5-18「暗雲」(4P)
隣から。
切羽詰まったトーンは、エルヴィスらしからぬ音で零れ落ちた。
余裕もない、焦りともどかしさを孕んだ音に、ヘンリーは内心驚きながらも
あくまでも軽く、
ゆったりと目を向け、
問いかける。
「なーにかあったんですか?」
「…………」
見つめる先で、盟主は何も言わない。
────が────
「閣下?」
──『投げかけたら、もしかしたら』
そんな淡い期待を隠しつつ、待つヘンリーに、エルヴィスがくれたのは
「……………………シゴトだ」
戻ってきた言葉は『端的』。
固く、固く、『一言』。
それだけでも
意思を組むのには
十分すぎたが
ヘンリーは、一つ
あくまでも軽く頷き、エルヴィスに声を投げる。
「────ああ、”そっちの”。
何かあったら言ってくださいよっ、
ねえ? 『ボス』?」
「…………」
問いかけに
気づかいに
黙り、こくり、向けられる『拒否』の無音。
淡い期待は、密かな想いは
「────報告、有難う。
東は俺の方で調査を入れる。
ランベルトの自治。
それと、『シゴト』を。
頼むぞ、ヘンリー」
「………………はい」
ヘンリーは静かに頷いた。
華やかな舞踏会の中へ、問題を抱えながら
『ランベルトを巻き込むわけにいかない』と距離を取り、消えゆく盟主の背を目で追いながら。
その薄紫の瞳に、諦めで包んだ寂しさを宿して。
ダンスホールに花が舞う。
色とりどりのドレスに身を包んだ女性たちは、今か今かと彼の手を待つ。
その中で、いくつか手を取りキスを落とし
僅かな時間の相手を決める
彼にとって、それは『責務』。
『もっとも重要な仕事』で
『退屈で仕方のないもの』なのは今も変わらないのだが────
今日は少し、違う。
ホールに咲き乱れるドレスの花。
女性たちが身に纏う、華やかな衣装。
この前まで『ドレス』でしかなかったそれは、今
(…………あれは、ベル型。
あれは……プリンセスラインか。
…………へえ、ダブルのマーメイド。
華やかだけど、少し型が古いな……
ビンテージか?)
見え方が変わっていた。
(…………ああ、あのドレスは見覚えがある。
持ち主はユラ・ジューン令嬢。
……ほら、な。
そのコサージュは俺が作った。忘れるはずもない)
『ドレスはドレス』ではなく、その『奥』に。
(あの装飾……凄いな。
スパンコールか? 縫い付けるのに時間がかかりそうだ)
見えるものがある。
────胸の内で呟いて、想像するのは
総合服飾工房での作業だ。
コサージュを付け
スパンコールをつけ
ドレスの解体作業し
時には『もうヤダやりたくない!』と叫びながら
それでも『仕事なので!』と責務を全うした、彼女との時間だ。
想像以上に時間がかかった。
想像以上に繊細な扱いをしなければならなかった。
想像以上に作業工程があった。
たかが、布。
たかが、衣装。
身に着け纏うのが、当たり前のそれら。
華やかな舞踏会。
踊りながら、彼はダンスの相手──ベルオーブ嬢の頭を飾るその華に、そっと指を伸ばす。




