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5-15「挿入ってる」










 ────一口(ひとくち)に『服』と言っても、全ての服が『見えている布』で出来ているわけではない。




 相棒、エリック・マーティンが口にした『ボーン』という素材の『使用例』を探して、ミリアは考え店内を見回した。





(……えーっと……

 ほんとに『骨』。

 だからピシッとしててほしいところに挿入(はい)ってるんだけど……)



 声には出さずに胸の内。

 唇の下を人差し指の甲で抑えつつ、ぐるんぐるんと考え、探す。



 

(…………えーっと 手ごろで……、すぐ出せて……、

 すぐ仕舞えるところに挿入(はい)ってる……っていうと~……)

 


 

 コルセット・ドレスの前身ごろ・その他いろいろ。

 頭の中で思い浮かべてはNGを出しつつ、『適切なそれ』を探しだし────




「…………うーん、あ。」



 探す瞳が捕らえたのは、エリックの首元。

 第一ボタンと第二ボタンが外れているにも関わらず、キチンと立っている詰襟(つめえり)だった。




(みーつけった♪)

「──ねえ? ちょっと……、失礼?」

「え?」


 

 気が付いたように呟き微笑んで、ミリアが手を伸ばすのは『彼の首元』。



 小さく目を見開くエリックに構いもせず

 その首元・襟の内側に手を伸ばし────


 縫い口を見つけ、するりとそれを引き抜いた。




 襟の中から出てきたのは、細長いサーベルのような薄さ・長さの、透明な『ボーン』である。

 


 首元から現れたそれに、エリックの暗く青い瞳が驚く中。

 彼女はにっこり笑うと、




「────これ(・・)が、ボーン。襟芯(えりしん)バージョン」


「…………え、

 あ、

 ……エリ、

     シン?」


「そ。

 こっちの言葉だと『カラーステイ』って言うよね。

 襟がちゃんと、かっこ良く張る(・・)ように、襟先が曲がったり、反り曲がったりしないように、中から支える骨でございます」



 言いながら、トントンと首元を指すミリアの前で、確かめるよう触るエリック。


 エリックはわからないかもしれないが、ボーンを抜かれた襟は、支えを失い────ミリアの目には少し頼りなく映っていた。



「…………あ、へえ」



 どことなく。

 ぎこちないまま相槌を打つエリックを尻目に、ミリアは彼のベストをまじまじと見ながら言葉を続ける。




「……それってお屋敷の支給服なんでしょ?

 やっぱり良いものでございますよね~。

 ボタンも貝だし、きちんと襟芯入ってるし。

 安いやつには入ってないから、絶対入ってると思っておりました」



「…………へえ、あー、そう、か。

 ────紳士服に、使、……へえ……」


「────?

 なに? どうしたの?」


「…………いや? 別に何も」



 なにやら反応の悪いエリックに、不可思議を込めて首をかしげるが──


 エリックはよそよそしくもギコチなく首を振ると、首の裏に左手を当てながら口を開く。





「────でも、ココは、あー……、

 紳士服は扱いが少ないよな?」

「実はこの子、紳士服より、女性の方が使われるのであります」



「……女性服の方に?」

「その通りなのであります」



「…………なあ。

 さっきから、……その。

 口調が、変じゃないか?」

「こういうモードなのでございます」




 エリックの問いかけを、すまし顔で受け流し。

 ミリアは『板状のボーン』を指先でつまみ、振りながら言い始める。




「この、ぴよびよ~! ばいんばいん! って『ボーン』ですね?」


「…………”びよびよ”…………」

「夏場の熱い時に扇としても使えるのでございますが、その真価を発揮するのが、ドレスでございまして」


「…………ドレス?」

「そう。クリノリンってわかる?」



 こくんと首をかしげる彼に、その指をピッ! と立て

 ミリアは微笑みながら聞き返し、ごそごそと足元を探りながら、言葉を続ける。




「『クリノリン』とは~。

 通称『ドレスの骨』・『履く鳥籠』とも言われまして、旧ラマ王時代やミンチョウ期のスタイルを支えてたの。


 あの時代って、貴婦人様のドレスがものすごくボリューミーだったらしいのね。

 で、そのボリュームを出すため……ううん、『足回り』を確保するために、ドレスの中に仕込んでいたのが『クリノリン』」




 言いながらミリアは、古ぼけた手書きの資料を開いて見せた。手あかのついた羊皮紙には、丸い鳥かごを腰につけた貴婦人の姿が記されている。




 黙って覗き込むエリックに、ソコを(ゆび)さし目を向けて、



「形は、別名のまま。

 『丸い鳥かごの上に穴開けた様な形』でして」



「……えーと、待ってくれ。”足回り”?」

「あのね? スカートってね?

 『長いものは特に』なんだけど、歩くと布が足の間に入り込んだり、邪魔したりするんだよね。


 ドレスなんかは布が多いから、足に巻き込んで転んだりするし、裾を踏んでつんのめったりして危ないの。

 だから、足回りは『空けておいた』わけ」



 トントンつんつんと『鳥かごの貴婦人』を指しながら言う。



「ドレスをお召しになられた貴婦人さまが、裾をたくし上げて歩かれる姿を拝見したことあるでしょう?」

「…………。

 …………あまり……」

「────あ。舞踏会でそれはやらないかな?

 脚見えちゃうもんね~……」



 と、宙を仰いで一拍。

 ミリアの見ている世界と、エリックの見ている世界の違いを思い描きつつ、ミリアは言葉を続けた。



「とにかく、歩きづらいの。

 ふわふわひらひらゴージャスだけど、その分不便もあるのです」

(……実際には、布を蹴り飛ばしながら歩かないとなドレスもあるし)



 と、そこは秘密にしておくミリアの前で




「…………」

 聞いているエリックは、『黙った』。



 その(・・)

 ……『言いたいことを唇の裏に用意しておきながらも、出さない』ような顔つきに、ミリアは『スンッ』とすまし顔をかたどると、




「────まあ、『それなら着るな』という意見はさておき」


「……何も言ってないけど」

「聞こえたもん」

「……」


 

 憮然と呟くエリックにキッパリはっきり言い切った。



 ミリアには見えていた。

 説明している最中(さなか)、黙り込んだエリックの顔に書いてあった


 『産業として栄えていったのは凄いけれど、そんな不便な思いをしてまでする必要がうんぬんかんぬん』という『彼の正論パンチ』。



 出会ってからそれほど時間は経っていないが、毎回やり取りが密なのだ。さすがのミリアでも、もう『そこはわかる』と言う話である。




 ズドバン! と図星を突かれ、黙るエリックをほったらかしに、ミリアは言葉を続ける。




「鳥かごは縦方向にたくさん骨があるけど

 クリノリンは横方向に骨が走ってて。

 それに、布を張って履いてた……ううん、感覚的には『装備』? してたみたい」


「…………『装備』って。

 随分物々しい言葉を使うんだな?」


「だって、『装備』だよ。

 素材が針金とか、鉄だったって言うんだから」

「針金? 金属を仕込んでいたのか?」


「そう。

 だから、座るのや動くのも大変だったみたい」

「…………」




 説明を続けるミリアの前、エリックの表情はいまだ複雑だ。



 『商業として発展したのは凄いけど、理解できない』と言いたげな彼に



(──ま、男の人にはそんなもんだよね)

 と心の中で呟いて。




 彼女は、歴史ある資料をめくりながら、流れるように話し出す。




「──針金に布を張ったクリノリンの上に

 レースや綿生地の

 ふわふわ(  パ  )レースのかさ(  ニ  )ましスカート( エ  )

 を履いてボリュームを出して……

 ……って、ま、そこはいっか」




 感嘆を交えて云いつつ、見つめながら

 彼女は尊敬の思いをそこで区切った。



 ────この先は、長くなってしまうと思ったからだ。



 彼女の手元にあるのは、『服飾産業の歴史』。

 この国で服と共に頑張ってきた、女性たちの姿だ。



 彼女の国『マジェラ』は、当の昔にローブ以外の服を捨てた。

 ミリアの知る頃には、色のついた服は存在さえしていなかった。





 ──諦めたのか

 それとも、そういうつもりもないのか



 真っ黒・真っ白で

 いつも同じものを身に着けて

 平然としている『周り』を思い出しながら


 

 それとは対照的に、『今現在も』

 自らの美意識と、『家のシンボル』として着飾っている『この国の女性たち』を、誇らしく、そして、尊敬していた。




「────ちなみに、コルセットもね?

 金属の鎧みたいなコルセットでウエストを締めてたんだって」

「…………なんというか……『凄まじい』な」


「今もだよ? 

 コルセット締めてるのは変わらないよ?

 みんな限界までウエスト締めてるよ。

 素材が、金属からボーンになっただけ」



 言いながら、ぱらりとめくる、資料のページ。

 出てきたのは『まるで鎧のそれ』を身に着けている女性の絵であった。




「…………」

 そのゴツさを目の当たりにし、エリックはさらに黙り込む。



 『この状態の女性』については──知らなかったからだ。




 スパイとして、遊びとして

 女性と夜を共にするときには、皆


 とても魅惑的なランジェリーを身に纏い

 『お召し上がりください♡』状態で出てきていた。



 

 ────誰が、ドレスの下に

 こんな重装備をしていると思うだろうか。




「…………」

 若干圧倒されている様子のエリックだが、彼女は遠慮なく説明を続けていく。




「金属のころに比べて、扱いが楽になったと思う。

 服飾講習会や勉強会の時に着たけど、全然違ったもん。


 暑い時に風を送るのにも便利だし~」

「………………」



 言いながら、ぱたぱたとボーンで扇ぐミリア。






 ────そんな


 何気なく話している彼女の



 しなやかな板から送られる風に巻き上げられ


 髪がふんわりとなびき、悪戯に動いているように感じて





 エリックの────目が向いた時。





 ミリアはぴたりと扇ぐのを止めて、ぱらりぱらりと資料をめくると、



「今は~、

 ドレスのスカート、ベル型とAラインが主流だけど。

 これからの傾向として、次はバッスル・スタイルが復刻しそうなの」



「…………バッスル・スタイル?」

「えっとねー

 腰? にボリュームが出るように、リボンとか・布でドレス自体を盛りながら、ドレスの中からも盛り上げるスタイルね。


 腰がもこっとして、かわいい。

 おしり、ぽこって。

 もこってする。

 可愛い~~♡」

「…………?」




 『かわいい~』と言われ、黙って考え、そして細やかに頷きながらも、エリックは心の中で



 首を、捻った。




 『バッスルスタイル』とやらを、絵で見せられても。

 うっとりと『可愛い~』『細く見える〜』『ね?』と言われても。



 ……目の前で『可愛い』とニコニコと笑う彼女については可愛らしいなと思うのだが、昔のソレについてはちっとも可愛らしさがわからない。




 きゃっきゃとニコニコなミリアを前に

 エリックはその記事に目を落とし





(…………まあ、華やかだな、とは思うけど)

 と。



(目の前で見れば、『綺麗だな』とは思うだろうけど)

 と。





 モノクロで描かれた、古びたそれは

(…………ドレスは……、ドレスだよな)

 ──と、思いはするが、口には出せなかった。




 総合服飾工房(オール・ドレッサー)に勤めていて、ドレスなどを扱いながら、『最高のスタイルを提供すること』に誇りを持っている彼女の前で



 そんなセリフは、言えるはずもない。




 空気を読んで黙るエリックを前に。

 ミリアは真剣に、かつ、ご機嫌があふれ出すような顔つきで彼に微笑むと、




「んでね?

 『ドレスの骨(クリノリン)』は廃れちゃったけど、バッスル・スタイルはまた息を吹き返すかもしれなくて。

 その時は、旧時代の金属じゃなくて、新しい素材のボーン製が主流になってくるんじゃないか……と、言われている」

「ふうん? なるほど?」




 ニコニコ、饒舌に。

 身振り手振り、動かす彼女に相槌を打つ。




「女性は、腰からおしりにかけて、ボイルしたエビの背中のカラ? みたいな? 蛇腹みたいなの、装備する。


 これで、おしりぽわんってして、可愛くなる」

「…………うん、なるほど?」




 うしろ腰の辺りに

 手の動きで『ぽわん』を表す彼女に


 とりあえず、相槌を打つ。




「そこをね?

 リボンとか~、コサージュとか、

 そういうの乗っけて~

 あまあまふわふわ、スタイリッシュでくしゅ~ってなるの。

 みんな可愛くなる~♡

 か~わいい~~~♡」 

「…………へえ、なるほど?」


「か~わいい♡」

「うん」


「かわいい~♡」

「………………ん」



「…………わかってないよね?」

「…………わかってるよ、大丈夫」





 カウンターの内側で

 おびただしい数の糸や布の壁を背景に



 『ぽわん』とか

 『か~わいい~♡』と繰り返す彼女に



 その口元が緩みそうになるのを抑えながら聞いていたエリックは、打って変わって真面目に覗き込むハニーブラウンの瞳から逃げるように、目を逸らして腕を組んだ。





 話が頭に入ってこないのである。

 『ミリアがそれらを可愛いと感じていることは十分に分かった』のだが、その他がまるで飲み込めていない自覚があった。



 『それでは駄目だろう』と冷静な自分が(たし)めるが、気が散って仕方ない。




 ────しかし。

 彼は即座に切り替え、資料に目を落すと、



「…………なんだか、凄いな。

 『そこまでする必要はあるのか?』とも思うけど」

「あります」



(…………あ。

 ……しまった)



 ミリアのジトっとした真顔に

 エリックの中──高速で走り抜ける『ヤバイ』




 わかっていたのに、言ってしまった。


(……どうも、うっかり口を滑らせるというか)



 『言ってはいけない』

 『言うべきではない』と散々思っていたのに、零れ落ちてしまった──が。




 しかし。

 いつまでも舌を巻いてなど居られない。

 『それはそれ、これはこれ』である。




 美意識はさておき、今初めて学んだ『女性のファッション史』については


 モデルの『リック・ドイル』としても 

 盟主『エルヴィス』としても

 ここで意見を交わさないのは、機会を捨てるようなものだ。



 



「…………なあ、ミリア。

 女性の『美に対する意識』はわかったけど。


 もっと動きやすいものにした方がいいんじゃないか?

 立場上、布地の多いものも、鎧も身につけたこともあるが……仕方ないとはいえ、動きにくさは相当だったぞ?」


「じゃあ旦那さまに言っておいてくれます?

 『『女性は足を見せるな・男性モノを身に着けるな』とかいう、前時代の認識なんとかしてくれ』って」

「…………」



 スパン! と言われ、黙る盟主兼モデル。

 


 この、『物申した意見に対して、さらに意見を返してくるこの感じ』。


 屋敷の者や諸侯が見たら『不敬なるぞ!』と刃が飛んでもおかしくない言い分なのだが、しかし、彼女の意見は間違っていない。



 『動きにくそうだというのなら風潮を変えろ』は、まさにその通り──なのである。




 ──しかし。


 『女が足を出すのは、はしたない』

 『女が男児の服を身に纏うな』


 昔からずっと、この土地に根付いている価値観で、それは今も変わらない。




 そしてそれは、エリック────いや

 『エルヴィス』の中でも


 『パンツスタイルの方が機能的に良いだろう』

 とは思いつつ

 

 『でもやっぱり女性はドレス・スカートであるべき』という気持ちがあるのも、また、事実であり──なかなか、変えがたいことであった。




 ────『彼』は述べる。

 目をそらし、ぼそっと。

 



「………………別に。

 ()がそう定めているわけではないよ」



 ────言いたくなる。

 『エルヴィス( 俺 )が支持しているわけじゃない』と。



 しかし、意見は忌憚なく返ってくる。



「でも、女性がパンツスタイルで歩いてたらどう思う?

 ブーツの時も結構いろいろ言われたらしいじゃん?」

「………………………まあ。」




 ────濁す彼が想像するのは『男性物のズボンを履いたミリア』だ。



 その姿はとても活発そうだが、それと同時に『粗暴』という印象も受ける。


 マジェラという国で教育を受け、教養もあり、女性らしい彼女が、粗雑なものになってしまうような──、そんな抵抗感。




 そう、思わせてしまうほど。

 ”女性が『男性物のズボン』で外を出歩く”というのは、信じられないことであった。





「その…………、まあ。

 似合わないことは、無いと思うけど」

「嘘、よくない。」


「………………本心だ」

「嘘じゃん」





 エリックの内心を知らぬ彼女は、遠慮がない。



 彼の中で


 『機能的の動きやすさで言うなら彼女の方が正しいが』

 『それでも女は女だろ』

 『いや、しかしこれからの時代で、そんな固定概念は────』と内部葛藤を繰り広げられているなどつゆ知らず、




 彼女は資料を閉じると、ひらりと身を翻しながら言う。

 


「ま、話、反れちゃったんだけど。

 『軽くて・しなやかで・それでいて長持ちする 骨』が、『ボーン』。

 ちなみに『S』はソフト。

 襟芯とか、下着の骨とかに使われております」


「…………と、言うことは『H』もあるのか」

「そうそう。『ハード』ね。固くて厚みがあるやつ。

 そっちは、コルセットベルトの外装とか、兵士さんの小手とか、あと、盾の中身とか。


 そういうのに使われており…………


 ま………

 ………ス…………」




「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」



(………………こわ……っ。)





 言いかけて。

 ミリアは皆まで言わずに黙り込み、その頬を固めた。




 聞いていたエリックの顔面研磨が凄いのである。

 みるみる寄っていく皺。

 じりっと感じる殺気。

 なにをどこでどう思考がめぐっているのか、知ったことではないが──とにかく『美形の圧は怖い』。


 


「────あの、エト。

 かお、怖いけどだいじょうぶデスカ」

「…………ああ、大丈夫」


 

 カタコトの問いかけに、エリックは静かに一言。



「…………防具と聞いて、ちょっと(・・・・)


「それはキミが考えることではないのでは?

 防衛する立場にあるわけじゃないじゃん」

「…………まあ。うん。」




 言われ、濁すエリックだが──大いに関係あるのである。



 彼はノースブルク諸侯同盟のトップだ。

 戦が始まれば兵を出さなければならないし、普段から私兵団を持っている必要がある。


 

 盾や、小手の中身と聞いて────『つまり連鎖的に、いずれどうなるか』が頭をよぎり、瞬間的に嫌な気持ちが渦を巻く。




 しかし、そこ(・・)は……ミリアは、関係ない。


 


(……黙り込んでいるのは、マズいな)

 と呟くエリックは、素早く視線を流し────


 そして、捉えた襟芯(ボーン)を手に取り、話題を振った。





「…………それにしても、不思議な素材だな。

 これだけ利便性があるなら、他の事にも使われてもよさそうだけど」

「……あんまり多く作れない、のかな?

 そう言えば、他のところで見たことないね?

 扇として売れば大儲けできそうなのにね?」



 ミリアの言葉を受けつつ、確かめるように、遊ぶようにボーンを触るエリック。




 目の前のボーンの、その触感・質感。

 見たところ水も弾きそうだし、しなやかで使い勝手がよさそうなそれを前に




 思わず言葉を漏らしていた。





「………………これ。素材は?」

「そざい?」


「……”原材料”。なにで出来ているんだ?」

「………………。

 …………さあ……??」


『…………』



 返ってくるのは、きょとんとした声と沈黙。

 ぽよんと音を出すのは、板状のボーン。



「…………」

「…………」


『……………………』




 ぽよん。


 ぽよん。


 ぽぽぽぽぽ

 ビィィィィィン……


 



「────あっ! あー!

 今『素材もわからず使ってたのか? また君はそうやって』って言おうとしたでしょ! その顔はそう言おうとしたでしょ!」

「────まさか。

 布の生地や製法についてまるで知らなかった俺が、そんなこと言う資格ないだろ」




 弾かれたようにぴしぴしっと

 指さしながら言われ、エリックは眉間に皺寄せ首を振っていた。



 その内心で(随分と先を読むようになったな)と呟きながら。



 しかし、それは見当違いだ。

 彼は息を零しながら、正直な気持ちを述べた。




「……使い方については聞くけど、素材となると深く考えない場合の方が多いなって、思っただけだよ」


「…………まあ、そっかも。

 食べ物は気にするけど、使ってるものはそうでもないかも~」



 真面目な口調で言う彼の前、ミリアは間の抜けた軽めの声で言い返す。

 彼女は、自分の手の内────まだ板状のボーンを両手の指でくるくると回し





「でねー?」




 ────きゅっ。 と持って 面を見せ



 透明なそれで口元を隠し



 じっ……っと見上げて



 言う。

 



「エリックさん、あのねー?

 おにーさん、あのねー?」


「……うん?」


 

「この、ボーンSがね?

 実は地味~~~に、コサージュなんかの細かいところにも使われててね?」

「……う、ん?」




「──────切るの、大変なんだよね。

 ソフトのくせに固くて。手痛くなる」

「…………」



 突如『すんっ』と真顔に戻し、

 暗に『これ、切ってくれない?』と言うミリアに


 エリックの暗く、青い瞳のまなざしが降り注いで────





「…………そうだな」



 少しの()





 思いついたのは、ほんの少しの悪戯。

 そして──してほしいこと。





 彼は、それを通すべく。

 ゆっくりとした動きで、こくりと首をかしげた。




「────君が可愛らしくおねだりしてくれるなら、切ってもあげてもいいけど」

「じゃあいいです」

「…………」



 ────黙。

 一刀両断。

 ミリアはソレに鈍かった。




「…………………………………………………………」




 まさか秒で返されるとは夢にも思わなかったエリックが停止する中、ミリアはと言うと、せかせかとスケールとハサミを取り出し『すん』顔で言うのだ。




「『可愛らしさ』とか、取り扱いがございませぬ。

 無いものは出せぬのでございます。

 自分でやるでございます」



 てきぱきと。

 仕事の準備にかかるミリアを前に────




「………………冗談だよ。

 切るよ、貸して」




 半ば、白旗をあげるような気持ちで

 エリックは息とともに手を伸ばした。




 季節は、8月。

 オリオンの舞踏会も迫る夏の夕暮れ時。





 諦めきったトーンのエリックに、ミリアは陽気に手を上げ、笑う。



「ヤタ! ありがと愛してるー!」



 軽々しいその言葉に、エリックは、ぎゅっと眉をひそめる。



「……そういうこと、軽く言わない方がいいと思うけど?」

「ん?」




 場所は、女神のクローゼット。

 ウエストエッジのとある店。

 リメイクのドレスが山盛りの総合服飾工房(オール・ドレッサー)・ビスティーで。



 山のような仕事を前に、

 作業に取り掛かったエリックに、ミリアは────にこりと微笑むのだ。







「あ、あとで……脱いでね?」

「────え?

 …………はっ?」



「シャツのボーン(えりしん)。仕舞わないとだから」

「…………」











         #エルミリ

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