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5-10「バトル・オブ・エレメンツ」







 


「────ウインド・アロー!」



 ウエストエッジ・郊外。

 オリオンの敷地の草原で、魔道士ミリアの『問答無用エレメンツレッスン』は、いきなりハードモードで始まった。 



 ミリアの声に呼応して、空を裂く風の弓矢がエリックの鼻先を──


 ────かすめる!

「────っ!」



 慌てて引いた目の先、髪に感じる『通り過ぎた感覚』にエリックは息を呑んだ。





 ミリアの生き生きとした挑発に乗り、ベストを脱ぎ捨て距離を取ったのも束の間。いきなり風の弓矢が飛んできたのだ。問答無用もいいところである。




(────あぶっ……!)

 呟く声も途切れながら、彼は通り過ぎ掻き消えた風の弓矢を瞳だけで追いかけ、息を詰めた。

 


 一方、ミリアはというと余裕である。

 寸でのところで避けたエリックに対し、「……ほう……?」と目を細める彼女。



 しかしエリックに余裕はない。

 (──ちょっと待て……!)

 緊張を内側に、じりりと身構え気を引き締めた。




 徴発を受け場に出たとはいえ、いきなりこれは無いだろう。

 こちとら、先ほど初めて土壁を出しただけのド素人だ。

 『習うより慣れろ』は確かにそうだが、やり方が粗すぎる。




(──俺でもこんな教え方しないぞ……!)

 と、エリックが毒気つく──その先で!


 

 先ほどまで座っていた岩に飛び乗ったミリアは、勢いよく振り下ろした腕を素早く切り返し上げると、



「────エレメンツ!」

(────来る!)



「”ノーム” &”ノーム”!

 プラス”ウィンド”! ”ZIP”!

 ターーーイプ! ”もこもこ”!」


(────も、

 「”もこもこ”!?」



 ミリアの発した「それ」に驚き、途中から声に出すエリック!



 瞬間、ずずんと音を立て、足元がうねり揺らめいた!



 ────ずずずずっ!

 

 ────”ぞわっ”……!



 揺れる土、意志を持っているかのような大地に、エリックが否応なしに恐怖を感じた時



 ぶくぶくと泡立つように土が裂け、盛り上がり────




 ──────も゛ご も゛ご も゛ご も゛ご !!!

「────うっ……! わっ!?」



 ふくらみ隆起する足元に、思わず声をあげ、バランスを崩しながらも素早く飛び退いた。

 ぐらんぐらんと音を立てながら盛り上がる土柱(つちばしら)から飛び降りるように距離を取り、転ばぬように大地に腕を着く!



「────っ!」

 

 間に合わせの「体勢」に安定を求めて。

 咄嗟に身構えるエリックの──視界の向こう。


 ミリアが素早く手を払うように切り返し、ぼこんぼこんと盛り上がる土が落ち着きを見せた──その時!



「────エレメンツ! ”ウィンド”!」

 ミリアの”コール”! 


「────またか! Elements……!」

 迷いながらもその手がカードを求め、指輪の黄昏が淡く光出すその、『一瞬早く』

 


「”重ね掛け”(フィルラップ)! ZIP! ターイプ……!」



 魔道士勉強歴14年! ミリアの手慣れたエレメンツ捌気が空を切る!




 空を支えるように挙げる両の腕に、高速収束する風を魔力の膜で包み込み、思いっきり




 ────振りかざす!



「ぼおおおおおるっ!」

「──Wind! TYPE……!」



 ────ぎゅるるるるるるるっ!

 迫り来る風の球!

 素人目から見ても”遊び”じゃないその大きさに、エリックは、無我夢中で──”発す”!




「────SHIELD(シールド)!」

 ────どっ!

 

 ────パッ!


 顔を守るように構えた両腕に現れた風の壁。

 途端、頭の中に流れ込む『基礎構築式(ロジック)定型文』。



 




 頭の中を駆け巡る────



 感覚

 理屈

 式

 摂理



 それらに


 彼は一瞬目を見開き──




 ────ふっ……! 

 『流れ過ぎ去った脳内ロジック』と『発生した盾』に我に返った。



 そして僅かに息をつく()も一瞬。



 ────襲い来る猛烈な爆風と『圧力』!

 ぶわっと吹き荒れ顔をしかめる!




 ────ずっ。ずずずずずずず……めごめこ、めしっ……!




 彼女の放った『風の球』は。

 一般的な盾の大きさの『面』で受ける圧力はすさまじく。

 ずずず、ガリガリと、足元を削り押されていく。



 ────ずっ!

 …………ぐっ! 


 倒れまいと一歩退き踏ん張った右足。

 目の前でごうごうぎゅるぎゅると音を立てる風の球。

 今にも飛散しそうな自分の『盾』と現状に、エリックは険しい顔つきで



(────この、ままじゃ……! 押し負ける!

 ────なら……!)



  ”一瞬”。




 ──すっ……っと身をひき


 作るのは盾と圧力の『僅かな空間』

 刹那、追い打ちをかけるように迫りくるミリアの風球に身を任せ────



 ──── つ っ 。 パ ァ ン っ ! ! !

 流れを読んで(・・・・・・)、そのまま後方に打ち上げた!




「…………弾いた!?」

「────君! 加減ってものを知らないのか!?」



 驚きくミリアに、エリックは声を張り上げる。

 なんとかエレメンツが飛散する前に弾き飛ばせたとはいえ、下手をすれば大けがをするところだった。


 ────しかし。



「しっている! しってるから加減してるじゃん!」

「──どこがだ!」



 間髪入れずに抗議を入れるエリック!



 彼からしてみれば、九死に一生レベルの経験である。

 が、そんな状態のエリックに、ミリアはもちろん──




「これぐらいで死んだりしないからっ!

 ────ほらっ! いくよっ!」

 容赦なんてするはずがない!



 ミリアは素早く腕で”切り替え”・構え・呼び・発す!



「────いけ! ウォルタ・ボール!」

 ──どん! ざあっ!



 狙いを定めた水球が、素早く避けたエリックの足元で弾け飛ぶ!



(────もういっかい!)

「ウォルタ! シャワー!!」

 しゅっ! ざああああああ!



 局地的に降り注ぐ水の柱を素早く避けられ、眉をひそめるミリア! 





(──っていうか!)

 ────どんっ! びしゃあ!



(────さっきから!)

 ────ばしゃん! ぱしゃん! ばしゃん!!



(ガンガン煽ってんのにっ!)

 ダダダダダダラララララッ!! 



(……もお~~~~……! なんで攻撃してこないわけ??)


 

 『ひたすら避けつつ弾く』というエリックの対応に、ミリア”むぅ~”と頬を膨らませた。



 撃ってるに撃ち返してこない。

 仕掛けてるのにやり返してこない。

 こんな展開は、『つまらないことこの上ない』。

 つまらない事この上なかった。




(あ〜〜〜もおお〜〜〜……!)



 せっかく打ち合いができると思ったのに。


 ずっと力を封印し続け

 我慢に我慢を重ねていた『魔法ゲーム』を楽しめると思ったのに。

 やたらと好戦的なエリックの事だから、ガンガン反撃してくると思ったのに。

 



 ふたを開けてみれば、彼は『守る・避ける・弾く』のみ。


 『彼の好戦的な性格』や『威嚇する様』を見込んで

 『加減しつつ遊べる程度に煽っている』のに、これでは一方的なリンチだ。


 

 まあ、『大丈夫、当てないから。ちゃんと寸前で散らすから、遠慮しないでね』を言い忘れた上、『フィルラップしてね』も忘れたミリアが悪いのだが、そんなことに気が付くわけもない。




 待望の『ガンガン撃ち合い魔法の応酬タイム♡』が訪れないこの状況に、ミリアは、”む!”っと頬を膨らませ、揃えた指先に『チカラ』を呼んで────




 

「────遠慮は要らないっていったでしょっ!」

 イラついた声を張り、同時に、仕掛けた!



「エレメンツ ウィンド! ターイプ……!」

「────っ!」



 彼女の指の先、淡い緑の光が集まりゆくのを目の当たりにして、エリックが全身で身構えた時!



「ロープ! アクト! 足払い(フット スウィープ)!」

「────!!?」



 ────かくんっ!

 瞬間!

 重い風が足元を吹き抜け、払われ抜ける、膝と足!

 崩れたバランス! 

(────しまっ……!)

 前のめりに倒れる身体を彼の脳がそれを理解した、その瞬間!




 ────ぐっ! 

 ────ぐるん! スタンっ!

 瞬間的に腕が飛び出し、大地を押し返し軽やかに地を踏みしめ体勢を立て直した!

 




 そんなエリックの動きに、ミリアの眉がぴくんと跳ね上がり、唇が尖る!

 


(運動神経いい! むぅかつく!)

 と、剥れたミリアが瞬間的に仕掛けるのは光の球だ。





 ──しゅわぁ……! と集める光。

 彼の目が驚きに満ちたその瞬間、形を鋭利な針へと変型させる。



 殺傷力など皆無! ただビビらせるだけの『光の針』を、



 ────くんっ……!  と一瞬、見せつけるように停滞させ────



 ────ゅん! 

 (くう)を貫く一直線!

 それを素早く、首だけで懸命に躱すエリック!


 

 そしてミリアは思わず声を上げた!



「────ちょっとムカつくぅ! なにそのハイスペックっ!」

「”ハイスペック”?

 ────ハ! 精一杯なんだけど!?」

「そーは見えないんだけど!?」

「────ハハッ! なら、誉め言葉として受け取っておくよっ!」

「むぅぅぅかつくっ! そのクチっ! 封じてくれるっ!」



 

 まるで悪役さながらのセリフを吐きつつ、ミリアはちらりと目を向ける!

 捉えたのは『足元の花束』!

 それに素早く手を伸ばし、天高く舞う『花束石鹸(フラワーソープ)』!!



(────ミリア!?)

 エリックが空高く舞う『花束石鹸(フラワーソープ)』を、目で追いかけた時!

 ミリアのはきはきとした声は、空を駆け抜け響き渡った!



「エレメント ”ウィンド”!

 タイプ サイクロン!

 エアー パックで~~~~!!


 えーっとなんだっけ、"chip(チップ)で cut”(カーット)的な!」



(────? なんでそんな唱え方するんだ?)





 ”その”。

 たどたどしい詠唱(めいれい)に、エリックはわずかに眉を寄せた。




 使った時に流れてくる・・・・・・・・・・・

 『基礎(きそ)構築式(ロジック)定型文』と全然違う(・・・・)


 



(──汎用性が高いとは言っていたけど、『基礎(きそ)構築式(ロジック)定型文』も、そんなにバラバラでいいのか?)



 ──と、ミリアの術中で粉々になる花びらを見ながら、冷静な思考が過った──その時!





「ウォルタボール! はいぱーみっくす!

 みっくすみっくす! さいくろん!」


 ミリアは、ノリノリでありながらムキになった様子で

 吹き荒れる『ウィンドボール』の中に、(ウォルタ)を押しこんだ!




(────なるほど!)



 刹那。彼は瞬時に理解した。




 今までの『ミリア・リリ・マキシマム』。

 


  

  『古語が混じってるようなもの、どうやって理解すれば』

  『えるびす、でぃん、おりおん』

  『えーと、そういうやつ』

  『えび、しゅ? でぅ?』




 彼女と交わしてきた会話・コミュニケーションと。

 今の唱え方から察するに、彼女は────!

(──”長めの単語が苦手”で、”古語ができない”!)




 と、脳内で仮説立てるエリックの前

 ミリアの手中で風を孕んだ球の中、みるみる白い泡が充満していく!



 モコモコモコモコ バシャシャシャシャシャシャ! 

 威勢よく音をたて、真っ白なバブル玉が急速に膨らみ、ミリアの姿を隠しきった時!




「ランドリーーーー! シーーーーープ!!

 くらえーーーーっ! 

 『泡もこもこ あたーーーーっくっ』!!」


 ────どっ!

 しゅあああああっ! もあああああああああああああ!!


 球から押し出された泡がエリックめがけて地を走る!




「ひっさーつ! 石鹸の無駄遣いっ!」

 ”にひひっ!”と笑いながら言う彼女! しかしエリックは怯まない!



 素早くカードを引き抜いて、構え、そして────

 ────(はっ)す!

 



「力をよこせ! wind(風よ) orew (我を) mamle(護れ)!!」

「────ちょっと!? まだそれ教えてないのにっ!」



 ────パッ! ザアアアアア……!


 

 エリックのそれに、ミリアの悲鳴に近い驚愕の声がした。

 命令に応えた『鋭角な風の盾』は、迫り来る泡の塊を裂き、横に横にと流していく!




 イメージ通りに出てきた盾に心が弾む。



(──なるほど、こういうことか……!)と、『泡の向こうにある驚きに満ちた表情』を想像しながら、エリックは声を張る!




「────『古語』って言ってたよなっ?

 要は古語で命令すればいいんだろう!?」

「くう……っ!? ムカつきます! そのハイスペック!」



(なんとなく、だけど……掴めてきたぞ!)


 

 流れ、切れ始めた泡の向こう、ミリアの悔しそうな顔を目視して

 エリックは──胸の奥底から沸き上がる”高揚”に、緩みそうな唇を力で押さえつけた。




 カードを使うたびに復習のように頭の中に流れ込んでくる構築式(ロジック)

 ミリアが発するちょっと間違った『古語』の存在。

 ざっと読んだだけではわからなかった『魔道理論』の、その基本的な性質は



 ”理解し・強くイメージし・正しく呼ぶこと”。


 


「ハハっ! ミリア! 単語で唱える必要はないよな!?」

「文で言えたら苦労はなぁぁぁあい!」



 愉快・得意気を孕んだ言葉に、返ってきたのはミリアの抗議の声だ。

 続けて、彼女は詠唱もなしに術を放つ!



スタァァァ(物分かりが)ウォルタリング(よすぎて)

 ハイプレッションンムカつくアタアアアアック!」

「────wind(風よ) orew (我を) mamle(護れ)!」


 ────ぱっ……! どしゃああああああああああああ!!




 先ほどよりもスマートに。

 かざした手の先、広がる鋭角な風の盾は、襲い来る波を切り裂き受け流していく!



(────これは……! 気持ちがいいな……!)

 



 思い通り描いたそれがミリアの水流を受け流す中。

 エリックは喜びを瞳に宿し、唇を内側で噛み締めた。


 まだ齧ってもいない程度だが、これほど簡易的に成功体験が味わえるものもない。

 剣や体術・槍も扱ってきたが、こんなにすぐには応えてなどくれなかった。



 『新しい出会い』を実感して、エリックが湧き上がる歓喜を押さえつけるその向かい側で。

 不服を溜めまくるのはミリアである。



 ミリアは『腹の内の ぷんすこ!』を前面に出したような顔をすると、びしっ! と彼を指した!




「加減しない! もー加減しない!

 キミが攻撃当てるまで、わたし全力で行くからねっ!」


「……………………っ!」

「ちょぉっとまって! なんでそこで黙るのっ!

 嬉しそうな顔どこ行った!?」


「…………い、いや!」

「ええい! ウィンドボール! アクト!」



 瞬間的に焦るエリックを置き去りに、ミリアはバっ! と手を開き上げる!

 綺麗に揃った指の先、シュルルルルルっと音を立て、中でぎゅるぎゅると音を立て────!




 ミリアは、エネルギーの凝縮と膨張を繰り返し膨らんだその球を動かすように

 大きく腕を────振り下ろす!



「────落ちろ(フォール)っ!」

wind(風よ) orew (我を) ………!」

(────くっ……っ!!)



 ずずうううううん……!!

 言葉も途中で、半端にしか出せなかった盾の上から。

 ずしっっとのしかかる風の玉に、エリックは思わず膝をついた。



(風、……だよな……!?

 重っ……! 重すぎる……!!)



 ずずんっ……!!


 ”空気に潰される”なんて考えたこともないエリックが、その重さに苦悶する中。

 ミリアが、押し付けるように腕を”ぐぐっ……!” と落としていく。



 ────”ぐっ”!

 ずずずずずん……! みしっ……!



 ────”ぐっ”! ”ぐっ!”

 ぼこっ! べこっ! めしめしっ……!!



(────くそ……っ!)

 風の盾が押し負ける。

 同じ属性の力がせめぎ合う音が、耳元でぎゅりぎゅりゴウゴウと五月蠅い。

 


(────どうする!

 ────このまま────)



 みしっ! べこっ! 

 沈む足元に、エリックは奥歯を噛み締めながら考え────



(もう一度、力を逃がっ!)

 ────ぱ しゅんっ!


「────うわっ!?」


 瞬間、エリックは声と共にバランスを崩し後ろ手をついた。

 上から押し付けていたミリアの『風圧』が無くなったのだ。

 反動で転がりそうになったところを、全身の筋肉と腕で耐えた──その時。

 



「あーもー! ガード技禁止っ!」

「はっ!? ちょっ!」



 聞こえてきた彼女の声に顔を跳ね上げる。

 しかしミリアはお構いなしだ。

 慌てて立ち上がる彼をびしっ! と指さしながら、半ギレ状態で言う。




「今から防御きんし! 攻撃しか認めないからっ!」


「──き……! 聞いてない!」

「今決めたっ!」


「ちょ、待ってくれ!」

「──── 一発当ててって言ったでしょ、おにーさんっ!?」


「ミリア! まっ」

「問答! 無用!」

 ────ドンッ! びしゃあ!!



 体勢を立て直したのも束の間、静止の声を遮ってミリアの攻撃が足元を撃つ!

 びしゃんばしゃんと音をたて落ち、土に弾ける水球を避けながら、エリックは焦りを顕に呟いた。



(……”当てろ”って言われても……!

 ……何考えてるんだ!

 俺はまだ、まともに操ることすらできないのに!)



 避けながら考える。

 ミリアが煽っているのはわかるのだが、それでも『攻撃』となると話は別である。



 ──なぜなら!



(ノーム)は汚れる!

 (ウォルタ)は彼女の服を濡らすことになる!

 (ファイア)なんて論外だ! 女性に火をぶつけるなんてこと、俺には出来ない!)




 ────そう。

 彼は現実的な男だ。理性に生きる紳士だ。

 たとえ、お遊びでも。

 『”仕事を抜けて休憩中の女性”に、水や炎を当てる』なんてこと、できるはずもなかった。




 ────どんっ! びしゃぁっ!


 降り注ぐ水と風の球を避けつつ、飛び散る土汚れを受けながら、エリックは迷う右手に力を籠める!



(wind……? 風を使うか?

 けれど、あれだってうまく調節できるとは限らない……!

 下手をすれば彼女の肌に傷を作ることになる!)





 疾りながら、思い描くは『当たってしまった時の彼女』。



 火傷なら皮膚が爛れ、裂傷ならばバッサリ切り裂いてしまう。


 水が一番穏便であるが

 どこの誰が女性を水浸しにしたいと思うのだろうか。




 傷を負った痛そうな顔。

 水浸しになり寒そうな顔。

 土まみれになり汚れてしまった顔。

 火傷の痕。

 切り傷の痕。

 

(────どれもあまり見たくない!)



 ────しかし!



(──やらなきゃ許してもらえそうもない!

 なら────!)



 そしてエリックは意を決めた!

 勢い任せに引き抜き、言葉を発す!


Light!(光よ!)

  jamg jamg(弱く弱く) wrapin !(彼女を包め!)



 ──選んだのは”光”の魔法。

(光でこの場を乗り切────、)

「────……っ!? 出ない!?」

「!?」



 構えたカード、伸ばした手のひら。

 何の反応もしないエレメンツカードを前に、エリックは驚愕の声をあげた。

 条件は満たしているはずなのにカードは沈黙のままうんともすんともしない。


 

(────えっ? (ライト)が出ない?)

 

 そんな彼の状況に、ミリアもまともに驚いた。

 ひじを突き出すように構えた腕もそのまま、驚愕の眼差しを向け考える。



(えっ? えっ??

 カードの魔力切れ? そんなことってある?)

 思わず打ち出す手を止めて、ミリアの注意がエリックの手元に集まった時。





 ────シュ ワンッ……!





 ミリアの足元

 光 輝き

 現れたは魔法陣




 新緑の光は瞬く間に 彼女を中心に陣を描く




『────えっ?』




 その光



 その陣に



 エリックとミリアの、抜けた声が見事に重なった、その瞬間。

 





 

 ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅうううううううううう

 わあぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁっぁぁぁぁっ……!







 拭きあがる────


 彼女の足元 軽やかな風

 


 揺れるレース・巻き上がるスカート

 顕わになる脚

 焼けぬ白いももが目を惹いて







 …………ぽふっ。

       りんっ…………






『………………………………………………………………』






 収まる風。

 落ちるスカート。

 隠れる脚。

 




『…………………………………………………………………………………………………………』





 起った出来事に

 高速に瞬きをしながら固まるミリアと

 完全硬直するエリックの目が合って──────……






「…………見たでしょ」

「────見てない」





 なにを(・・・)とは言わず。

 二人。

 短い問答を交わす。




 真顔のミリア・リリ・マキシマムと。

 首は動かさず、目を閉じ答えるエリック・マーティン。



 先ほどまでの勢いを失ったように

 すっと背筋を伸ばしてそこに佇むエリックをめがけて



 ツカ ツカ ツカ ツカ ツカ 。




「…………見たよね?」

 怒ってもいない、恥ずかしがってもいないトーン表情で聞く。



「何の話?」

 それに応えるエリック・マーティン。

 表情をなるべく殺し、平静に首を振る。



「見えたよね?

 いや、ワタシ怒らない。確認している。

 確認しているだけ。」

「だから……、何の話?

 ピンとこないんだから、見てないだろ?」


「いやいやいや、今の角度は完全に見えたじゃん!?

 だってスカートぶわあああって!」


「 見 て な い 」

「うっそだぁー! 嘘よくない!

 そういうのよくない!

 ワタシ怒ってない! 言うと()い!

 そんなんで怒らないっ。」



 腕を組み頑なに言うエリック。

 そして彼は微笑んだ。




「……ミリア?



 ────俺が……



 

 ────嘘つきに見える?」

「ちょお見える! 流し目してもダメ!」



「ひどいなぁ。君にうそをついたことなんてないのに」

「どこの口がそれ言うのかな!?

 っていうかわたし今日どんなの穿いてたっけ……!?」

「 み、





 ────てないんだから。

 俺に聞かれても、ワカルわけないだろ?」





 あくまでも白を切る。

 貴族のプライドと尊厳をかけて白を切る。

 

 エリックはそういう男だった。



 ────しかし。



 

(…………緑だった。

 …………ヒモだった)




 唇を。

 内側に巻き込みつつ。

 ぐっと頬に力を入れ────リフレイン。






 ────白くしなやかな脚。


 薄緑のシルクレースにサイドのリボン。




 可愛らしくも 

 色っぽく

 そして────




(────”紐”)




「ねえ絶対見えたと思うんだけど??」

「…………見てない。」

「見たよね?」

「見てない」


「顔赤くない?」

「赤くない」


「絶対見た!」

「見てない」




 シルクメイル地方・オリオン領西の端。

 ウエストエッジ郊外の『盟主の敷地』で。





 26才盟主と24才着付け師の、『見た見てない』をめぐる抗争は




 もうしばらく続くのであった。











         #エルミリ














「みたよね?」

「……だから、見てない」


「みたって言えばいいのに!」

「 見 て な い 」



「見たじゃん!!?」

「 見 て な い 」












         この番組は


   「いい歳こいた大人がなにやってんだ」

        

      と思いながら 綴っています







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