5-16④「ミリアさんが調べておいてあげましょう」
「……〜〜っ!!
なーんか、だーいじょーぶかな〜!?
あああああ! 気になる!」
わきわきっと、もどかしそうに指を動かしながら、肩をすくめてミリアは言う!
「ああいうの気になる! すごく気になる!
『痩せ我慢』っていうか、
『無理やり封印しました感』見せられると、どぉーも!
『無理するな〜! だいじょうぶかー!』って言いたくなっちゃう〜っ。
いや、あの人のことまだ全然知らないよ?
知らないんだけどね!?」
葛藤を虚空に散らかして、ぎゅうっと握る、右の手のひら。
自然と背筋が伸びて、ふうっと息出す鼻と、そして寄り行く眉。
「…………無理に聞いたりは……しないケド。
たまーにひっかかるんだよねー、奥の方になんか、こう……
なんだろ? うまく言えないけど、こう……
『抱えてる感』あるというか……」
呟く彼女はまだ、知らない。
彼が背負っているものも
彼が抱えている悩みも、葛藤も
知らないながらも、考える。
”見えたものの範囲”から。
(…………戦ってるような。
押し込めたような。
無理やり切り替えたような。
……そんな……なんか、そんな感じ……)
情報を、処理するように
ぽそぽそと。
「…………まあ。無理には、聞かないんだけど」
これは、声に出して。
彼女は瞳を左下に迷わせた。
気になるといえば気になるのだが、やたらと手を突っ込んで根掘り葉掘り聞きだすのも好きじゃない。
エリックがそこまでして切り替えたのなら、そこを掘り返すのは違うだろう。
──誰しも、気持ちに折り合いをつけながら生きていく。
そうして、日常を暮らしていくのだから。
そして彼女は短く息を吐き出し、流れるようにカウンター奥の『相棒人形スフィー』に目を向けた。
「…………誰だって、言いたくないことあるじゃん。
そうじゃない?
ねぇ? スフィー?」
言い聞かせるように、ぽそり。
物言わぬスフィーに、ミリアは小首を傾げて話し出す。
「ねぇスフィー?
エリックさん、エルヴィスさんの下で働くの、実は大変なのかなー? やり手の盟主さまだもんね、付いていくの大変なのかも。
そのうえ、毛皮の調査までやっててさ?
エルヴィスさん、人使い荒いのかな。
まあでもあの人『ふふん』って言いながらやっちゃいそうだけどね〜。
『当たり前だろ?』とか言ってさ。
でもちょっと心配じゃない?
わたしにも『助けてあげるよ』とか言うんだよ? わたし、マジェランなのにね?」
物言わぬ少女の人形に、ミリアの独り言は止まらない。
くるりと瞳を宙に泳がせ
トトン! とカウンターを指で突き
頬杖に、鼻から吐き出した息を感じつつ、呟く。
「……はあ〜……
『エリック・マーティン』。
ハイスぺだからか? 影の見える男……」
トン・トン・トン・トン・トン・トン……
…………し────ん…………
────ふうっ。
「……はあ〜、旦那さまに使い殺されなきゃいーけど……」
『パワーのある』『やり手』の『エルヴィス盟主』に
こき使われ、疲れ果てていくエリックが目に浮かび、口をへの字に曲げた。
胸の内
(さぞ大変だろうな、エリックさん)とも思いつつ。
(でもエルヴィスさんも、あのおにーさんを側近に置くって、小うるさいと思わないのかな……?)とも思いつつ
徐々に流れていく気持ちが、次にたどり着いたのは
心配のようなものだった。
「…………相棒とか、いればいいけどね~……」
こぼれるそれに、反応して
エリックが脳内に蘇ってくる。
『そうだよ、君を選んだ。
俺の、パートナーにね』
『君ならできると思ったんだけど』
「……………………”パートナー”。
…………………………あいぼう。」
呟く。
『君ならできると思ったんだけど』
『ああ、頼むよ』
「…………そか。『相棒って、わたし』。」
確かめ、噛みしめるように呟いて
心の中に広がるのはわくわくした気持ち。
────声に、喜びが混ざっていく。
────他人からの信頼は
何より心を満たし、そして
活力になる。
「……ふふっ。
お屋敷のお仕事はさておき。
『毛皮事件』の相棒は、わたし」
ご機嫌だ。
ご機嫌に頬杖をつき、足までフンフンと揺れてしまう。
カウンターの奥、座り動かない相棒スフィーを覗き込み、ミリアは照れくさそうに微笑んだ。
「えへへ、スフィーの他にも相棒できちゃったっ。
ちょっと嬉しいなっ、……ちょーっとだけね?
もちろん、スフィーも相棒だよ?
いつもいっぱい話聞いてくれてありがとね!」
────さあ。明日は休みだ、仕事もない。
昼まで寝ていてもいいのだが
そんな休日に、『相棒のために』
────なにか、できることはないだろうか?
「…………うーん……」
腕を組むミリアの頭の中で、ここ数日の出来事が目まぐるしく駆け巡り────
『ボーンって、……何からできてるんだろ?』
「──────”ぼーん”!」
思いついたのは『ボーン』の素材の話。
前から触っていたのに、疑問にも思わなかった『作り方』。
「……ボーンの値上がりも、もしかしたら関係あるかもしれないしね~。どうせ舞踏会の後片付けとかあるんだろうし、忙しそうだし~♪」
言いながらふふんと鼻を鳴らして胸を張り、カウンターを回り込む。
「じゃあじゃあ、忙しい相棒くんのために、ミリアさんが調べておいてあげましょう♪」
ご機嫌な声で言いつつ、カウンターの下。
分厚い業者カタログを引っ張り出して
ばらばらとめくり探す、『ボーン』の業者。
「────えぇ~~っと?
ボーン作ってるトコどこだっけ?
メーカーの住所は〜〜〜」
ばらばらばらっとめくる指が、探す目が
ほしい情報を捉えて、ミリアはご機嫌な口調で読み上げた。
「────あった!
『ボーン工房 イザベラ』
アルトヴィンガ地区・スモーキー通り8093!」
#エルミリ




