表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

273/592

5-8「ミリアのおねだりストロング」2






「────『勝鬨かちどきを上げよ!』」

「うおおおおおおおおおおおおおお!! 勝利じゃああああああああああああああ!!! ……──って。……しょーりのおたけびを上げてどうするというのか。」

「…………」




 ──黙った。真顔のツッコミが痛かった。

 晴れのオリオン平原にむなしい風が流れていく。

 かっこいいを意識するばかり、元の目的が消え失せたのだ。本末転倒である。



 エリックは痛烈を滲ませ瞼を閉じていた。



 嗚呼、何をしているのだろうか。

 組織の人間が見たら『ボス? 大丈夫ですか?』と真面目に聞いてくるであろう失態に言葉もない。


 『そもそも宗教めいた格好の良いセリフなんて俺の範囲外だ』と愚痴が出そうになるが、────『できません』などと言えるわけがない。




 その見目麗しい顔をさらに険しく尖らせ、彼はとにかく場を繋ぐ。




「──あー、わかってる。そういうのじゃないんだろ? 解っているさ。今のは冗談だ」

(…………絶対本気で言ってたよね……?)



「…………”かっこいい、かっこいい”……あー、大丈夫、ちゃんと出す。出すから」

(…………そこまで出ないもん…………?)



「──かっこ良ければ、いいんだろ?」

「うん」

 



 ミリアは頷いた。エリックは困っている。




「…………君が、その、言ったような?」

「──そう。わたしがいったよーなやつ。」




 ミリアは頷いた。エリックは困っている。




「わたしが、言った、よーな、やつ」

「………………」

(……顔あかいな〜。そんなに恥ずかしいもんかな?)




 ──と、能天気に疑問符を浮かべるミリアの前で。

 崖っぷちに追い詰められた盟主は、迷い・困惑を極めながらも言葉を放った。




「……………………………………………ち、」

(────ち??)


「……………………ちからを、………………よこ、せ、……………………   (ぅぉる、た)

「そぉんなんじゃ出ないよっ!」


「────ちっ……!『ちからヲ よこせ  (うぉるた)』」




 その、過信めいた・自意識過剰チックなフレーズに、エリックが頬を染めながらやけくそ気味の棒読みで『唱えた』時。

 


 ────しゅうううううう……! ぼやぁ……!


 カードが淡く光を放ち、ぼたんぼたんと水が溢れた!

 成功である!




(……よかった。出た)

「俺でも使えるみたいだな?」



 胸の中の安堵を軽口で包んで、ほっと余裕気味に呟く彼の、その隣から。



「────うそお!?」



 ミリアの素っ頓狂な声がその場を貫いた。

 驚くエリックの眼差しもそっちのけ。魔法の水でぬれた草に目をやり、がっくーんと膝を折る。


(しんじられない しんじられない しんじられない……!)



 ”ショック”。

 ────ショックである。

 


「…………うっそでしょ…………! ……ま、マジェラの血の意味……! 『みんぞくの いみ』とは……!」




 頭の中、《教え》がガラガラ崩れる音がする。


 ありえない。反則だ。

 今までさんざん『魔道・魔術はマジェラの民のため』『大魔導士様の血を引く子らよ』『偉大なる大魔道士さまの血を誇れ』と、教えられてきたのに。『マジェラ国民でもなんでもない異国の人間が”魔法”を呼ぶことができた』『ふふん、俺でも使えたみたいだ』なんて、ショック以外の何物でもない。



 

(────わ、わたしの24年間……! 生まれてからずっと教えられてきたものとは……!?)




 ──と。

 視界いっぱいの草から一転。ミリアは次の瞬間『ぴく!』っと背筋を伸ばし、混乱のまなざしで虚空を見つめ、




「────え? これ、ねえ? なに? どこに文句言ったらいいの? マジェラの教育機関が嘘ついてるの? 民族の意味とは? 血族の意味とは?? いままでのべんきょうとは? え?」

「……えーと、ミリア?」



 ぽそぽそ、ぶつぶつ。


 ──まるで幽霊がそこにいるかのように、虚空に語りかける彼女に──おずおずと声をかけるエリック。




 彼女をショックに突き落とした張本人は、今。

 気まずさと安堵が混ざりどうしようもなかった。


 魔法が現れたことは嬉しい限りだが、ミリアがここまでショックを受けるなんて微塵も予想していない。魔法が出なかった時の赤っ恥を回避した分、こんな場面のフォローにまわるなど想定外である。


 彼はこりこりと頬を掻き、覗き込むように”そぉーっと”ミリアの前に回り込むと、気遣いマックスで声をかける。



「…………ま、まあ、これ、

 子供でも使えるようにしてあるんだろ?

 ミリア、

 君の言うように、

 人間みんな、

 魔具が使える程度には、魔力が、その……

 宿っているんだろう?

 驚くことでも、ないんじゃないか?」




 座る彼女に目線を合わせ、精一杯のフォローを述べる彼のリズムはたどたどしい。

しかしミリアは、びしっ! と彼を指差し言い放つ!




「…………わかったっ!! おじいさんがマジェラの民だったとかっ!?」

「────いや、えーと……

 父も祖父も曽祖父も、母も祖母も(みな)ノースブルクの生まれだ」


「証拠はっ!」

「──家系図が残ってる。出自も記録されている」


「…………それが嘘かもしれない確率は!」

「……残念ながら。ほぼありえない」


「…………ええええええ〜〜〜〜、うそだぁ〜〜〜……?」



 へなへな…… ぺしょん……!



 あっさりと答えるエリックの前で、もう一度。

 青々とした草をぎゅうっと握りしめ、芝生の上に膝をつく彼女に、エリックは──困り果てていた。



(…………えーと。……困ったな)



 舌を巻く。

 どう言っていいのかわからない。



 通常なら、フォローの言葉などオリーブの油を鍋に注ぐがごとく滑らかに出てくるのに。がっくり項垂れる彼女を前に、適切な言葉が浮かばない。




(……こういう場合、できる方が何を言っても逆効果だからな……! ……慎重に言葉を選ばないと、さらに厄介なことになる……!)



 

 エリックは、まるで戦略会議に出るような表情で脳を回した。


 経験上、『教えてくれた人を追い越してしまった』場合のフォローをしくじると飛んでもないことになるのを、彼は知っていた。

 『年長者・経験者』のメンツを潰してしまうとそれ以上の報復を受けることになる。貴族の世界では多々起こる事案であり、それが引き金で戦争になったケースも少なくない。




(この場合は戦争にまで及ぶことはないだろうが……! しかし、関係は丁寧に継続していきたい。なにか、なにか打開策は……!)




 思案するエリックの視界のその中で、ミリアはというと、『……やってらんなーい、あ~~~』と全身でオーラを放ち、顔面の偏差値を下げるのみ。


 考えを巡らせるエリックと、放心するミリアの間を、しばし草原の風が吹き抜けて────



「…………あ」




 思い出したかのように声を上げたのはエリックだった。

 ミリアの視線がちらりと動く中、彼が素早く手を伸ばすのは、『ミリアから借りた簡易魔導書(きょうかしょ)』。


 先ほどざらっと目を通した際に見つけた一文を思い出し、それを探しながら言葉を紡ぐ。




「……ミリア? さっき、目を通した時に見えたんだけど。────ここ。読んでみてくれる?」

「……?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ