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5-18「暗雲」(2P)






「────……『居ません』。


 言えないでしょう、そんなこと。

 ただ『あれはどう見てもそうだった』とか、『男の方が吹聴していた』とか、そんな話は耳にしますね」



 と、すまし顔で一言。

 隣から、無言の圧を感じながら、ヘンリーは続ける。




「もともと『売春婦やらごろつき(ああいうボロキレ)が集まる場所』です。

 お耳に入っているでしょう? 

 『女狩りのオースティン』とか」


「…………ああ……『黒髪で青い瞳の男』としか情報が無い獣か。襤褸布の坩堝(あんなところ)じゃなければ、すぐに牢獄へ入れてやるのに」


「まあ──、

 そういう、ろくでもない奴らが集まる場所なんですよ」

「餓鬼畜生が」



「────ん〜…………

 はぁい、麗しの華♡

 ご機嫌いかが~?( フィルニン~ )♪」


 

 

 声に、音に、剣幕、殺気に。

 ヘンリーは堪らずその辺の令嬢に微笑み、へらへらと手を振った。




 現実逃避である。

 我らが主君とはいえ、迫力が怖すぎるのだ。



(……笑顔(カオ)と言葉が合ってないんだよなあーっ……怖エエエエエ……!)


 

 と内心思いっきり引きつりながら、ちらりと盗み見れば、エルヴィスは何も言わずに黙り込んでいる。

 



 おそらく────

 どうにもならない怒りを、腹の中に溜め込みながら

 それでも『舞踏会にふさわしい表情』を作ろうとしているのだろう。



(────それがまた怖いっす、閣下……!)

 と、白亜の天井を仰ぎ呟く彼。



 ストレートな殺意より、押し込めた笑顔の方がよほど、恐ろしかった。





 しかし、そんな盟主の気持ちも、ヘンリーには、わかるのだ。



 

(……怒りたいのは解りますよ、閣下。

 そりゃあそうですよね、せっかく政策敷いてるっていうのに、横から水差されたんじゃあなあ……)

 と、ぽつり。


 



 国連──いや、エルヴィスは

 外交をはじめ、ノースブルク諸侯同盟をまとめながら、自領内の『前時代の女性軽視と、現代女性の社会進出における、婚姻率の減少と男女の溝』をも『なんとかしよう』と骨を砕いている。



 そんな隣から、氷水を流し込む様なことをされてはたまらない。




 その気持ちは解るのだが──





(…………あなたも、大変な御人だよな。

 プレッシャーも凄いんでしょう?)

 


 黙る盟主の隣で息を溶かした。




 

 弱冠18で盟主の立場に就き、それから目まぐるしい日々を送っているであろう『彼』。ヘンリーがまだ、父と兄の後ろに隠れてヘラヘラとしていた時にはもう、彼は国のトップだった。



 その苦労は計り知れないし、今もまだ『わからない』。

 なにせ




 『────主君は、何も、言わない』からだ。




 ”責任感がある”。

 ”力がある”。

 ”頭もキレるし地位もある”。

 それらのポテンシャルが──いや、(おも)に『責任感が』、時に周りを引き離すのだ。





(…………『だけど』。

 それでも全部片付けてしまうのは、あなたの凄いところですけど)


 ──と、諦めをはらんだ息を吐く。




 家臣として

 貴族として

 ────”力に なりたいのに”





「…………ねえ、閣下。

 ひとまず、飯でも食いましょうや」


  

 気持ちを切り替えるように、投げる声は明るめの音。

 声を張りつつ軽く、ヘンリーは物言わぬ盟主にそう言った。





 ヘンリーの見た限りでは、エルヴィスは今夜、食事という食事にありつけていない。


 会場する前に腹を満たしたのかもしれないが、今までの『彼』のイメージからは、それすら後回しにして準備に飛び回っている様子の方がしっくりくる。



 それでなくても、

 とにかくひとまず(・・・・・・・・)



 空気を軟化させるためにも、エルヴィスの『陶器』を割るためにも、一度切り替えが必要だと言いたかった。




「腹を満たさにゃ、頭も回りませんぜ?」

「…………」


「────お気持ちはわかりますけどね、閣下?

 あなたが直接骨を折ることはないですよ」

「…………」


 

「────アルトヴィンガ(れいのあそこ)は掃き溜めだ。

 厄介な場所ではありますが『必要悪』でしょう?

 オリオンの領内ではありますが、アルダーのもんでもありますし、噂は噂です。

 視察で十分じゃないですか?」

「…………」



「────それとも。他に何かあったんですか?」

「…………」


 

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