表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

265/592

5-5「”病めるときも”(2)」

 



「いや────。

 おにーさんの言ってたこと、マジだなーっておもってさー」


「……言っていたこと?

 さっきの、成功体験の話か?」


「そーそー。

 習ってるうちは全然考えなかったけど、言われてみればそうだなーって。

 カード使えば、どれだけポンコツでも感覚は掴めるもん。


 …………マジェラの教育ってよくできてるわー……」

「…………」





 うんうんと頷きながらしげしげとカードを見つめ

 『はぁ、』と息吐く彼女の横顔をみながら。




 エリックの脳内、ふと浮かんだのは、キャロラインの言葉だった。

 


 『マジェラは婚姻率が良いようね』

 『そういう国を見習っていきたいものだわ』



「…………」



 マジェラという異国の教育システムを目の当たりにしたからだろうか。それとも、ふるさとの制度に息つく彼女の雰囲気がそうさせたのだろうか。




 

 エリック──いや、

 エルヴィスの脳裏にそれらが蘇り、”なんとなく”。



 盟主として、スパイとして、屋敷の使用人として、彼女に投げかけていた。




「──そういえば、マジェラは婚姻率がいいんだってな」

「んっ? どこで聞いたの、それ」

 

「旦那様から。

 『マジェラは成功しているのか、秘訣を教えてもらいたいものだ』って」


「エルヴィスさんが?」

「────そう」


「…………」




 問いかけに

 ひとつ頷くエリックはいつになく真面目な面持ちで

 彼女は思わず黙って視線を送る。




 視線の先で息をつく黒髪癖毛のエリックに宿るのは、少々疲れが見える色。

 

 浮かない顔の彼に、しkしミリアは僅かに首を捻った。




(……外から見たらそーかもしれないけど……?)

「うーん……? 成功っていうのかなあ……?」


 


 言いながら思い描くは、故郷の事情だ。



 『エルヴィス盟主が何を聞いたか』

 ミリアには想像もつかないが

 『成功している』と言われれば甚だ疑問だった。




「……うーん、まあ?

 子どもの数が減ってないっていう面を見れば、そうかもしれない?」

 


 頭の中、ウエストエッジで見かける子どもの数と、故郷で走り回っている子どもの数を思い浮かべて頭をかしげる。



 マジェラが『日中は子供がにぎやか』なのに対し、確かにウエストエッジは子どもの声がしない。彼女がそれらに気づいた時は”はっ”としたものだが、それはそれで『おだやか』な日常だと感じたし、第一『数が多ければいい』という問題でもない。



 マジェラはひそかに、人口が多めだからこそ出てくる『不漁による食糧難』など問題として抱えているのだが、恐らくそこは『今の話の焦点』ではないだろう。



 それらも含め、ぐる────っと頭の中で考えて。

 ミリアは、ぱっと弾かれたようにエリックに顔を向ける。





「──でも、

 こっちみたいに最後まで添い遂げるって感じじゃないよ?

 マジェラって」

「そうなのか?」

「そう」


 

 ふっと上がったエリックの顔。

 『意外』を顕わにする彼に、ミリアはそのまま言葉を続けた。




「そもそも『民族としての繁栄』が根本にあって、結婚相手が生涯の相手とは限らない、というか。『血さえ絶やさなければいい』みたいな。

 そーいうとこある、マジェラって。」



 話ながら思い返すは、マジェラの内情だ。



 一度結婚し夫婦になるまでは慎重だが、そこを超えてしまえばくっついたり離れたりしているカップルも多い。それを、果たして『成功』と言えるのだろうか。




「────んまあ、結婚した相手にもよるのかな?

 最後まで添い遂げるカップルもいるし。

 でも、わたしはその価値観もよくわからなくてさ~」

「? どういうこと?」


「”民族として残ればいい”ってやつ」



 問われ、ミリアは肩をすくめて手を開く。

 いつの間にか草の上。

 カードを挟んで向かい合わせで、座り、話し込む二人。




 彼の黒髪と、

 彼女の茶髪のはるか上

 青く広がる空に、雲がゆっくりと流れゆく中、彼女は続けた。

 


 足元の草を引っ張り、千切りながら。




「んー、その考えはもっともだよ。

 大魔道士さまの教えだしね、それは、そう。

 わたしもそう教えられてきたし、そうだと思ってた。


 だけど、”種族として残るために結婚して産み増やす”のが目的なら、『結婚なんて制度いらないでしょ』って思うわけ」



「…………『制度が要らない』?」


「そう。

 結婚した後どうせ別のパートナーを探すんなら、契約なんていらないよね?

 『『子どもの健やかな成長』ってとこで見れば、夫婦でいた方が良いのかも?』と思うけど、そんなの家庭に寄るしさあ。

 っていうかそもそも、『結婚・婚姻』って契約制度がなければ起こらない争いや制約もあるわけで?」



 言いながら、ぷちんぷちん。

 足元の草が短く千切られ、緑の中に消えていく。



 

「……随分と家庭の環境も違うんだな」

「こっちの人には考えられないよね~。

 離縁したなんて聞いたこと無いもんね~」



 ぷちんぷちん。

 手持ち無沙汰なそれが、青芝の丈を整える。




「だからね? こっちに来て、なおさら思ったの。


 『家を大事にする』なら結婚はわかる。

 でも、マジェラの場合わからない。

 

 別に、契約しなくてもよくない? って

 個人同士で縛る必要、なくない? って」


「…………『縛る必要』……か」


 


 『心底わからない』と草を放る彼女に、エリックは目線を落とし呟いていた。



 (その考えはなかった)、(確かに、それもそうだ)と思いながら。





 彼にとって結婚とは『いずれ、しなければならないもの』だ。



 『家を存続させるため』

 『土地を、領地を守るため』



 貴族であり、盟主の彼には

 生まれ落ちたその日から課せられた『責務』であり、こなさなければならない『義務』。



 それを面倒だと思い考えたことはあったが『その制度が必要かどうか』までは、考えたことがなかった。

 




 しかしミリアは、マジェラの人間。



 国が違う。

 育ってきた環境が違う。

 考え方も、違う。



 だからこのような意見が出るのだと、妙に納得しながら



(……ドニスで一夫多妻制が認められているのなら

 ……まあ、確かにそうだよな)

 と、ぽそりと胸の内。





 続けて彼は、足元の草を眺めつつ、不意に出てきた疑問を投げた。




「……なあ。

 種族の繁栄の他に、何か理由があるとしたらなんだと思う?」

「ん?? どーいうこと?」


「────’婚姻”というものが(いにしえ)より”契約”として成り立っている理由だよ。一夫多妻制の国もあるのに、他のパートナーを持つことを許さない国の方が多いよな? なぜだと思う?」




「………………。


 ……トラブルになるから?」

「────まあ、そこだよな」




 ミリアのひねりも何もない返しに

 エリックはため息交じりで投げやりに相槌を打つ。




 『わかりきったこと』である。

 国内外を含め、婚姻に至るまでがどうだろうが、

 浮気や不倫、愛情に対する裏切りが大事(おおごと)になるなど、大昔からあることだ。




 『なのに』、にも関わらず。

 溜めていた疑問は、彼の口を突いて出る。

 


 頭の片隅で『何を言っているんだ、俺は』と思いつつも






 ずっと


 人には見せず


 溜めながらも抱えてきた本心が


 冷めた口調と共に、口から滑り出す。





「……『嫉妬』とか、『痴情のもつれ』とか、確かに耳にはするけれど……

 『ひとりの人間相手にそこまで感情を動かせる』というのも、凄いことだよな」

「おやぁ。割とドライ?」

「……まあね。そうかもしれない」



 溢し、短く息。

 


「……物や人を大切に扱う気持ちはわかるが、トラブルになるほど執着するのは違うと思わないか? 恋人であっても『一人の人間』だろ? 『物』じゃない」




 首を振りながら呆れ混じりの拳で突く、頬杖。




 他者の恋愛観

 痴情のもつれ

 よく聞く恋愛妄想物語────


 頭の中でざっと流れるそれらに、呆れと不可思議が入り混じる。




 ────ああ、解らない。


 好きになったからなんなのか。

 愛情とは、好意とは、そこまで人を暴走させるものなのか。

 自分でコントロールできるものではないのか。



 ミリアの言う通り『契約』をしなければならないようなものなのか。それは、相手と自分の信頼関係がないからなのではないのか。縛る必要があるのだろうか。





 ──────そもそも。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ