5-12「笑顔」
──ミリアです!
『エル&ミリー』の
『ぶるーれ? と でいーぶい なんとかの2巻』が発売することになりました!
覚えられない!
『おぼえられないよくわからないやつ』の2個目が出ます!
※でません
はっ!?
おにーさんいる!?
おにーさん、居
…………よ、ヨシ! いない!
…………いたらま〜〜た
『ミリア? いいか? ぶるーれいナントカうんとか』って言うじゃん?
もう知ってるんだ、わたし。
おにーさんには詳しいの。
威張れないけど。
えーっと?
『初回限定版には、豪華声優陣のオーディオコメンタリー・ミリアの寝起きプロマイド・父の手紙……』
──え? 父の手紙?
父って、だれのちち? わたしのお父さん?
それともおにーさんのお父さん?
……もー、どこにも書いてなーい……
主語がないからわかりにくいじゃん〜。
こういうの、しっかりした方がいいと思う。
こういうの良くない。( ̄^ ̄)
っていうか、この『ミリア』は誰?
女神『ミリア』様? それともわた…………
OH……
わたしだ…………
わたしの寝起きブロマイドなんて、一体どこに需要が……
誰が見たいのこんなの……
えぇ〜〜〜…………?
特典としての役割果たせてなくない? 大丈夫?
もうちょっとこう……『うふ♡』ってした方がいい?
もうちょっと肩とか出して、こう…………
『うふ♡』
『おねだり♡』
『……ねえねえ……?』
的なこう……、
…………こう…………
………………。
だめだきもちわるい。てっしゅう!
誰も喜ばない! てっしゅうーーーー!!
※虚偽のCMです
「…………ふあああ……、さーてと……!」
時は8月。
夏の太陽が西に傾き、空が紅色で染まる頃。
修羅場のビスティー店内で、ミリアは大きく伸びをした。
(……息抜きも終わったし、コルトも帰ったし、仕事だ仕事っと!)
心の中で呟きながら、背筋を伸ばして肩甲骨を動かすように腕を振る。
入れ替えるように息を吐ききった彼女が考えるのは、オーダーの山と、納期の順番と、作業工程だ。
人手が増えたとはいえ、時間をロスしたのは変わりない。
むしろ、エリックの様子を見ながら仕事を振り、組み立てねばならない。
──最悪、自分一人でこなすより時間がかかるかもしれないのだ。
山盛りのドレスを前に、ミリアは口元に拳を当てて脳内工程を組み立てる。
(……えーと
まず先にドレスと同じテイストでコサージュを大量に作って……それからリメイクビーズと刺繍でしょ?
えーと、シャルマンダさんは仕上げに煩いから早めに作るじゃん?
メチルダ夫人は後回しでもOKだから、まず~~え~~~っとぉ……)
と、頭の中でざっと見積もり計算するその後ろ。
────コツ・コツ という足音が、固く、ビスティーに響いた。
(……エリックさんでも、コサージュ作るぐらいはできるかな?
ボタンつけ割と上手だったし、できないってことはなさそうだよね?)
──響く固い靴音に、その気配をイコールづけて。
ミリアはふっと顔をあげると、振り向きながら口を開く。
「ねえ、エリックさん、とりあえずこのコサージュの縫い付けをお願いしたいんだけど」
「────それはいいけど。
…………今のは?」
「?」
振り向くと同時、問われ首をかしげた。
(……”今の”?)
一瞬ピンとこなかったが、思いめぐらせ”一拍”。
ミリアは、手のひらに乗せたコサージュをひとつひとつ、丁寧にコサージュボックスに入れながら、何食わぬトーンで話し始める。
「ああ、コルト? 五軒先に『クロック・ワークス』ってお店があるんだけど、そこの息子さん」
「………………”コルト・クロック”」
「そうそう、よく知ってるね?
そこの、コルトん。」
「…………」
瞬間、ピクリ。
エリックの目尻の筋肉が跳ねるが、ミリアは気づかない。
二人だけになったビスティーの店内。
素材状態のシルクを丁寧に丸めるミリアの前、エリックはカウンターを挟んで問いかける。
「……どうして彼がここに? 今日は店を閉めているはずだよな?」
「ん?」
「────急ぎの依頼でも持ってきたのか?」
「……ううん? 遊びに来ただけ」
「…………”遊び”?」
「うん」
エリックの声に混じる『鋭さ』に気がつくことなく
ミリアはひとつ、普通に頷いた。
ミリアからすると、良くある話なのだ。
このあたりは老舗が並ぶ商店街である。
隣のクリーニング屋の店主がふらりとやってきては話をして行ったり、三軒先の果実店のおばさんが果物を届けにきたりするのは日常茶飯事で
面倒な時など『うちの息子はどうかしら』などと言われることもある。
このあたりは老舗の二代目・三代目も多く、季節的に繁忙期を迎える店舗の主人が『子供見てて!』と置いていくこともある。
それは、『このあたりの付き合い』として普通の事だった。
コルト・クロックもそうだ。
だらりと現れては『めんどくせー』など愚痴をこぼしては去っていく。
彼女にとっては『同じ商店街の人』だし、『ちょっとした友達』である
それらが『通常』のミリアは、あっさりとエリックに顔を向けると
「っていうか、お皿、返しに?
使い捨てのお皿があればいいんだけどねぇ、そういうの無いじゃん?」
「…………なんで、皿?」
「へ?」
『皿』に籠った圧力に、間の抜けた声をあげた。
(────『なんで皿』と、いわれても……?)
想定外の質問に、一瞬手を止め考える。
エリックが『なぜ』それを言葉に出したのか、ミリアにはまるでわからない。
「………ごはん。
つくったから……?」
「誰が?」
「わたし、が?」
「なんで?」
「────えっ?
た、頼まれて……?」
「……………… は ? 」
じわじわと。
あからさまに。
『皿』のあたりから混じり始めた気迫。
そんなエリックを前にして、ミリアの返事に混ざるのは驚きだ。
はっきり言って『質問の意図がわからない』。
(んっ? んん??
えっ? ”なんで”って聞かれても、えっ??)
ミリアは懸命に、彼の態度の原因を考える。
(あれ? お皿貸したらいけないって条例あったっけ?
『他人の家と皿の共有はするべきではない』とか?
でも、果実屋さんのおばちゃんよく皿ごと貸してくれるんだけど?
──────え??)
と、混乱しながらエリックを見るが────
「…………」
──険しい顔つきのまま、黙り込む彼に
(え?? ゑ???
わたし、おかしなこと言った?
いや、おかしなことしてない、よね??)
さらに疑問符を浮かべる彼女。
さっぱりわからない。
おかしなことをしたつもりはない。
しかしそんな彼女を前に
エリックは────
腕を組み、鋭い目つきで彼女を射ると、怪訝を顕わに口をひらく。
「どうして彼がそんな依頼をするんだ。
君は調理スタッフでも飲食店の店員でも、シェフでもないよな?」
「ないです?」
「……まして、ここは飲食店でもない」
「そ、そうだね?」
「デリバリーサービスでも始めたのか?」
「へっ? いや、違ウ。」
「────違う?
じゃあ、どうして君が、彼に料理を作ったんだ」
「────えっ……」
矢継ぎ早の質問に、困惑の中。
迷い、
ながらも、
「ど、”どうして”って、あの~~~……」
『どう答えたらええねん』と困ったように顔をしかめながら
低めの声で唸りつつ
手に持っていたコサージュのパーツもそのまま、ぐるり〜〜と視線を巡らせて、
「……ブーツのお礼に?」
「ブーツのお礼?」
述べるのは、ただの真実。
間髪入れず、おうむ返しの問いかけに、
ミリアは深く頷き指を立て、ここ数日のあらましを述べる。
「そう。ブーツがね? 壊れちゃったの。
コルトのとこ、革屋さんだから、
『なおせる~?』って聞いたら
『えぇ~』って言われたんだけど
コルトんとこ、ご両親が旅行で出かけてる最中でね?
『ご飯作るのめんどい~』って言うから
ご飯、一食作る代わりに直してもらったというわけ」
「…………」
「修理代の5000メイルが浮くなら安いもんじゃない?
ご飯一食で済むんだよ?」
「………………………………。
────まさか。
”彼の家”で?」
「いやっ? うちで作ったの持ってった。
一食作るも二食作るも大して変わらないし。
コルトんとこ、食料空っぽって言うんだもん。
うちで作ったほうが楽じゃない?」
「………………」
「…………まあ~……
……言われてみればデリバリー……?」
「…………」
『うーん』と体ごと傾げる自分の目の前で、エリックは無言だ。
眉をひそめ、組んだ腕を解いたと思えば
カウンターに拳を置き、難しい顔でだんまりを決め込んでいる。
────何かを、考えるように。
その『研ぎ澄まされていく彫刻のような顔つき』を前に
ミリアは『うぅ〜ん』と胸の内で頬をかき
伺うように、首をかしげ
「────で、あの────~……」
カウンター越し。
じっ……っと、
ハニーブラウンの瞳で見上げ、問いかける。
「………────なんで~────、
怒ってるの?」
「………………」
問いかけに、返ってきたのは『一瞥』。
わずかに首だけを振る。
──そして、落ちるのは
沈黙だ。
……こち、こち、こち、こち……
壁掛け時計の音だけが、布に、糸に吸われ溶け込んでいく。
ミリアの、不思議だと言わんばかりの雰囲気と
エリックの出す苛立ちをはらんだオーラが
総合服飾工房ビスティーを支配して────……
「………………いや。
……怒ってないよ。
驚いてはいるけれど。」
「おこってるようにしか見えないんだけど……」
「怒ってない」
(怒ってるじゃん)
『あからさま』。
その、『あからさまな嘘』に、ミリアは口には出さずに呟いた。
エリックとは、短いながらもそれなりに会話を重ねているのだ。
彼が今、抱いている感情が『怒りである』ことぐらい、さすがのミリアでもわかる。
ミリア・リリ・マキシマムにとって
エリック・マーティンという男性は
『基本的に圧が強くて 何でも言ってくる人』だ。
出会い際から不機嫌だったし、基本的には口うるさい。
いきなり怒鳴ったり恫喝するようなことはないが
『ご機嫌』で居るよりも『呆れクール』でいる割合の方が強い印象だった。
今までも、こちらに呆れたり眉をひそめることは多々あった────のだが。
(……なーんでそんなわかりやすいウソつくかな?
嘘、下手くそ過ぎ)
こっそりじっとり呟いて、そろりとコサージュに手を伸ばした。
(な〜〜にを怒ってるのか、さ〜っぱりわからないけど。
さっさと作業進めてやらなきゃ。今日も残業になっちゃう)
と、口には出さずに切り替える。
彼女からしたら『何を怒っているのかさっぱりわからないが、早めに機嫌何とかしてほしい』に尽きる。
──しかし。
『構っていられない』と言わんばかりに手を動かし始めたミリアの前──
エリックは、長いダンマリのあと。
『────すぅ、』と息を吸いこみ、わずかに顔を上げ、、口を開くのだ。
「────で。その……
『ぷりん』も?」
「え? プリン?
あ〜〜、うん。
前の晩に作ったから、ついでに。」
「…………………………………………」
「なんでだまるの」
「…………………………………………。
………………………………………別に」
瞬間的な返答に、彼は、ぼっそりと呟き返した。
顔はそのまま、目線は横。
艶やかなカウンターを視界に、黙り込む。
口の裏────
いや、その、もっと奥。
腹の中
渦を巻く
『固い、苛立ちのようなもの』に
表情が、強ばるのを感じながら。
一連の『見たこと』が脳に蘇る。
楽しそうな笑い声
打ち解けていて、フランクな雰囲気
扉の音に、二人同時に目を向けて
『あ、来ちゃったね』と言わんばかりの、あの──────
『部外者が来た』という空気。
(…………別に。
だからなんだってわけじゃないけど。)
静かに一度、瞳を閉じて呟き捨てた。
コルトという名前の男と『どれだけの交流が期間があったのか』まで、エリックは知らない。
革屋の息子だというのだから、職人組合同士、それなりの付き合いがあるだろうというのは解る。
────が。
『みっちゃん、美味かった』
『まーじ好き』
『みっちゃん、まーたねー?』
否応なしに蘇ってくる。
先ほどのコルトという男のふざけた声。
────加えて
蘇るのは『数時間前』。
ポロネーズで一緒の席で食事を囲みながら、にこやかに話していた彼女の言葉だ。
『プリン、美味しいんだよ?
作り方教えてあげる』
(…………俺には『教える』って言ってたよな……?)
『みっちゃんのプリン、美味かった』
(…………なのに、へえ?
……随分と仲がいいじゃないか)
──────むしゃくしゃする。
続けて蘇るのは魔導書の記述だ。
『最も近しいあいだ柄の人間には魔力が移る』。
『最も近しいあいだ柄の人間には魔力が移る』。
(────別に? あんな一文を真に受けるわけじゃないけど?)
”わけじゃない”
”大したことではない”
”怒るようなことじゃない”
──のに。
「…………」
──────力を入れていないと。
口元が歪みそうになる。
そうでなくても
表情の険しさを抑えられない。
(………………なんだこれ。気に入らない。
……くそ……!)
エリックは一人、ぐっと表情を固めて吐き捨てた。
『なにが』と問われたら答えられないが、
端的に言い表すのならば『シンプルに気に食わない』。
無性にイライラする。
あの男の声も、先ほどの雰囲気も、あの態度も。
(…………なんだアイツ。)
────みぞおちの辺り。
固く、筋肉と内臓が強張るような感覚。
舌を打ちたくなる。
詰問をぶつけたくなる。
────そんな
一点を見つめる鋭い瞳が、ふと捉えたのは視界の隅。
あれ以上特に何も言ってこないミリアの横顔だ。
完全に手が止まっている自分の向かい側で、糸を通した針を確かめている。
その──困ったような、切り替えたような、真面目な顔つきに
(…………いや、違うだろう)
──と、瞼を閉じて
一拍 おいた。
(…………別に、ミリアに親しい人間がいても不思議じゃない。
『この愛想の良さ』だぞ? 交友関係がある方が自然だ。
それはわかっていたことじゃないか。なに苛立っているんだ)
自身を、窘める。
すぅ……っと、静かに息を吸い込みながら。
────彼女はこのあたりで、ずば抜けて愛想が良かった。
だから選んだ。
(────そう。
もとより、それが狙いだった。
だから選んだ。
────目の当たりにしたから、なんだっていうんだ)
瞼の奥で言い聞かせ
茹るような腹の中を、奥底へ。
いまだ、眉根にこもる力を感じつつも、エリックがゆっくりとミリアに目を向けた時。
「…………!」
送った視線に気が付いたのか、何食わぬ顔で手を動かしていたミリアの目が、エリックの目くばせと重なった。
何も言わぬ彼女の瞳が宿すのは
動揺と────戸惑いの色。
「…………」
「………………」
(────ああ、いけない)
静かな、店の中。
物言わずに、黙り戸惑う彼女の表情に
静かに、静かに呟いて
彼は
ゆるやかに 重く 一度だけ
瞼を──落とす。
"────それは ぶつけては ならない”
”困らせるな”
”コントロールしろ”
肚の奥底
渦巻くものを
平たく 伸ばすように
茹るものを
凍らせ 閉じ込めるように
音もなく
息と共に 吐き出し
────そして
「────さっ! ミリア?
ボサッとしている場合ではないよな?
どんどん片付けてしまおうか」
「──へっ?」
響かせたのは、『明るい声』。
間の抜けた顔をするミリアに、彼は微笑みかけた。
「どうした? ほら、早くしないと。
俺は何をしたらいい?
軍師様に命令を戴かないと、兵は動けなくなってしまうぞ?」
はきはきと 笑顔で
「…………ぁ、……ぇーと……」
「うん? 何を驚いてるんだよ?
もともと修羅場だったのに、時間を食ってしまっただろう?
客が待っている。早く仕上げなくてはならないよな?」
「……そ、そうだけど……」
「──ここからは、俺も手伝えるから。すまなかった。
指示をくれる?」
「…………う、うんっ。えーっとね」
返ってきたのは 動揺と戸惑いの声。
パタパタと動き始めた時間と空気。
切り替わった空気を感じて
彼はミリアに視線を向けることなく、作業台に重なる布地に手を伸ばし、
「なあ、ミリア?
これ、どうしたらいいんだ? 俺に教えて?」
「え! あっ、えーーーっとねっ?」
問いかける。
答えが返ってくる。
うんうんと頷く自分に、説明しだす彼女。
────『先ほどまでのそれが、なかったかのように』。
優等生の仮面は、便利だ。
押し込めるのに 最適だ。
(────自分でもわからない感情を、彼女にぶつけるな)
説明を聞きながら
自分に 言い聞かせる
塞げ。
封じろ。
湧き出すモヤを、このイラつきを。
(”気に食わない”なんてものは言い訳だ)
飼い慣らせ。
コントロールしろ。
ぶつけるものではないのだから。
(────盟主たるもの、心にゆとりがなくてはならない)
出来る
出来る
出来ないはずがない
今までも
そうやって
押し込めてきた
笑顔で
封じてきた
彼は知っている
笑顔は 便利で
最強の盾であることを
「────なあ、ミリア?」
「う、うんっ?」
優しく浮かべる、愛想のいい笑顔
彼女の動揺すら、埋め 潰していく
「そう言えば聞きたかったんだけど
『ルメ』と『ニモ』という道具に、心当たりは?」
「────ルメとニモ……?」
ミリアの動揺が薄れていく。
彼女はくるりと向きを変え、言葉を続けた。
彼女の気持ちが流れ始めているのがわかる。
空気が 変わっていく。
ほら 簡単




