5-4「小指の約束(2)」
「────ねえ、あれは?」
「ん? あれ?」
「指輪。ついてたでしょ? 付属品のヤツ。
指輪出して?」
「──────指輪?」
ウエストエッジ・郊外。
オリオンの敷地内、手入れされた草っ原。
お誂え向きの石に腰かけながら、相棒のミリアに手を出され、エリックは首を傾げ聞き返していた。
言われ、眉を寄せ、彼の脳内。
思い返してみるが『指輪』なんてアイテムは、その箱すら見ていない。
これを渡してきたのは、隣国・アルツェン・ビルドの王子『リチャード・フォン・フィリッツ』だが、彼は一言も『付属品がある』などと言ってはいなかった。
『置いていった』と、それだけである。
「…………いや、俺がもらったのは、それだけ。
指輪なんかついてなかったけど」
「…………え────……?
おかしいな、セットになってるはずなのに……
どこいっちゃったんだろ……?」
──と、首を傾げるミリアの隣で、本人以上に眉を顰める、エルヴィス・ディン・オリオン盟主。
彼は、高速でもう一度、あの円卓会議の一幕を思い返し始めた。
『マジェラの商人にもらった』『遊び方がわからん』と言われ、半ば強引に押し付けられた『魔法元素カード』は、出てきた時から箱しかなかった。
リチャードの指にソレらしき物もついていなかったし、何より彼は『ツボや調度品』は好きだが、装飾品を集める趣味はないはずである。
指輪をくすねたとは考えにくい。
(……指輪……? どこに行ったんだ……?)
と、ありとあらゆる可能性を考え並べる彼の隣。
ミリアは
『うぅーん』と唸り、首を捻り、一瞬。
思いついたようにさっとポシェットを開け
そこから『少女の人形・スフィー』を取り出すと、
「…………あ、いいや。じゃあ、これあげる」
いいながら、スフィーの”首元”。
ぐるりと巻き付けてあったネックレスの先、指輪のモチーフを外して、彼に差し出す。
「……え?」
小さく声すら落としながら、彼が見るのはミリアの手のひらの上。
少し太めのリングは
繊細な装飾の内側に
深く・熱い黄昏色の石を抱いており
纏う雰囲気はまさに『未知の力を秘めし物』そのもので──
流石のエリックも、ためらい、戸惑ってしまった。
カードとは訳が違う。
それが放つ、オーラが違う。
──それに『指輪』だ。
(……『あげる』って……簡単に言うけど)
気後れする隠せぬエリックに、しかしミリアは平気な顔をして、
「…………これ」
「わたしが使ってたやつ。
使わないから、あげるよ」
「…………いや」
いとも容易く言われ、エリックは思わず首を振った。
『指輪という道具に対して』が半分。
もう半分は『国を跨いでまで持ってきている指輪に、思い入れがあるのではないか』という憶測が、彼女の『あげる』の邪魔をする。
(────そんなものを、もらっていいのか……!?)
「…………、」
「?」
若干の怖さと。
力を放つ指輪への興味で瞳を迷わせるエリックの前、しかしミリアは『うん?』と首を捻るのみ。
彼女の内情は解らない。
しかしエリックにとって、それは『相棒に着けていた大切な指輪』に思えて仕方ない。
『指輪』は、この国で『婚姻の証』であり『願掛け』の道具だ。
貴族の間では見せびらかすように着けるものもいるが、大抵は『祈り』を込めて指に着けたり、首に下げたりする『大切な誓いの証』。
『あなたを愛します』
『永遠を誓います』
『傍にいてください』
『貴方は、わたしにとって必要です』
──と、女神の前で誓う物──なのだが。
異国育ちの彼女は、平然と言う。
指輪をちょいちょいと指さし、ハニーブラウンの瞳と共に問いかけてくるのだ。
「これないと、不便だよ?」
「…………いや、えーと」
「魔法、使ってみないの?」
「…………ううん」
「感覚つかめないよ……?」
「…………」
確認するように聞かれ、黙る。
(──指輪、一生、付けることなど無いと思っていたが……)
と、内心呟き視線は『手のひら』。
彼女の手の上で、それは、深く、熱を帯びているような色と空気で
エリックの興味を、どうしようもなく誘ってくる。
「…………いいのか?」
「いいよ、使わないし」
そろりとした問いかけに、許可はすんなりと返ってきた。
エリックは
彼女と、指輪を、間を取りながら交互に見つめ──
「……じゃあ、戴くけど……。
これ、……入らないだろ」
「わたしは人差し指につけてたけど。
小指とかなら入らない?」
ウエストエッジ・郊外。
夏の爽やかな日差しと、青空の元。
隣に腰かける彼女が、伺うように首をかしげる中
エリックの指に摘ままれたリングは、彼の左小指を通り──……
「……無理だミリア。関節でとまっ」
「ねじこむ」
──ぐっ! すぽっ!
「よっし入ったぁ!」
「…………」
満足げに『ぐっ』と手を握るミリアの隣。
綺麗にピッタリ入ったそれに、もはや言葉も無く黙り込んだ。
何とも色気のない『リング装着』である。
ずるっと勢いよくねじ込まれ、そこに『想い』も『誓い』も『愛』もあったものじゃない。
(──……こ、こんな形で……)
小指の根本で『みちっ』とハマったリングを前に、眉間がヒクつく彼。
『いつか』
『将来』
『大切な人が出来たら』
『女神さまに誓いましょう』と教え込まれながらも
『そんな日が来ることは許されない』と、冷めた目で見ていたそれが
『こう』である。
──時として人生とは、予想だにしないところから予想だにしないハードルを越えてしまうものなのかもしれない。
(………………)
戸惑いと、あっけなさと。
なんだか一言では言い表せない気持ちがエリックの中で渦巻くが、それでも彼は何とか
「………これ、抜けそうもないんだけど」
「基本ずっとつけてて覚えさせるものだから、問題ないんじゃない?
お屋敷ってそういう就業規則ある?」
「…………いや、まあ…………
無いけど」
問われ、ぼそぼそと答えた。
規則はない。
むしろ、規則は作る方だ。
彼が引っかかっているのは、周りの反応である。
数日後、彼は────舞踏会を控えている。
「………………」
思い描くは『舞踏会』
いくら小指とは言え、今までそういった装飾品をまるでつけてこなかった盟主が、いきなり指輪なんぞつけて舞踏会に参加しようものなら、なんと言われるかわからない。
冷やかされる・何度も同じ問いを食らうなど、これ一つでありとあらゆる波紋が思いつき、ゲンナリが噴出してくる。
──しかし。
(──……まあ、舞踏会は手袋でいいとして……
普段の生活は、適当に誤魔化すか)
と、折り合いを付けながら
彼は自然に、左小指の違和感を人差し指と親指で確かめていた。
確かな感触。
慣れぬ違和感。
指輪を撫でる指の先から感じる・細やかな魔法陣の装飾。
思わず目を惹く
濃く・熱い黄昏色を抱く石
否が応でも感じる存在に、彼はまた
暗く青い瞳を落としていた。
(…………意味は違うが
こんな形で指輪を付けることになるなんてな)
──と
指輪に視線を落としながら呟くエリックを、視界の中心に。
ミリアは『うん!』と大きく頷くと、意気揚々と息を吸い、




