 やっとだ。

 やっと、ビスティーの休業日が明けた今日。



 彼は会議なんてさっさと終えて、相棒の無事だけでも確認したかった。



 しかしこれ(・・)である。

 毒を我慢しろと言う方に無理があった。


  



「──────〜〜〜……」


 いきなり暗礁に乗り上げたところから始まった会議と

 態度を改めないオリビアに苛立ちつつ、

 漂い始めたうんざりを抑えながら、リックは澄ました顔で、もう一度。




 彼女に、声を、投げる。

 





「──オリビア殿?」


「……そんな・棘のある聞き方では・オリビア・答えたく・あ・り・ま・せん」


「………………」


 



 『答えたくない』じゃない。

 



 ────はぁっ……!




 その態度に、ばさりと放るは手元の資料。

 短く吐き出すのは息。

 堪えた糸を切るように向けるのは、呆れの色。

 彼はオリビアに言い放つ。

 



「……ならどうしろって言うんだ。

 俺は、君の親でも恋人でもない。

 ビジネスパートナーだぞ?

 なにがあったか知らないけれど、そうやって自分の機嫌を他人に取らせようとするのは君の悪い癖だ」



「……………………」

「──で?

 いつまでそうしているつもりなんだ。

 俺も忙しいんだけど?」

「…………」


 

 

 問いかけに。


 無言で、腕を組みながら。

 オリビアは、ツンとした表情のまま、顎で書類を指し示した。



 まるで『そこにあります、どうぞご勝手に』と言わんばかりの態度に、




「…………~~~……!」


 喉元まで出かかった『なんだその態度は』を飲み込むエルヴィス。




 仮にも盟主である彼に

 (あご)で命令するなど不敬(ふけい)極まりないのだが、



 『そこを(たし)める義理などない』。


 


 

 オリビアはあくまでビジネスパートナー。

 言葉を、時間を、手間と世話をかける相手ではない。





 針を刺すような雰囲気の中、

 エルヴィス──いや、リックは眉根を寄せながら手元の資料に指をかけると、




「────……進めるからな?」




 確認をとりつつ言葉を続ける。




「『1539年 オータム・ウィンターシーズンの経営戦略と広告展開について』


 ……この辺りは半分『振り返り』だな。

 秋物はこの前撮影を終えたし、次は冬物だ。



 ……『貴族を含む富裕(ロイヤル・アッパー)層に向けては、濃紺・赤・漆黒と深みのある色を中心に展開』……『一般労働(ニュート)層にむけては、ブラウンを中心としたプラントカラーで展開』


 ……ふうん……、『プラントカラー』か……」

 



 オリビアを放置し読み上げて、思い出すように繰り返した。



 

 『プラントカラー』。

 植物由来の優しく淡い色使いのことである。


 染料を多く使わず軽く染め上げた色を指し、『ナチュラル・カラー』とも言われる。




 ざっくばらんに『プラントカラー』と言われてはいるが、その種類も様々で、細やかに名前がついているのだという。 

 




 これらの知識は、

 先週ミリアと工房での缶詰中に得た知識だ。


 今までは『ぼんやりとした淡い色』だとしか思わなかったが、そういった配色にもれっきとした名前があると、彼は初めて知ったのだった。



 



「…………、……」



 作られた資料を眼下にこぼす息。

 それらを目の当たりにして、モデル『リック・ドイル』の中、連鎖的に吹き出してくるのは自身への『呆れ』だった。


 




 ────少しばかりわかるようになったからこそわかる、業界の奥深さと。



 それを『なんとなく』で消費し『それでいい』としていた自分に、吹き出す嫌気。


 




 並べられた専門用語。

 当たり前のように記されている意味のわからない言葉。



 

 ──ああ、これも。それも。

 服の形か、それともパーツか、色合いなのかなんなのか。

 今の彼にはわからない。




(──この状態で良しとしていた自分は、どうかしていたな……!)


 と内省しつつ、ガラスペンを握る。




 『着て・撮られる』だけで、それ以上を知ろうとしなかった自分は何を考えていたのか。もちろん遠慮していた部分もあるが、そんなものは言い訳にすぎない。




 『知らない』よりは『知っている』方が世界が広がるのは、自分自身もわかっていたはずなのに。今後の外交や国政で武器になりこそすれ、負担になる知識ではないというのに。

  



(…………これは、勉強が必要だな……!) 

 決意も新たに、黒い手袋越しに握ったガラスペンを資料に押し付ける。



 

 わからぬところはチェックを入れ、少しでも前に進みたい。

 自分で調べるのもいいが、今は相棒という名のアドバイザーがいるのだ。これ以上の好機は無いだろう。




(──解らない物を少しでも洗い出して、それから──)




 ──と。 

 会議資料を前に、リック──

 いや、エルヴィスの意識がそれに集中していき────……




 ────……はあっ……!







 唐突に。

 ラボトリー会議室に、辟易とした息が響いた。

 途端に切られた集中の系。


 あからさまな息遣いにエルヴィスが目を上げれば、そこにはオビリアがツンと目を向けている。

 



 ────その。


 ”──聞いてくれないのかしら?”

 という催促に、リックはぴくんと眉を跳ね上げて、





(…………面倒な)


「────で。オリビア殿。

 …………そろそろ理由を窺っても構わないか?」




 しかしながらも汲み取り、平坦な声で端的に問いかけた。


 はっきり言って面倒なことこの上ないが、これでは仕事が進まない。彼はさっさと終わらせたいのである。



 ……正直言って『ご立腹令嬢の機嫌取り」などやりたかないが、これも仕事だ。



 『仕方ない』と

 空気を読んでやったリックを、待っていたかのように。




 オリビアは、腕を組んだ態度のまま”ツン!”と鼻を鳴らすと、

 



「────あの子が帰ったのなら、もういいですわね?」



 

 出たのは、お高く止まりつつも不機嫌を孕んだ声。 

 まさに『ご機嫌斜めな御令嬢トーン』。




 すぅっと流し目で、

 チェリチアが消えた壁の向こうを一瞥。

 腕を組み勢いよく口を開け、オリビアは言う。





「不愉快ですわ?

 あの子はいったいどういうつもりなのかしら?

 来季の広告(ピク)は、服の色も載るのですよ? 縫製ギルド(おかあさま)の計画案にも、きちんと書いてありますのに……!



 あの子が提案してきたのは……はぁ!


 『モノトーンのサック・ドレス』!

 こんな寸胴鍋ようなモノ、オリビアにふさわしくありません!」

「…………」




 …………はあ…………


 


 一息に撒き散らすオリビアを前に、出たのはため息だった。




 最後はさておき、前半の言い分は間違っていない。

 指示書と違うものを持ってこられたのなら、彼女の怒りはもっともだろう。



 ────しかし。

 



「……君のいいたいことはわかるが

 ここの着付け師は今まで『マグピクに映る前提』でスタイルをしてきた。

 いきなり『色が乗る』と言われても、配色も考慮したうえでコーディネートするのは難しいのではないか?」


「────それもこなしてプロでしょう!」

「…………」


 


 バッサリ切り捨てるオリビアに、ただ黙って目を向ける。

 彼の視線の先、オリビアの怒りは止まらない。

 



「と・に・か・く、『イヤ』です!

 縫い目もガタガタ! 

 どこで拵えたのかしら!?

 お飾りも品性に欠けますし、労働者(ニュート)向けとはいえよくもまあ『コンナモノ』をオリビアに着ろと出してきたものです! こんな一晩で拵えたような代物、オリビアに纏えというの? 考えられない!」



「………………………………」

「──はあ──……っ!

 ……まったくマスケモデル(オリビアたち)をなんだと思っているの? なんでも着るドールではないのよ?」




「………………もう少し。

 トーンを落としてくれ。

 俺に言われても、どうしようもない」

「それも聞くのがビジネスパートナーではなくて?」

「俺は、君の恋人でも親でも友人でもない。

 ビジネスパートナーにそんな役割はないだろう」




 腹の奥底。

 苛立ちとわずかな怒気が混じった感情を押さえこみながら、リックはバッサリと切り捨てた。



 さっきから、資料をめくろうとしているのに、手袋に阻まれ思うようにいかないのも地味にイラつくが




 単純に、感情のはけ口にされているこの状況にうんざりしかない。





(…………愚痴なら母君に聞いてもらえ)

 と内心毒づきながら

 リックは資料に再び、意識を落とし──── 





「──あ。ふふ♡ 楽しませていただきましたわ♡」

「──なにを?」



 唐突の声。

 端的に返す。

 話が変わった。


 

(──主語がないんだけど)


 と呟くリックのイライラに気づいているのかいないのか、オリビアは合わせた両手を顎元で”くにゃり”とくねらせニコニコと微笑むと、





「先日の舞踏会です♡

 ネミリア大聖堂のホール、素晴らしかったですわ……♡」


「────へえ。それはそれは。楽しまれたようで、良かったですね。」





 うっとり……と、恍惚に言うオリビアに、リックの返答はナチュラルドライだ。




 声に、態度に、目線に、表情に。

 『その話を広げるつもりは全くない』という雰囲気を全面に押す。




 なにしろ、今は『リック』としてここに来ているのだ。



 オリビアのほかに誰も居ないとはいえ、『今ここで盟主オリオンの舞踏会』の話をされても、応じるつもりなど毛頭なかった。



 

 しかし、そんなリックの内情などつゆ知らず、オリビアはテーブルの向こう側から微笑みかける。




「オリビアもご挨拶に伺おうと思ったのですが、メイシュ様はお忙しい様子でしたので……母上と父上にはお会いになりましたよね?」

「…………」



「母上も父上も、大層喜んでいらっしゃいましたわ♡」

「…………」


「メイシュ様??」

「…………」



 リックの視線の先。

 こくーん……と首を傾げ、青の瞳を向ける彼女に──……

 



 リックは、静かにうんざりとした息をつき、そして


 圧を込めつつ言葉を吐いた。





「……だから……

 返事に困るんだけど?

 今は『リック・ドイル』だ」


「同一人物ではありませんか。オリビア、そういう面倒なことはしたくありませんの」

「………………はあ」



 つーんと返す彼女に、またも息が漏れた。



 これぞまさしく『ご令嬢』である。



 以前、ミリアのマシンガントークに巻き込まれた時とはまた違う疲れが、エリックの中で吹き出し広がり始める、





 ミリアは『付け入るスキがない』が

 オリビアは『好き勝手話すうえに歩み寄らない』。



 マシンガンはマシンガンだが、こちらの方が厄介であり面倒だと、彼は思った。




 ──しかし。

(────ここで、そこにこだわるのは……時間の無駄だな)



 と、短く結論付けて、すまし顔のままオリビアに一瞥。





 資料に目を落とし

 その口でツナグ────


 『浅く、うわべだけの音』。





「……グロスター伯爵も、ジュリア夫人もお元気そうで安心したよ」


「えぇ、おかげさまで♡

 お母様ったら、最近は他国の服を取り寄せるようになったのです。シルクメイルの鮮やかさと織物の技術には遠く及びませんが、物珍しくて♡ ついオリビアも魅入ってしまいますの~♡」



「…………へえ」



 視線は資料。

 耳半分。



(……ジュリア伯爵夫人らしいな)

 と呟く向こうで、オリビアの猛攻は止まらない。





「どこの国もその土地の装飾やこだわりが出ていて楽しいのですけれど……驚いたのは南の衣装です。ご存じかしら? 魔道国家といえば有名ですわね?」

「────」


 



 ──目が留まる。


 素早く、情報を取捨選択した脳が、冷静に相槌を紡ぐ。






「────マジェラの服がどうかしたのか」

「まあ! ご存じでいらっしゃいます?

 ならあそこの衣装はどれをとっても真っ黒なのですのよ? はあ~信じられなぁい。あんなものを着ていて、気が滅入らないのかしら?」


「…………」

「黒一色なんて心まで黒く染まりそうではありませんかぁ。

 漆黒の威厳ははありますけれど、衣装があれだけだなんて」



「…………」

「本当に吃驚しましたの! あちらではそれが普通なのでしょうけど……オリビア、(すす)で汚れきったボロをつかまされたのかと思いましたわ?」

「────オリビア殿。話は反れましたが。


 今後の服飾産業とマスケモデルの活動において、着付け師も交えて方針を共有した方が良いと思いませんか。マグピクの精度が上がり、色も載ることになって、布の質感もこれまで以上に伝わりやすくなると仮定すると、より細やかな打ち合わせが必要ですよね」



 淡々。そして冷静に。

 エリックは言う。



「……加えて、成人の儀・カルミア祭も近い。

 去年と同様、いやそれ以上の盛り上がりを見せられるよう────……」




 気持ちを半ば強引に切り替えて、会議の進行に努めるエリックは、瞬間。


 わずかに眉根を寄せた。

 





 原因は、左手。

 手袋を纏ったその指は、上手く書類をめくれないのだ。




(……くそ……!)



 指先のわずらわしさに、一言。


 求めるのは利便性である。

 眉をひそめ左の手袋を引き脱ぎ、丁寧に置く。




 今はとにかく、煩わしさを少しでも減らしたかった。




「………………今一度、縫製ギルドに協力を依頼して、縫製・着付け・そして広告塔の柱の連携を強固にするべきだと考え」



「 め。 イシュ 様? 」

「……?」




 エリックの言葉を遮って。

 唐突に飛び込んできた、オリビアの驚愕の声に。

 

 

 ──彼が、僅かに首を傾げた時。





 オリビアは、ぐぐんと身を乗り出して





「……その指輪……どうされたんですの!?」











 キラッキラな瞳を向けた。



 現れた左手の

 小指につけられた



 ラウリングを目にして。














         #エルミリ



▶ キャロライン・フォンティーヌ・リクリシア

  同盟国「リクリシア」の皇女。

  筋肉にしか触手が動かない鋼鉄の女。

  エリック(エルヴィス)とは犬猿の仲。

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