6-1「皮肉」
わたし
ビスティーの店員、ミリア・リリ・マキシマム!
ねえ知ってた?
今「乙女遊戯と悪役令嬢」が流行ってるんだって!
乙女遊戯と言えば悪役令嬢
悪役令嬢と言えば乙女遊戯
って言われるぐらい、構築式が成り立っているらしくて。
わたし、そういう流行には疎いから
『乙女遊戯の悪役令嬢』ってやつが知りたくて、本屋に行ったら
ぴかー! って!
うわー! って!
なにー!?
って思ったら、乙女遊戯の中には入っちゃった!?
ものっっっすごく驚いたし
「納期とおにーさん!」と思ったんだけど、このままじゃいられないじゃん?
で、
乙女遊戯っていうのもよくわからないから
『悪役令嬢さまを探せばいいんだよね』ってとにかく歩き回っていたら
────なんか、おかしいんだよね……!
上からずーっと音するし……
人と話すと「ぴこっ」ってなんか音するし……
話す人話す人、会話が成立したりしなかったりするし……
なんなのこれ……どういうこと……
ついでに、悪役令嬢さま、どこ?
悪役令嬢さまがいない……!?
乙女遊戯って言ったら悪役令嬢なんでしょ……!?
悪役令嬢さまが居なきゃ話にならないのに……!!
あーもう! せっかく悪役令嬢さまにドレスのコーディネートとスタイルアップを提案して、ぼったく……
のん、売りつけ……
ちがう、仕事しようと思ったのに!
その悪役令嬢さまがいないってどういうことー!!?
こうして悪役令嬢さまを探し回るわたしに、絡みついてくるのは……
バトラムさまとジェレマイヤさま?
──────だれ???
いやいや知らないです知らないです、どちらさまですか、顔のデザインが良いことはわかるけど、それ以上あなたたちの事しりませんし!
『麗しの薔薇』ってなに、ひいいい!
肩抱くな腰抱くな、ちょっとまって
しょたいめん!
ねえ、初対面!!
初対面にそういうことする!?
貴族怖い! あいつら話聞かない!
話が成立しない~~~!!
って困ってるところに『バーン!』と入ってきたのは……
ええええええええええええ! おにーさん!?
『ミリアは俺のだ』って
ちょっとまって────?
まってぇえええええ……
ねえ、キミも『話聞かない病』に侵されてしまったの!? その病気はなんなの! 話聞いて!!?
ああああ! なんでこんなことに!
どうしてこうなった!!
これもなにもかも、ぜぇ〜〜んぶ悪役令嬢さまがいないのがおかしい!
────悪役令嬢、でてこーい!!
『エルミリ 副業盟主とコメディ女』
☆スピンオフ☆
『悪役令嬢を探せ!』
200045年、4の月、放送開始っ☆
…………はっ!?
……なんか、変な夢見た……
……あくやくれいじょう、とは……!?
あ。よだれついてる。
※連載予定はありません
幾度となく見せつけられる地獄がある。
幾度となく思い知らされる罪がある。
許しを乞おうなどとは思っていない。
忘れたいとも思っていない。
しかし、脳は見せるのだ。
己の罪を、何度も 何度も。
舞踏会を終えて、エルヴィスは帰ってきた。
がらりと広い自室。ため息交じりに部屋を突っ切り、足が目指すのは革張りのソファーだ。首元のタイをぐいぐいと緩めながら、どっかりと腰を沈め──息を吐いた。
──────疲れていた。
思い返せばここ数週間、ミリアと出会ったあの日から、なんだかんだとここまで休息らしい休息を取っていない。
いくら若いとはいえ26。
10代の頃のようにはいかない。
身体の奥底に澱むようなを感じながら、裸になった手のひらを見つめた。
黒の手袋はとうに外してポケットの中だ。
ソファーから不意に目を投げた先、こちこちと小さな音を立てる時計を一瞥し────天井を仰ぐ。
限りなく黒に近い青の瞳が、ぼんやりと見つめるのは
見慣れた天井ではなく『受けた報告とスラムの様子』である。
彼は『襤褸布の坩堝』を訪れたことはないが、周りの貴族連中や執事のヴァルター、または使用人たちの話から、その様子をうかがい知ることは出来た。
屑の集まる場所。
畜生の好む場所。
人の形をしていながらも、人ではないやつらが住まう場所────
そんな場所の想像と、聞いた情報が
ぼうっと見つめる天井を、羊皮紙代わりに駆け巡る。
(──……”薄気味悪い”……、”暴漢”……)
無意識に突く、右の頬杖。
拳が頬を押し潰すのと同時、表情に走りゆく”険しさ”。
舞踏会でもこぼれ落としてしまったが、どう考えても手一杯だ。
現在エルヴィスは、スパイのエリックとして、毛皮の価格高騰の原因調査を行う最中、婦女子二名の死亡案件にも神経を割いている。
正直、襤褸布の坩堝には大人しくしていてほしいのだが──
(…………ラジアルで手の空いている者は…………
いや、しかし、場所が場所だからな……
信の置けて、腕にもそれなりの自信があるモノというと……)
と悩ましげに、息を吐き落とす。
東の状態があまり芳しくないのは常日頃のことだが、薄気味悪さはさておき『暴漢とネミリア教を棄教するものが増えた』という動きに関しては、父や祖父の代でも聞いたことがない。
新たな宗教が力を付けているにしても、酷い暴漢にしても、雰囲気にしても。
『一度、足を運ばねばならない』。
──の、だろうが──
(…………タイミングが悪すぎる……!)
と、眉根を寄せて吐く悪態。
これがフリーの時ならいいのだ。
執事のヴァルターは必死に止めるだろうが、盟主としても、アルトヴィンガには一度視察へ行かなければならないと考えていた。
しかし、今は別件の調査中であり──
その協力者が『ミリア』だというところが、少々難ありなのである。
(────ビスティーはどうする?
いつどこで情報を掴めるかわからない。
なるべくそこを空けたくはないし、なによりミリアを一人にはしておけないだろう。
『こちらで指示する』とは言ってあるが、彼女の事だ。
少しでもそれらしい情報を得た日には突っ込んで行きそうだし、傍にいないと)
と、呟く脳が見せるのは
『情報を得た!』と瞳を輝かせ、フライパンと鍋を持って駆けていく相棒の姿である。
本人が聞いたら、『人をなんだと思っているのか。』と真顔を向けてきそうな空想であるが、彼はそれが間違っているとは思わなかった。
何せ、『デートアピールもほったらかしにナンパに突撃し』、『習うより慣れろ!』と初心者相手に魔法をぶつけまくってきた女である。
(……愛想や行動が早いのはいいが、じゃじゃ馬がすぎるんだよ……!)
と、愚痴をこぼれ落とすが──そこに嫌悪は混じっていない。
計算外の動きに驚くし、空の上から降ってきたような返しには度肝を抜かれるが、それも含めて、彼は楽しんでいる。
たやすく転がり『yes』しか返さないような相手より、あれぐらいの方が付き合い甲斐があると思っていた。
しかし、『楽しい』と『疲労』は別問題である。
懸念と共に沸き上がる楽しい気持ちとは逆に、がくんと項垂れた拍子。
首に突っ張るような痛みを感じて、根元に親指の付け根を押しこむ彼。
(────首が……! 肩が、固まって仕方ないな……!)
「──んっ、……これは……! ツライな……!」
思わず呟く彼。
ここ数日、縫物で酷使した首の根本は前より強めに、彼の指を押し返し──
気持ちのいい痛みを感じながら、また、眉をくねらせ息をついた。
彼は、日ごろ体を動かすほうである。
モデルや盟主として立ち振る舞う際に、背や腹に力をこめ、姿勢を保たねばならないからだ。
どちらかと言えば『身体を開く動き』には慣れていた。
しかし、縫製工房で取り続けていた姿勢は『その反対』。
常に背中を丸め、手元を見ながらひたすらに指を動かす、『閉じる姿勢』。
木製の皿の上
転がる無数のビーズをひとつひとつ拾い上げ
破けるのではないかと厚みの薄いレースを縫い付ける
キメの細かい絹に針を通し、整える。
その間、関節はあまり大きく動かない。
当然、あっという間に凝り固まった。
肩に押し込む彼の指の先、ごりっと音を立て
沈み込んだ筋肉の先で広がる『心地いい指圧感』。
………………はぁー………………
気持ち良さと共に、脳に蘇るのは、修羅場中のミリアである。
『肩が……! 腰、腰〜〜……!! んーっ……!』
『背中、バキバキ。おばあちゃんになりそう』
と、ツラそうに肩を回していた。
そんな彼女に眉を下げるエリックに、ミリアは言うのだ。
『ねえ、ちょっとさ~
背中蹴ってくれない?
私の両腕後ろで持って。ぐいーって。
膝蹴りでもいいんだけど。
助けると思って。お願い』
────それに、エリックが戸惑ったのは言うまでもない。
彼は紳士であり、貴族である。
今までの人生で、ごろつきやクソ貴族などを相手にし、顔を蹴り上げたくなる衝動に駆られたことはあるが、実際に蹴ったことなどないし、それを求められたこともない。
しかもそれが『女性相手に』なんて、あるわけもない。
ミリアが柔軟をしたいのだと解りはするのだが、いくら柔軟の一環とはいえ、『背後から両腕を持ち、身動きの取れない女性の背中にひざを入れる』なんてことは──
貴族で紳士の彼には、『抵抗しかなかった』。
彼はそれらを理解したうえで、有効な体の伸ばし方を教えたのだが────
ミリアは
『いや、ひとの力で思いっきりボキボキってして欲しーのに。』
『グイーってやってほしーのに。』
『いいじゃんケチ。』
と、頬を膨らませるのである。
彼の困惑などお構いなしに膨らむ頬と不満げな顔に
結果、根負けした。
外を気にしながら、遠慮がちに行った『強制柔軟』であったが
ミリアの清々しい顔と言ったらなく、相当力を込めたにも拘わらず『気持ち良かった~~!!』と、こうである。
そんな彼女に──
呆れと戸惑いも混じりながら
『心底頭が上がらない』と強く思ったのである。
”仕事であるとはいえ”
背筋を丸め、指先を使い、頭を神経を使い、細かい作業を繰り返す。
指に傷を作り、針の痕がくっきり残るほど握り続ける。
ミリアに初めて会ったあの日から、『少し硬そうな指先をしている』とは思ったが、自分もやってみて納得した。
『針を押し込むのが痛くなるぐらい、指の先が疲弊していく』と。
たかが服。
されど、服。
職人が、時間と手間をかけて、作り上げているのだと。
それを、享受しているのだと。
日常を、舞踏会を、夜会を、作り上げているのだと。
そしてそれは、なにも服飾に限った話でない。
料理人・ワイン職人・染織家。
食肉を用意する屠畜師・農家・漁師────
『華やかな舞踏会』だけでも、それだけの人間が関わっている。
──そして、その多くの人間が
『作り上げたものの完成にはありつけない』現実。
(…………皮肉なものだ。
ドレスに限ったことではないが、それに心血を注いでいる人間が──もっとも遠いところをにいるなんて)
広い自室のソファーの上。
足を組み、頬杖を突き、溢すのは憂いを帯びたため息だ。
舞踏会に集った『色鮮やかなドレスに身を包み微笑む令嬢たち』と入れ替わるように
思い浮かぶのは、着付け師のミリアの顔と声。
──『いくらすると思ってるの?』
──『着れるわけないじゃん』
(…………確かに、そうだろうけど)
──『でも、良いの。ローブより全然まし!』
(…………いいのか? 本当に?)
頭の中の──
あっけらかんとした、『これ以上望まない』と言わんばかりの顔に、視線を落としていた。
鮮やかな衣装に憧れ
遠路はるばる国を超えて
服飾関係の職に就き、毎日それらに向かい合っているというのに
誰よりも、好きなはずなのに
(……それでいいのか?)
「…………似合うはずだ」
独り。
誰にともなく呟く。
彼女の体系は平均的。
トルソーと同じだというのだから、ドレス衣装は間違いなく映えるだろう。
どんな色が似あうだろうか。
どんな形が好みだろうか。
艶のある深い茶色の髪も
透き通ったはちみつ色の瞳も
『ドレス』という衣装の前に、引けを取らないだろうに。
(…………きっと、綺麗だと思うんだけど)
これは、口には出さずに胸の内。
頭の中で鮮やかに咲くミリアのドレス姿に
愁いと・ささやかな華やかを混ぜながら、ふんわりとした気持ちが舞い上がり────
────コッ……
「────!」
突如響いた小さな音に目を見開く。
舞い上がっていた気持ちはどこかへ消え失せ、瞬時に張り詰めるは緊張の糸。
眉をひそめ、音のした方を注視した。
『糸くず一本たりとも見落とさない』と言わんばかりに意識を注ぐ。
(────なんだ……!)
纏う色を完全に切り替えて
エルヴィスは見据えるのは、部屋の隅。
机の影。わずかな闇。
遠慮のない殺気と警戒を叩き込みながら、更に神経を尖らせる。
通常ならば、気にも留めないほどの小さな音だ。
────しかし。
「………………」
(────いい加減にしろ……!)
と殺気を注ぐが──、
そこから誰か現れることは無く、ただ、見慣れた机と壁が静かに有るのみ。
変わらぬ景色。動かぬ家具。
「────…………っ……!」
『苛立つほどに変わらぬそれ』に、エルヴィスは怪訝のまま息を吐き出した。
自棄くそ気味に瞳を投げながら、思い返すのはヘンリーの言葉だ。
『よくネミリア大聖堂を借りましたね?』
問われ、彼は『人が入り切らない』と答えたが────
(────まさか『屋敷で怪奇現象が起きている』なんて
言えるわけがない……!)
────そう。
ここ最近、オリオンの屋敷では、些細な違和感を覚えたり、誰もいない場所から異音がするなどという現象が増えたのである。
『その現象がいつからなのか』、エルヴィスも明確にはわからないのだが
『確かな違和感』は、『あの日』。
『抜ける感覚に襲われた日』から。
小さなものが落ちる・音を出す。
誰もいないところから気配がする。
足元を何かが通り抜けていくような感覚。
妙な視線。
それを感じているのはエルヴィスだけらしいが、小さな異変は日に日に増えているように感じる。
その原因はわからないが、もし
大勢の客を招いた時に、大掛かりな怪奇現象でも起こされたらどうだろうか?
異常現象で、客に怪我をさせるようなことがあったらどうなるだろうか?
それが無くとも、『オリオン』は
『命を奪った武器商人』
『命の上に築いた富』
『金の亡者』
『悪魔の末裔』などと、言われているのに。
『呪われし一族』に箔をつけて、どうするというのだろうか。
(…………『怪奇現象』なんて、腐った貴族どもに餌を与えるようなものだろう)
それを知ったや否や、デーモンの首でも取ってきたかのように嬉々として語る貴族連中を想像し、肚の内で嫌悪を研いだ。想像しただけでもうんざりと、腹立たしい。
屋敷に住まう使用人たちのこともあるのだ。
原因がわかるまで、安易に人を招き入れたくは無かった。
頭の中。
『祈祷師か除霊師を呼ぶべきか』と考えが過る中────
「────…………」
見据える先は『先ほど音がした場所』。
机の奥、物の影。
目をやり剣幕を研ぎ、気迫を滲み出しつつ────問いかける。
「────誰か いるのか」
────しかし。
その問いかけに、答えはなく────
エルヴィスの声は、静かに溶け、消えたのであった。
#エルミリ
それは、遠い昔の記憶。
突きつけられた惨状。
目の当たりにした時の衝撃を 彼はまだ覚えている。
取り返しのつかない罪を まだ、覚えている。




