5-17「狂った歌劇の舞台上」(4)
(────そもそも、舞踏会を楽しめるわけがない)
『開催している本人がそれはどうなんだ』と自分でも思うのだが、そもそも彼は『こういったモノ』は好きではないのだ。
金を、権威を見せびらかすような、お上品でお優雅な空間に
なんの価値も感じない。
(…………スパイとして潜り込むならまだしも、今日は盟主だからな)
辟易と落とす愚痴。
どこかの子爵や小貴族
または有志のパーティーに潜り込むなら
『目的』を遂行するために情報を集め・策を練り・その場を楽しむのだが────
目的もなく、ただただ寄ってくる貴族たちを相手にするだけの舞踏会の、どこが楽しいというのだろう。
「────……、……」
そしてまた、息とともに目線を落とし、グラスの中のシャンパンをひとくち飲み込んだ。
口の中に広がる、上品な苦みと共に
目の前の世界をただ、見つめる。
色鮮やかで
優雅なその空間から聞こえてくるのは
上品に上品を重ねた声色
皆の笑顔の下に透けて見える『虎視眈々』。
それらを遠目で眺めながら
彼が思い出すのは、開場から今までに挨拶に来た顔々と、そのコトバだ。
『素敵な舞踏会にお招きいただき』
『うちの娘を』
『やっと閣下もパートナーを』
『うちの娘は14歳。どうでしょう、閣下』
(……『どうでしょう』もなにも、14の子どもをどうしろと?)
自分の娘をモノのように勧める貴族を思い出しては心が荒む。
『そもそも成人は17だ』と苛立ちもするが、連動して流れ出るのは次の愚痴だ。
(────ここ数十分、何度言われたと思ってる)
『うちの娘を』
『どの娘でもどうぞ!』
『貴方様と踊りたいですわ』
『申し込んでもよろしいかしら』
『やあやあ、盟主殿! ご機嫌麗しゅう!』
────皆。
示し合わせたかのように
台本でもあるかのように、同じセリフを吐く。
同じ顔
同じ色
同じ目つきで
同じ言葉を吐く
それはまるで
狂った歌劇の舞台上にいるかのような感覚だった。
(……言いたいことや事情は分かるが……
代わる代わる何度も同じことを言われては、気がおかしくなりそうだ)
と、短い息とともに吐き捨てる。
だから嫌いだ。『盟主としての舞踏会』は。
そのつもりもないのに場を用意し
そのつもりもない話を聞かされる
いっそ『婚約者を探しているわけではない』・『出会いの場として提供しているだけだ』と公言してしまったほうが楽だと考えたこともあった。
──しかしそれは 『許されない』。
そこを理由に、盟主を退けと言われないとも限らない。
しかし貴族の娘に魅力など感じない。
(──まったく馬鹿らしいな、本当に)
と
舞踏会の度に繰り広げられる、需要と供給がまるで嚙み合わない状況にうんざりしながら
エルヴィスは、人知れず────シャンパンを持つ左手。
手袋の上から、慣れぬ異物感を求めるように、抑え、触っていた。
布手袋の下。
右手ゆびで存在を確認するのは「ラウリング」。
ミリアに押しこまれた、魔術習得のための指輪だ。
小指の根本。
金属の感触を、確かめるように握るエルヴィスの頭の中。
考えるのは────この指輪がもたらす災難である。
あの日。
彼女に指輪を押しこまれてから。
エルヴィスはそれを何度か外そうと試みた。
が、綺麗にハマってびくともしなかった。
おかげさまで、手袋は必須になってしまった。
そして今この状況も『大変にスリリング』だ。
指輪が、彼女が悪いのではない。
『舞踏会のこの場でバレたら』と思うと、頬に汗が流れて胃が縮むのである。
(……常につけていた方が良いものなのは解るが
”そういうものでもない”のに、下手に話題が広がるのはごめんだ)
どれだけの憶測が飛び交い、どれだけ噂をされるか。
(…………そういう関係ではないのに。
延々と弁解と訂正を繰り返すなんて)
と、人知れず胸のあたりにモヤを生み出す、エルヴィスの隣。
”は────────っ……”
と、ために溜めた様な感嘆の音は
ヘンリーの口から零れ落ちた。
「……っしっかし、
……すげー……ネミリア大聖堂……
……式場確保からすげぇ金かかったんでしょう?
ははは、ハンパないっすね────」
「…………」
ただただ『凄い』と言わんばかりに、平たく息を吐き出すヘンリーを目に、エルヴィスは短く息を一つ。
確かに普段 参拝者が入れる場所ではないし、貸切る金も相当なものだったが、別に無理をして借りたわけではない。
────それに。
「…………この会場にかかった金は『ネミリア聖教会』に上げられる。
それは、巡り巡って民への援助や、福祉の資金になるんだ。
民から集めた金を戻すのに効率的だろ?」
澄ました声で吐きながら、やわらかな琥珀色のシャンパンを口に含み、しゅわりとした苦みと共に飲み込んだ。
”些事なことだ”と、掃いて捨てるように。
「……立派な盟主様ですね」
「嫌味でも世辞でも、受け取っておくよ」
短く一言。
舞踏会の隅。
白亜の壁を背にしてエルヴィスは言葉を続ける。
「…………舞踏会に使う費用は、『年間いくら』と爵位で決められているだろう。小さな舞踏会を何度も開くより、一度で終わったほうが都合が良い」
「ははは、そ~れで、この規模っすか……」
「…………まあ、」
(────”名目上は”な)
最後の言葉は、適当な相槌で胸の内。
ひそかに目だけを反らし
脳内にチラつく『本当の理由』に
人知れず表情を砥ぐ彼の隣
感心の息を吐ききったヘンリーは
大きく目を見開き小首をかしげ、腕を開いてエルヴィスに体を向けると、大きく手を開く。
「で・も!
マージでもったいないですよ?
最高にいい時期なんですから、閣下も今のうちに選んでおかないと!
「──女性は物じゃない。
物色するような物言いはやめろ」
「ただの言い回しじゃないですかー!
それに、閣下は『同盟領の盟主』だ。
ココが王国なら、アナタはボクたちの『国王様』です。
戴冠は~、ネミリアの名のもとに、30からでしたっけ?
それまでには身を固めてほしいですよ~?」
「…………」
「ね?
ですからボクと一緒に女性に声をかけに行きましょ♡
あと4年無いでしょう!?」
「……」
「ほうら閣下!
ボクはね、閣下のタメを思って言ってるんですよっ♡」
「────ハ……、『俺のため』……ねえ?」
────途端。
エルヴィスの貴族の笑みの、内側から。
『舞踏会』にそぐわない声が出た。
にじみ出るのは威嚇と嘲笑。
嫌というほど聞かされ言われ続けたその言葉に、笑顔の下から嫌悪が噴き出す。
彼は言う。
貴族の笑顔の下に、確かな嫌悪と憎悪を込めて。
「────人を。
『黙す』・『操る』・『懐柔する』時の常套句だな。
まさか俺にそんな言葉を使ってくるとは思わなかったよ、ヘンリー」
にこやかな笑みの下。
猛烈な嫌悪を孕んだ鋭利な槍に
ヘンリーのいい加減な顔が『ひくっ』と引きつり動揺が走るが、
エルヴィスは止まらない。
「──それで?
俺はおまえの隣に付いて。
言いたくもない戯言を吐き、おまえの女漁りに付き合えばいいのか?
…………くだらない」
「閣下あ〜!」
「……ナンパの相棒が欲しいなら他所へいけ。
己の欲望を満たすための偽善の皮ほど、醜く愚かなツラはないな。
その言葉、二度と俺に向けるな。迷惑だ」
「……っ……うぅ……」
眉を下げるヘンリーを無視し、きっぱりと言い切り息を吐く。
ヘンリーという男も、別に悪いやつではないのだが
その、貪欲に女を求め、狩りに行く様は
ある意味尊敬であるが、軽蔑の対象でもあった。
──ついでに言うのなら。
(……大体、盟主がこの立場で必要以上に声をかけてみろ。
シャレにならないのが目に見えて────)
「……そいえば。……お耳に入ってますか?」
「なにが?」
目くるめく『うんざり』をかき消すように
隣から、少々神妙な声をかけられ。
エルヴィスは、小さく目を見開いた。
純白の壁に寄りかかる男二人
オレンジブラウンの髪色の貴族は
その表情に『にこやか』を浮かべると
ちらりちらりと周りに目配せをし──たどたどしく、言う。
「…………西……
あー、こっちから言うと東か。
そこの話です」
「…………!」
たどたどしいトーンは、徐々に。
『あたりを疑う警戒』の色へ。
「……最近、……ちょっと。
あー……、なんてーか、その~~~……」
「…………”東”…………」
報告に
呟き消えゆくは『貴公子の仮面』。
互いにじわり、滲みだすのは諜報員の色。
纏うオーラを変えゆくボスに
ヘンリーは、声を落として問いかけた。
「────『アルトヴィンガ』……って言えば、察してくれます?」
「……」
華やかな舞踏会。
神聖なネミリア大聖堂のホール。
咲き誇るドレスや、凛々しいスーツの花に紛れて
男は、静かに問いかける。
「…………古語は、話せるか」
「…………モチロンです♪」




