5-7「”健やかなるときも”(3)」
「…………………………わかったよ」
出たのは、情けない声だった。
命を懸けると言った後に、ここまで力なく答える羽目になるとは、思いもしなかった。
あの『命を賭ける』という言葉は、ただの願望であったのに。
ありもしないこと。
『だったら』の話。
『だといいな』の話。
────しかし、心の奥底で
…………金や立場に寄ってくる相手と婚姻を結び、家や国にこの身を賭けるのなら『本当に護りたいと思った相手のために命を捧げた方が本望だ』と思っていたのは事実だ。
『盟主』という立場の人間には、あるまじき考えだが、痛烈に苦々しく右手で口を覆い、唇に力を入れる。
(────痛いところを 突かれた気分だ)
胸を支配するのは、苦しみと痛み。
隠していた心の奥の方を
貫かれたような感覚。
痛く苦しい感覚を確かめるように、彼は大きく息を吸い込み──閉じたまぶたをゆっくりと開け、ミリアに瞳を向け、
──────はぁ……
「…………手厳しいな、君は」
再び。苦く、弱弱しく笑っていた。完敗だった。
──痛い。
…………確かに、”痛い”。
────だがしかし。
痛烈な痛みを噛み締めながら。
静かに呼吸を整えるエリックに、ミリアの──慌てた声が飛ぶ。
「えっ!? ちょ、まって!? そんなに厳しいこと言ったつもりないんだけどっ」
慌てふためく彼女の態度。
その『まったくわかってない』様子が──痛く、苦みを残した胸の中をわずかに和らげていく。
頬が、ほころんだ。
清々しい”負け”で彩り、彼は笑う。
「………………はあ、完敗だ」
「えっ!? なんか、────えっ? ごめん、えーと、怒ってるっ?」
「……いや、怒ってないよ」
言って静かに首を振る。
────気持ちが 落ち着いていく。
喰らった胸は痛いし、いまだ苦いし、奥の奥は、苦しいのだが、雁字搦めになっていた『なにか』が──『ほんの少しほどけた様な』。
そんな心持ちに 顔が、上がる。
そして、流れるように目が求めたのは、隣にいる相棒の顔だった。
「…………少なくとも。『君が泣くことの無いように、力をつけなきゃ』……と思ったかな」
────それは、諦めか、開き直りか。
居直るように言うエリックに、しかしミリアの、不思議そうな丸い瞳はまっすぐ返るのだ。
「? なんでわたし。」
「…………”相棒"だろ? 『危なかったら助ける』って言ったよな?」
「言われました」
「──……そういうこと。 相棒のピンチぐらい助けられずに、本来護るべきものを、護れるはずもないから」
「……なるほど〜? でも『護る』って、なにから?」
「……そうだな、黒衣の悪魔とか?」
「…………あぁー、カラスの親分……。 ガーゴイルのカラスバージョン? だっけ? あんなの、この辺じゃ出てこないじゃん」
「まあ、な。そうかもしれないけど」
ミリアに合わせて交わす軽口とは裏腹に、心が、決まっていく。
─── 痛みは 肚の中で落ちていった。
───国を守ること。
領地を守ること。
家を守ること。
それは『当たり前のもの』として、──”且つ”。
『何か想定外のことがあったときに』。
『自分が選んだ人を、守れるだけの力を』。
(────求めることは許されなくても。護る力をつけるのは……、良いだろ)
胸の内。誰にともなく、言い訳気味に呟き、エリックは微笑んだ。
「────だから、……俺に教えてくれる? 魔道士殿? 君を護れるだけの力を、『手取り足取り』」
「ふふ~。 手も足も取らないけど、いいでしょう♪ 基礎の基礎から教えてしんぜよう〜♪」
エリックの冗談を、きっちり受け流して、答え両手をあげるミリアの前で
彼の手の中、しっかりと握られた魔術のカードは、彼らを待ちわびるように、煌々と光を放っていた。




