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5-3「花束をキミに(1)」










「最近多いよね〜?

 『新しいの出たよおにいさん』と『しあわせおにーさん』」

「…………『幸せお兄さん』?」





 夏のタンジェリン通り、短くテントを張り出した商店を背景に、ミリアの口から飛び出した『間の抜けた言葉』に、エリックは思わず目を見開き問い返していた。



 思わず足も止めるそのワード。

 戸惑いと拍子抜けを纏うエリックの視線の先で、ミリアは、バラと領花カルミアの混じる花束石鹸(フラワーソープ)をご機嫌にふりふりと振りながら、こくこくと頷き言うのだ。




「そうそう。ああやって『幸せですか?』って声かけてくる人たち。

 居るじゃん?」

「…………いや、初めて聞いたけど」


 

 身振りも大きく聞いてくるミリアに、エリックは静かに首を振った。



 確かにこの街は、服飾の発展を中心に、色々なものが流れ込んできている。

 街中ではしょっちゅうビラ配りや客引きを見るし、絡まれている女性も多い。


 

 しかし、ミリアが言う『幸せお兄さん』については、エリックは聞いたことがない。




 彼が、瞬間的に自分の範疇で

 (どこを歩いているんだ……? 大丈夫か……?)

 と疑念を巡らせる隣、ミリアはアニーブラウンの瞳に”不思議”を浮かべると、




「そーなの? 居るよ? 良く居る。

 『新しいの出たよお兄さん』と

 『幸せですかお兄さん』が居るんだけど」


「…………はあ……」

「──彼らはきっと亜種だと考えている……!」



 きらぁん……! ふふーん……!

 ”──間違いない……!”




 ──と、その表情仕草で語るミリアに──



 エリックは、静かな眼差しと気のない息を零し、

(まるで動物のような言い方だな……)と、胸の内で思う。




 前々から感じてはいたが、ミリアの口から出る言葉はイマイチ緊張感に欠ける。


 彼女のフィルターを通すと独特のものに仕上がるというのだろうか。聞いてて面白くはあるのだが、そのフィルターのせいか、『プリン』も結局いまいちよくわからなかった。



 それらを総合し、ぐるりと考えて。

 エリックは、彼女にもう一度、静かなる視線を向けると

 



「────……君はいちいち表現が変わってるよな」

「キミも、いちいち言うよね?

 まあいいけどね慣れたからね?」


「……ちなみに、聞きたいんだけど。

 良く居るのはそれだけ(・・・・)

 さっきの話を聞いていると、他にもいろいろ貰っているみたいだけど?」


「いるよ~。

 『幸せお兄さん』でしょ

 『新しいの出たよお兄さん』でしょ?

 『調査してますお姉さん』に

 『占い好きですかお姉さん』」

「…………」



 ────聞いて、黙る。

 石鹸の花束を弄ぶ彼女に瞬間的に返すは、もちろん。

 訝しげな問いだ。




「──調査って、なんの?」

「……さあ……?

 満足度調査とかなんとか言ってたけど……?」

「なんの満足度か、覚えてる?」


「……生活に関する満足度……?」

「──……随分ざっくりしてるな……

 ──……けれど、それは答えない方がいい」



 チェシャー通りを行きながら、落ち着きなく花束を動かす彼女に、エリックは神妙な顔つきで首を振った。



 ──『そういう手合い』が多いのは、エリック──いや、エルヴィスも重々承知だ。



 産業が賑わうということは、人も業者の出入りも激しくなる。有事の際なら規制を張るが、今はそこまで厳しく取り締まっていないのが現状だ。



 ──新しい文化や産業は、国の発展に必要なことで

 問題ももたらすが、税収や国益などの視点から鑑みれば、厳しく規制を張るのは損失になりうる可能性もある。



 かと言って、好き勝手にやらせるわけではない。


 塩梅が難しいところではあるのだが、国としても、ある程度は業者のマナーや常識に任せて、信頼をおく他方法が無かった。

 


 ただし──

 中に『怪しいのが混じっていない』とは言い切れない。


 現に、ミリアから出たワードの数々は、心が和やかになると言えばそうなのだが、彼の感性からすれば胡散臭くて仕方なかった。



 ──それらを巡らせ、眉間に皺。

 悩ましげに口元を覆いつつ、エリックはミリアに顔を向け、吐く息と共に言葉(ちゅうこく)を送る。




「──領が正式に行なっている調査ではないから。

 ……君の情報が妙なことに使われるかもしれない」

「……みょうなこと。」



 神妙なトーンに、返ってくるのはピンとこないという顔。


 視線の先で、右手の花束をちらちら見るミリアに、エリックは視線を落とし、考えながら口元を覆うと、



「──そう。例えば、そうだな……」

「ねえ、そうだ。これ要らないので差し上げます。」

「────はっ? 要らない?」



 ──唐突に。

 話の流れも考えもまるで無視して現れた花束石鹸(フラワーブーケ)に、素っ頓狂な声を上げる彼。


 

 先ほどまでの推測や、頭の中で組み立てていた例え話は、”ぽーい”された花束に押され、すでに思考のかなたである。



 エリックがミリアの事を考えて、解りやすいたとえ話を用意しかけていたのに。

 それらが綺麗にすっ飛び、頭の中は『要らない』と渡された花束と困惑で埋め尽くされた。



 

(──いや、さっきあんなに喜んでいたのに?)

 と瞬間的に目をやれば、ミリアの顔は、全力で『微妙』を描いており──



(『綺麗~♡』はどこに行ったんだよ)

 と困惑を込めるエリックの、その表情を読み取ったのか、



 ミリアはぐーっと眉間に皺をよせると

 困ったように唇を”くっ”とあげ

 人差し指の甲で鼻を『こすこすっ』と擦ると、”じっ”と見上げ、










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