4-18「たすけて、くれるの?(2)」
勝ったのは『興味』の方だった。
「……けれど、やってみる価値はあると思わないか?
マジェラが『他国民の使用』まで考えているかは、わからないけど。
……もしそれが禁忌だとしたら、商人も献上したりしないだろ?」
「……………………」
ちらりと伺うミリアの顔。
その表情には動きがなく、エリックは、すぐさま言葉を変える。
「────出来ないなら出来ないでいい。
駄々をこねたいわけじゃない。
ただ、遊び程度でも『使える』のなら試してみたいだけだけで
…………悪用しようなんて思って無────、
…………ミリア?」
言いながら目を配らせ、彼は首を傾げ声をかけた。
黙って聞いていたミリアの顔つきが
『呆気にとられたようなもの』に変りゆくのを、目の当たりにして。
困惑ではない。
迷ってもいない。
ミリアの纏う空気は──────
『言葉がない』と表すのが、ふさわしかった。
────”また”。
想定のできない反応に、エリックの言葉も思考も止まる。
「…………ミリア? どうした?」
「────おにーさん。
たまに『怖い』っていわれませんか」
「────え。」
ミリアから出た
棒読みの言葉と、驚きの顔に、声が漏れる。
瞬間的に、キャロラインの言葉が脳をよぎる。
『シスターが怖がっていた』
そして今の
『怖いって言われませんか』
(…………、)
──じわり。
苦く、喉を鳴らして視線を逸らした。
────彼は別に
凄んだつもりも、睨んだつもりもない。
ただ、真面目に考えを述べていただけなのだが──
(────それを、ここで言われるとは思わなかった)
じんわり痛い。
しかし、彼はすぐに切り替えることにした。
素早く彼女に目を向けると、首を傾げて問いかける。
「…………怖かった?
……いや、凄んだつもりはないんだけど」
「…………いやあのそーじゃなく……」
「──違う?
……その……
君を怖がらせるつもりはなかったんだけど」
「いや、えっと」
組んだ腕をテーブルに置き
まっすぐ問いかける自分の前で、ミリアは困ったように眉を下げるばかり。
────ああ、どうも上手くかみ合わない。
彼女の『意図』がわからない。
そんな『困惑』を前にして彼は、さらに『切り替えた』。
使うのは『自嘲』。
軽く肩をすくめて小首を傾げ、『躊躇いつつも吐き出すように』
「…………あぁ、別に、怒ってるわけじゃないんだ。
怖がらせたなら、悪かった」
「────それは、わかっている。
いやーーー……うーん……
なんて言って良いのか~……」
「……?」
細やかに首を振りフォローするエリックに
今度はミリアが両手を胸の高さまで上げ、首を振り、唸った。
先ほどまでとは少し、様子が違うが
ミリアが『何を言わんとしているのか』『何を伝えたいのか』。
いまいちつかめないエリックの前、彼女は未だ言葉を探している様子。
そんなミリアに距離を詰めず、言葉をかける。
「……なに?」
「………………え~と……」
テーブルの向こう側。
瞳を迷わせ、二・三拍。
彼女は言葉を探すように沈黙した後、若干緊張したような面持ちで、口を、開いた。
「…………”頭いいな”って思ったかな。
あと、敵に回したくないな~って」
「…………敵……」
聞いて、漏らし、そして────
「──────フ!」
苦笑いに、吹き出した。
『なんだ、そんなことか』と、胸の内で呟きながら
彼はくすくす肩を揺らし口元に手を当てると、
「………………”敵”って。
俺と君は相棒なんだろ?
君が裏切るようなことさえしなければ、敵になるようなことはないよ」
────ああ、安堵が広がっていく。
キャロラインの言う『怖い』と
ミリアの言う『怖い』の意味が違うこと。
ふたつの『怖い』が脳内で並び、ミリアのそれに心が緩む。
(────なんだよ
ああ、一瞬ドキッとした。
また何か言ってしまったのかと思った──けど)
素直に嬉しい。
身分・立場を知らない彼女が放つそれは、素直に、沁みていく。
────先ほどまでと気持ちが違う。
すっきりと晴れやかで
瞬間的に消滅した不安と焦りの代わりに
あたたかく軽やかな気持ちが、彼の胸に広がる中。
そんな心をまるっきり知らない彼女は、
はちみつ色の瞳と口を丸め・首を引くと、試すように聞くのだ。




