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5-17「狂った歌劇の舞台上」(2)








「──ご招待に預かり光栄です、エルヴィス様」

「……本日はよくぞお越しくださいました。

 トーマス・フォン・ランベルト殿。

 お父上のランベルト伯爵公もご健在でなによりです」




 開場して小一時間は優に越し、来訪客にリラックスが見え始めた頃。



 丁寧な声遣いで声をかけられ、エルヴィスは向き直り、彼に向ってスマートに手伸ばした。




 目の前に現れた『彼』。

 


 オレンジブラウン色の髪を『貴公子の手本』のようにまとめ上げ、その顔に光るは薄紫の瞳。

 

 由緒正しき『ランベルト家』の公服を纏い現れた彼に、エルヴィスは、にこやかに微笑みかける。





「────『トーマス殿』?

 東の情勢は変わりなく?」

「ええ、それはもう穏やかですよ」


 


 そつなく返ってくる言葉。

 エルヴィスは、その限りなく青く暗い瞳で彼を一瞥(いちべつ)すると、さらにニコニコと口を開き、




「昨年はお見事でした。

 見事な手腕で、事態を収めたと伺っています」



「…………ええ、まあ」

「南東部は昔から(いさか)いが多い地域ですから。

 そこを任せられるのも、ランベルトの手腕あってこそだ。

 聞けば、ピオニアの暴徒を抑えたとか。

 ぜひ話をお伺いしたい」



「…………えー、と、ですね?」





 にこにこ、キラキラ。

 エルヴィスが淀みなく浴びせる質問に、トーマス(・・・・)の目が泳ぎ、そして顔が引きつっていく。




 ────『どうしよう』と、言わんばかりに。



 エルヴィスは、それをわかっていながら言葉を続けた。




「ああ、申し訳ない。

 話しにくいことでしたか。

 『武勲』とはいえ、やっていることは武力行使だ。

 雄弁と語ることではありませんでしたね」

「…………えぇ…………、まぁはぃ……」

 


 

 返ってくるのは『曖昧な返事』だ。


 そこに畳みかけるのがエルヴィスである。

 ──逃すわけがない。


 

 

「それでは……、そうだな、トーマス殿。

 『ランベルト領の税収と人口について』ですが」


「…………エルヴィス、どの?

 ……ああ~~、


 それは、


 ですね?」



「『今後さらなる下降を辿る見通しが出ている』と、お父上から報告を受けています。次期領主として……如何なる対策を講じるべきだとお考えですか?」



「──…………えーと」

「ランベルト領は、ノースブルクの大切な要だ。

 そうでしょう、トーマス殿?」


「…………」

 


 問いかけに

 どんどん、顔を引きつらせ

 気まずそうに、ぐるりと瞳を泳がせる『トーマス』に




 エルヴィスは──

 そのにこやかな盟主の表情・トーンそのまま、声に張ると、引導を渡すように言う。




「────演じきれないのなら下手に入ってくるんじゃない。

 『ヘンドリック・フォン・ランベルト殿』

 

「…………バレてました?」

「…………最初から、な」




 エルヴィスの鋭い言葉を受け、『たははー』と後ろ頭に手を置くこの男。



 名を、ヘンドリック・フォン・ランベルト。

 通称『ヘンリー』と言う。


 


 トーマス・フォン・ランベルトを兄に持つ、ランベルト家双子の片割れで、年は26。エルヴィスと同い年の貴族の息子だ。



 オレンジブラウン色の髪も、うす紫の瞳も

 見れば見るほど優秀な兄と瓜二つだが、その中身は正反対。


 厳格真面目を絵に描いたような兄とは対照的に、ちゃらいナンパ男で、女に手を出しては遊び惚けている問題児である。




 今回の舞踏会も、エルヴィスは『兄・トーマス』の方に招待状を出したのだが、やってきたのは弟の方だったようだ。



 まったく呆れる行動であるが、彼はこうして『兄の名前で』舞踏会に入り込み、たびたびそのスリルを楽しんでいるようである。




 ……エルヴィスにはバレバレなのだが。


 

 

 貴族の笑顔はそのまま、瞳で『呆れた』と言うエルヴィスを前にして



 ヘンリーは、きりっ! と澄ましていた顔を一気に緩め

 『敵わないな~』と言わんばかりに肩をすくめると




「ボクら、親でも『見分けがつかない』って言われるのに~、よくわかりましたねっ?」

「俺を馬鹿にしているのか?

 おまえたち二人の見分けぐらい、付かなくてどうする」



「────さっすが、リーダー☆」

「…………ここでそれを言うな、ヘンリー」



 薄紫の瞳でウインクなんぞをかましながら、おちゃらけるヘンリーに、エルヴィスは静かな圧をかけた。

 




 ──そう。

 ヘンリーは、エルヴィスの裏の顔を知る貴族の一人でもあるのだ。



 調査機関ラジアルを立ち上げたころ。

 兄の名前で招かれたパーティー舞踏会に潜り込んでは、女漁りを繰り返していた彼に


 『どうせなら情報のひとつでも掴んで来い』

 とエルヴィス直々にスカウトした。





 彼の功績は上々で、その『調子のいい性格』を余すことなく発揮し────組織に、国に大きく貢献しているのである。


 


 この、ヘンリーという男。

 受ける印象はミリアに似ているが、ミリアほど会話がすっ飛ぶことはなく


 『調子の良さ』ではリチャードと同レベルだが、ヘンリーの方がいい加減で、『女性関連の信頼のなさ』はスネークの上を行く。

 


 ──そして。

 『人の懐に入る』(すべ)は、エリックよりも広く、上手かった。




 特に、エルヴィスが苦手とする妙齢の男性(ターゲット)からは受けが良く、仲間内では『おっさんキラーの貴公子』などとも呼ばれている。



  

 ……女好きの本人の意思とは関係なく

 女性の獲物よりも、男性の獲物の方が気を許してくれるのは

 ヘンリーにとって最大の謎であり、不本意な事実なのだが。






 

 そんな『女好きのおっさんキラー』なヘンリーは

 薄紫の瞳で、ぐるりと、風格漂うネミリア大聖堂の内壁を見上げると


 『はあ……』と感嘆の息を漏らし、そしてエルヴィスに顔を向け話し出す。


 



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