5-6「”健やかなるときも”」
────彼がこぼし落すのは
『いずれ待ち受けているであろう生活への、不平と不満』。
「────……そう思うと……さ。
責務だということはわかっているけど、気が乗らないというか。
婚姻を結ぶということは、『一緒にいなくちゃいけない』ってことだろ?
”病めるときも、健やかなるときも”?
…………気構えとしてはわかるけれど
実際、気持ちがないとキツいよな、って」
「わーかーるー。それねー」
「仮に気持ちが芽生えたとして?
それが続くかどうかも疑問だし。
相手の気持ちと、こちらの気持ちが同等だとも限らない」
「それ。ほんとそれ」
「……こちらとしては割り切ったほうが楽だけど?
あちらが『そのままで居られる』とも限らないし。
────けれど、もし」
想定の中で広がる懸念を、片っ端から並べ出して
──紡ぐ。
「…………『俺』を求め、望んでくれる相手がいたとしたら……
……『大切にする』。
命を懸けてでも、護るよ」
叶わなくとも 秘めるだけなら 良いだろう
「────でも、そんな相手が、いるかどうか」
切り返したのはすぐだった。
ミリアの言葉を待たず、エリックは『色』を自嘲へと切り替える。
解ってはいるのだ。
自分が述べている願望や自嘲が、『持っている者の贅沢な我儘』であることぐらい。そして、それを求めること自体が『愚か』であることだと。
彼は盟主だ。
君主として求められている。
彼を欲しがる人間は多い。
求められていないわけじゃない。
必要とされていないわけじゃない。
解っている。
しかしそれは『家ありきのこと』だと。
それも、解っている。
家柄に
金に
立場に
名声に
『惹かれ・寄ってきた相手に』
『そんな相手でも』
いずれ
いつか
そのうち
────”いずれは”
”結婚しなくてはならない”ことは、わかっている。
体を重ね愛情を振り撒き、体裁を取り作ろって
『家』を、命を、紡ぐ。
”わかっては、いる”。
────しかし彼の心の奥。
ずっと、ずっとモヤとして淀んでいるのは
『そんな相手に命を、人生を捧げるのはどうなのだ』という虚しさだ。
(────オリオンの家の子どもとして生まれた時から
俺の命は俺のものではないと、わかっているけど。
──相手も、お互い様と言われればそうなんだろうけど)
──それでも、どうしても付きまとう
”贅沢な羨望”。
『自分』を求めてくれる人に
『何もない自分』を受け入れてくれる人に
『欲しい』と言われたら、どれだけ嬉しいか────
しかし、それは”あり得ない”。
草原の片隅。
自嘲を込めて放った言葉に、無言のミリアをさっと一瞥。
会話を進めるべく 戯けたようにミリアを見ると、
「…………それに、”それに適した環境”というものがあると思うし」
「適した環境?」
出す声に、明るさを滲ませる。
『あくまでも想像で言っている』と感じ取れるように
『自分の事だと思われないように』。
困った空気で
浮かべた笑顔で
『わからない』の口ぶりで
本音を、煙に巻いて。
「────そう。
理想や思いだけでは、どうしても踏み出せない場合もあるんじゃないか……と思って。
仮に、そういう相手ができたとしても
大切にしたい気持ちがあっても
そうはさせてくれない『現実』や『事情』……とか?」
「…………『事情』。」
「……あー……、『婚姻生活に至ったあとのリスクやストレス』とか?
ありありと想像できて『そもそもそういう相手を作らない人間』も、いるんじゃないか……と思って。
…………ああ、俺はよく知らないけど」
「────ふぅーん……」
「いるんじゃないかって話だよ?」
「まあ、いるとは思う。中には」
こぼしてすぐさま、肩をすくめ誤魔化すエリックの前、ミリアは情報を処理するようにこくこくと頷く。
その表情から、彼女の考えすべてをはかり知ることは出来ないが
自然と言葉を待つエリックのそれに応えるかのように、ミリアは”ぱっ”と顔をあげると、はちみつ色のまなざしを向け、
「……エリックさん、なかなか想像力が豊かだよね?」
「────そう? 普通じゃないか?」
「……普通……? かなあ?」
スパンとした問いかけに、咄嗟に返して様子見。
『そんなことないと思うけど……?』と言わんばかりに首を捻るミリアを視界の中に、
(……少なくとも、君より得意じゃないのは確かだけど)
と、呟く彼の目の先で
彼女は、細かにこくこく頷く頭をぴたっと止めると、切り替えたようにカラリとした表情で言うのだ。
「──まあでも、いいんじゃん?
キミの話じゃないんなら、そういう人ができた時にアプローチしたら良いじゃん?」
言うなり彼女は立ち上がり、
──ばっ! と両手を広げ
すぅ……! と息を吸い込み 空を仰いで言うのである。
#エルミリ




