4-18「たすけて、くれるの?(3)」
「ほう……
わたしがどこかのスパイだったらどーする?」
「────フッ! 君が? スパイ?
へえ、面白いことを言うんだな?」
「……コイツ……!
ばかにしてるー。むかつくー。
わっかんないじゃーん?
すぱいかもしれないじゃん」
スパイを前に
『スパイかもしれない』と聞くミリアに、片手のひらでつく愉快な頬杖。
”────ああ、楽しい”
戦略的興奮とも
奮い立つ高揚とも、また、違う。
純粋な、”楽しさ”。
「────へえ?
君が? 仮にスパイだったとして?
いったい何を盗るつもりなんだ?
我が国の縫製技術? それとも、税収事情?
貴族関係の醜聞については、もう嫌というほど掴んでいそうだけど?」
「それ掴んでもなんにもなんない……」
「────フッ!
なら。
…………可愛らしいスパイのお嬢さん?
君は、何が欲しいのかな?
どんな情報が欲しいんだ?」
「ちょっとー。
その、小さい子に言うような口調やめてくれる~?
わたし大人なんですが〜?」
「ううん、そうだなぁ。
……試しに、俺の情報でも掴んでみる?
さあどうぞ?
本当のことを教えるかどうかは、わからないけど?」
「すっごく楽しそうに話すね? 生き生きしてるね?
ちょー悪い顔してる!」
「────フフフフフ……!
まあね。
そんなことを言ってくるとは思いもしなかったから。
カマをかけるなら、もう少しうまい方法を教えてあげようか?」
「……こいつ……!」
目の前で
『ぐぎぎ』と歯を見せる彼女に、またひと笑い。
素直に、愉快だ。
本物の組織のボスである自分を前に
『すぱいかも!』と言ってくる彼女と話をするのも
自分の言葉に対して
むくれたり歯ぎしりをしたり
笑ったり驚いたりする、彼女を見るのも。
とても、愉快だ。
エリックは愉快な頬杖から、すっと頬を浮かびあがらせて
視線をそらし、そしてまた、
認めるような眼差しで、彼女を正面から見つめると
「────でも。
よく考えたら
君がスパイだったら『恐ろしい』かもしれない。
……君は、そういうのが得意だから」
「”そういうの”?」
「『人に気に入られるコツ』を持っているよな。
『距離が近い』というか。
あっという間に心の中まで見透かされそうだよ」
「…………さすがにそういう魔法はないですね……?」
「そうじゃなくて。何度も言ってるだろ?
『君は異色だ』って」
愉快を含めた声色で述べながら
彼が思い出すのは、彼が見てきた『ミリア』の姿だ。
ナンパから見捨てようとした自分に
靴を投げてきたあの顔
その後
あっさりと自分を店まで案内した時の顔
得体の知れない『花屋の青年』に
何度も声をかけにきた時の顔
見知らぬ女性を助けるために
場を放り出して駆け出した時の顔
────くすっ……
それらを頭の中に
彼は『仕方ないな』と言わんばかりに笑いながら
穏やかに話し出す。
「────まあ、その分危険もあるわけだけど?
君が相手につかまりでもしたら、その時は助けてあげるよ」
「…………」
さらりと出た、そのセリフに
テーブルの向こう側。
──ぴくん……と、小さく震えた彼女は
真っ直ぐに目を向け、小さく、聞いた。
「……………………たすけて、くれるの?」
────その
少し、戸惑ったような
甘みをふくんだような
まあるく不安定な問いかけは
ビストロ・ポロネーズの
いや
彼 の時間を止める
変化はいつだって
不意を突いてやってくる。
小さな小さな出来事は
水面を揺らし、沈みゆく石のように
小さく
確実に
ヒトに影響を与え
そして染みわたっていく。
────これは、嘘を重ねる男の話。
この番組は
ノースブルク諸侯同盟と
シルクメイル環境組合の協力で
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