5-7「快感ご無沙汰アカデミー」
────広く澄んだ青空の下。
オリオンの敷地内・草原の一画で。
「重ねて言うけど、絶対!
ぜーーーったい、他のところで使っちゃダメだよ!?
絶対ダメだからね!」
ハニーブラウンの瞳を”きっ!”と向け、まるで母親のような剣幕で言うのは『ミリア・リリ・マキシマム』。魔道国家マジェラから来た、総合服飾工房ビスティの着付け師である。
「……やけに念を押すけど。
俺ってそんなに信用ない?」
それに対し、眉をくねらせ呆れがちに言うのは『エリック・マーティン』。本名『エルヴィス・ディン・オリオン』。
このノースブルク諸侯同盟領の盟主で、事実上国のトップに立つ男だ。
ノースブルク諸侯同盟
オリオン領の西の端・ウエストエッジの郊外。
今、まさに、国境を越えた魔法教育が『着付け師』から『盟主』へ行われようとしていた。
『信用がないのか』と少々意地の悪い聞き方をするエリックだが、その問いには理由がある。彼の人生、ここまで念を押されたことなど一度もなかったのだ。
昔から、勉学も体術も戦術も、できなかったことがない。
教えられたことはすぐに飲み込めたし、理解もできた。教えている学者が調子に乗ってどんどん詰め込んでも、負けじと吸い込んできた。
同年代の貴族の間でもリーダーであり、諜報機関ラジアルにおいても『釘は刺す方』『念は押す方』。
なのにもかかわらず、今は『こう』である。
知らないとはいえ『できない奴』の素振りを見せていない自信のあるエリックとしては、不服だ。
──しかしまあ、その内側で
(……まあ確かに、魔術は勝手が違うのかもしれないけど?)と思いつつ、
(そんなに下手そうに見えるのか?)
と、ふつふつと湧き出す疑念と不満。
しかしミリアはいまだ緊張の面持ちを緩めていない。
そんな彼女に、エリックは短く息を吐き出した。
「……君がいないところで試すようなことはしないし、魔術を使えたところで見せびらかすこともない。
君が危惧しているのは、周りにバレることだろ?
使わなければバレないと思うけど」
「…………うーん。まあ……
周りに、魔道士がいなければバレないと思う、けど」
「ああ、指輪か。
……たしかに、これを見ればわかるよな」
言われ、エリックは小指についたリングに目を落とした。彼の暗く青い瞳が捕らえた、小指で光る『ラウリング』は、マジェラ魔法教材『エレメンツカード』についている付属品だ。
少し太めで
繊細な装飾の内側に
深く熱い黄昏色の石を抱くそれは──『確かに』。
マジェラの国民がみたら、一目瞭然だろう。
ノースブルク・ウエストエッジに『マジェラの魔道士』がうろついている可能性は0に近いが、現に彼女はここにいるのだ。全くのゼロではない。
──そしてミリアは
『魔道士であることを伏せたい』のだ。
そんな彼女からしたら、警戒するのは無理もないのかもしれない。
そう、推察を立て納得するエリックの前
ミリアは『ん〜』と困ったように眉を下げると、
「それもあるけど、『匂い』、するから〜……」
「──匂い?」
指の背で鼻を擦りながら言う彼女に、エリックはおうむ返しに首を捻った。
それは初耳である。
生活魔具を取り扱い・使用する中で、エリックはそれらしい匂いは感じたことはない。炎が出ている熱や・水や風の感じはあるが『魔法道具に匂いがある』印象はなかった。
しかし、ミリアはけろっとした顔つきで頷き指を立て、
「そう。魔法ってね、匂いがするんだよ?
ファイアはファイアの匂い
ウォルタはウォルタの匂いがあるの。
でも、普段魔法に触れてない人はわからないと思う。
昔から刷り込まれた嗅覚だから」
「……へえ」
言われ、指輪に視線を落とし、指輪を近づけスンスンと嗅いでみる。
しかし、そこから何かが匂うことはなく────
彼は素直に首を捻りミリアに目を向けると、
「……俺には、わからないみたいだ」
「使った後はわかるよ〜、『魔道士なら』だけど。
──ま、そういうわけで、前置きが長くてごめんね?
話を進めるっ!」
流れるようにそう言うと、ミリアは『ぱんっ!』と手を合わせカードを掴んだ。
束でつかみ上げたそれを芝生に広げ、ザーッと目を配らせて1枚、ぴっと目の前に構えると、
「まずね、ざっと魔力元素名は覚えたよね?
そしたら、こう。
中指と薬指で、挟んで、かまえる」
「────こう?」
ミリアの真似をして、中指と薬指でカードを挟んだ。
動きとしては『ただカードを挟むだけ』。
難しくもなんともないのだが、彼の口が、思ったことを口にする。
「……他の指じゃあダメなのか?」
「……あ〜……、
さっき”癖なんだよね”って言ったじゃん?」
「──────中指と薬指の話?
………………もしかして」
「……そう、マジェラの民だからなの」
答え、”すっ”と中指と薬指を綺麗に揃えた手を上げて見せる彼女。
その指は、糸で括られたようにぴたりと張り付いており、伝わってくるのは『染みついた教育』だ。
瞬間的にエリックは食堂・ポロネーズでの一幕を思い出す。
『癖、かあ』と言いつつ、無理やり中指と人差し指を離したようなあの動き。
(……なるほど。意識しないと離せないぐらい、刷り込まれているのか……)
と思考の隅で納得したエリックに対し、
ミリアはその指を、開いた方の手で『ちょんちょん』と触ると
ゆったりと、瞼を閉じ────”紡ぎ出す”。
#エルミリ




