5-4「小指の約束(3)」
「お屋敷で大丈夫なら問題ないねっ。
それ、『ラウリング』っていうの」
ぴっと人差し指を立てて話し始めた。
ミリアの声色は意気揚々で、内心複雑なエリックの心境など気が付いてもいない。
「あのね?
赤っぽいのが”石”なんだけど、それが魔術を記憶してくれる石でね?
持ち主の『魔術履歴』みたいな、
そういうの覚えるやつ。
習い始めて最初の内は、自分で構築式立てられなかったり、忘れちゃったり、間違った構築式立てて暴走したりするから
それを、制御しながら、正しい『魔道』に導いてくれる石。
──が、埋め込まれている、『指輪』。」
「…………この細工は、魔法陣?」
「そうそう! さっすがおにーさん!
反応して『しゅあああ』って光るけど、驚かないでね?
わたしのお古で悪いけど、間違いなく使えるから安心して!
大丈夫大丈夫、確実に動くから!
何度も使ってきたし!
それはお墨付き!
あ・と・は〜……
ああ、これ、使えるようにしないとだね〜」
思い出したようにそう言うと、
ミリアは『ひょいっ』と手を伸ばしてカードを箱ごと持ち上げる。
そして、魔法陣が描かれたその箱表紙を
──すぅ……っとひと撫で
祈るように瞳を伏せて
両手で
敬うように目の高さまで持ち上げると
一拍。
描かれた陣の中心に──唇を添える。
「…………、……」
とても小さな唇の音。
急に変わった彼女の雰囲気とその仕草に、エリックは──、思わず声をかける。
「────”キス”?」
「──はっ!? 違う違う違う違う!」
エリックの不思議そうな声トーンに
ミリアは慌てて顔を上げると、高速でぶんぶか首と手を振ると、
「…………よ、汚したわけではなく!
『カードと契約する準備をした』って感じ? スイッチ入れたって言うかっ! ほっ、ほら! これも一応魔法詰まってるから、扱いがわかる人間が解除してあげないと使えないの! け、けっしてカードを愛してる物好きってわけじゃないからっ! そーじゃないから!」
「……いや、俺は別に」
「よく拭いておいてくれたら!
あ、今拭きますわたしがやります! ごめん!」
コスコスコスコス!
ふきふきふきふき!
(……しまったああああああああああ!)
と、内心絶叫しながら。
────彼女は、思い出していた。
エリックの反応と、自分の行動で、連鎖的に
『キスに関する、親の教え』を。
昔。
まだ幼い頃から、ずっと。
ミリアは、親から聞かされていたことがある。
『マジェラの民にとって、キスはとても重要なこと』
『国民同士はもちろんだけど
他国ではどうなるかわからない』
『注意しなさい』
(『注意しろ』って言われてたのにっ!
ここ、国の外なのにっ!
しまったぁぁぁぁ……!)
と、胸の内で深く後悔しながら、
ミリアは両手を振りつつエリックに言う!
「あああ、嫌ならその、えーと、えーっとっ!
……べ、弁償は────、
できない〜……けどっ
うわ────~……! ごめん……!」
「………………」
(…………ほらぁ〜!
退いてるじゃんエリックさん〜っ!)
エリックの困惑の表情も、親の言葉も勘違いして内部葛藤を抑える彼女。
しかしエリックはそんなミリアを前に静かに首を振り、
「────いや、待って」
かけるそれは、穏やかな色。
テンパる彼女の、その気持ちを、和らげるように。
エリックは、頬に柔らかな笑みを浮かべて、なだめる様に言う。
「────……ミリア。俺は気にしないから。
それより、話を進めてくれる?」
「ありがと〜。こころひろ〜い、たすかる〜」
声で、雰囲気で、表情で『大丈夫』を示した彼に、ミリアは肩を下ろして息を付いた。
紆余曲折あったが、やっと。
切り替えたミリアが語る。
「────よし、じゃあ、よく聞いてね?
カードが光って準備できるまでに、説明するからね?」
マジェラの『教育』。
『魔法元素カード』について。




