4-17「バザールに出せる状態で保管しておきました(3)」
「…………なあミリア?
人ひとりを教え育てていくのに、どれだけのコストと時間が掛かるか解ってる?
そっちの教育システムがどんなものか、詳しいことはわからないけど。文字の読み書きができるのだって、相当贅沢なことなんだぞ?」
「それは、外に出てきた今ならわかるけど!
大人になった今なら、わかるけど!
子供のうちに『わかれ』っていうのは無理じゃない?
ここの教育がどんなか知らないけどっ」
彼女は負けじと言い返す!
「うちの場合はっ。
『つかうため』に、
『残していくために』
『必要だから』
『詰め込まれた』だけだもんっ!」
「詰め込まれた?」
「そーだよ?
『魔力は個のため国のため』
『伝え・残し・引き継ぐ』そうやって教えられてきた。
『どこの誰にどんな才が埋まってるかわからない』
『どこのどいつが優秀な魔導士になるかわからない』
だから、全員ひっくるめて教え込まれるの。
嫌でもなんでも、そういうものだったの。
好きで学んだわけじゃないの。
贅沢とか言われてもわかるわけない、それが普通なんだもん」
「────なら、国民全員に?」
「そう。向き不向き関係なく、年になったら一斉にスタート」
「…………」
答える彼女の口調は『はあ、ヤになっちゃうよね』と言わんばかりだったが、それを受けてエリックの眉間には皺がよる。
その葛藤は、テーブルの上、こぼれ落ちるように放たれた。
「…………随分裕福なんだな…………」
「『国が』? それとも『ウチが』?」
「『国が』。
子供に十分な教育を施せるのは、裕福な証拠だ」
「うん~~~~……
裕福って言うか、残すのに必死なだけなんじゃん?
…………まあ、『そんだけ能力大事なら、外に人民増やしてどんどん広げろよ~』とも思ってた時もあったけど…………」
「………………」
頬杖を付きながら、心底つまらなそうに言うミリアを前に、エリックが考えるのは『当国との差』である。
目の前の魔術参考書を目の前にしながら、視ているのは『国の歴史と現状』だ。
スパイとしてここにいるのだが、やたらと見えてくる国の差に『盟主エルヴィス』が抑えられない。
(……うちが教育を『全国民』に広げたのは約15年前……、となれば、マジェラの方が国民の教養レベルは高いということになる……
先代までの頭が固すぎたんだ。
『教養は貴族の証』なんて言っているから、いつまで経っても国民レベルが上がらなかったじゃないか)
聞いて、出始める前時代への愚痴。
国交が開かれるまで知りもしなかった『自国のレベル』。
胃が縮むと同時に、安堵と熱意が渦巻く胸の内。
(……国連に加入してよかった。
おかげで、若手ほど仕事の指示がよく通るようになった。
まあ、だからなおさら、中年層相手には苦労するわけだけど)
内心で息を零しながら、エルヴィスの表情が人知れず、険しさを宿しはじめた。
彼の中で渦を巻くのは『仕事の苦労』だ。
改革を施し、教育をした結果
若いものほど話は通るが、中年層以上のものほど『馬鹿にしているのか』といいつつ学ぶことをしない。
『それ』が、またさらに年代別の亀裂の原因となりつつある中、しかし国として『教育』は手放せない。
彼の年齢より上で
貴族ではないのにも関わらず、読み書きができる人間などそうそう見つからない現状は、由々しき物であることに変わりはないのだ。
そしてそれは『女性』にも当てはまっている
教育の差は、むしろ女性の方が顕著だ。
少しばかり身分が下の家の娘では、それらの教育を受けるという考えすらなかったのだから。
そんな思考流動の中、エリックは流れるようにミリアを見つめていた。
異国から来て、今自分の前で食事をたしなむ女性は、”つまり”。
当国に当てはめるのならば、『貴族並みの教育を受けている』ことになる。
(──そうか……
今まで、ミリアに育ちの悪さを感じなかったのも、マジェラの教育の賜物だったわけか)
と、呟きながら、エリックは今までの彼女を思い出していた。
確かに今まで、一度もミリア相手に『下品』だと思ったことはなかった。
歩く姿勢も食べ方も綺麗で、盟主の立場から見ても気にならない。
言葉は砕けているし、たまに突飛なこともするが
『教育を受けていない人間に抱く品のなさ』も、感じなかったのである。
読み書きもできる。
魔術参考書を理解するだけの頭も持っている。
切り返しの速さやモノの言い方・伝え方。
それらを総合して、妙に腑に落ちたエリックの前
ミリアは、前のめりで腕を伸ばし、教科書をつんつんすると、
「それにね? こんなの、理解できるわけなく無い?
古語が二つと、数学と魔法元素学、それと精神力学とかが混ざった代物、どーやって理解しろと言うのか。」
「………………」
言われ、目を落とすは魔術参考書。
そこに記載されている、『魔術論』。
珍しいそれを見入る彼の前、ミリアの意見は止まらない。
「難しいの、ほんとに。
知識に加えて、体の動かし方とかのセンスも必要で。
運動できないとツライ部分もあって。
そこで諦める人も多くてねー?」
「…………なるほど?」
言う彼女に切り替えて、エリックは魔術書に再び目を落とした。
見たことのない理論だ。
彼女の言う通り、古語と数算術・魔法元素学、精神力学に物体力学も含まれているような『魔術の教科書』を前に
エリックの意識は、さらに飲み込まれていき────
「────いや、わかるよ。
エレメントの要素は、つかむ程度だけど……
書いてあることは理解できる」
「……………ぅっそぉ………………」
「────へえ? なるほど?
こういう理論のもと、力を引き出しているのか……」
慌てず・落ち付き・それでいてやや高揚を含んだその口調・表情に『うそでしょ~……』と全身で訴えるミリアの前、エリックは黙々と文字を追いかける。
(……理論自体を見たことはないけど、読めるし……、解るな……!)
心、踊りながら呟いていた。
これで、他国の言語で記されていたり
まるっきり知らない記号のようなものの配列ならば、さすがの彼も舌を巻いて眉根を寄せたものだが
公用語で書かれたそれは、彼の興味に導かれ、頭の中に入り込んでいく。
しかし、そんな彼に、げっそりとしている女が一人。
「…………まじか────……
……わーかるんかー……」
背中を丸め、グラスを両手に、口から出るのは『げんなりトーン』だ。
その声色にはありありと、
『これわたしでもわかんなかったのに~』という念が込められている。
ミリアの『やってらんない的な空気』を察知して、エリックは捻り込むように首を振ると、
「……いや
”理論はわかる”というだけで、扱えるわけじゃないからな?
当たり前だけど。読んだだけじゃ、まだなにも」
「読んだだけで使われたら、立場がないわっ!」
「まあ、そうだろうけど。
……一応、古語も精神力学も通ってきたから。
全くわからないわけじゃない。
……やっておいてよかったよ」
「────頭良くて腹立つぅ~……」
「ふ……!
──まあ、覚えるのは得意な方だよ。
…………そうでなくちゃいけなかったからな」
「ん?」
「────それより、これ、少し借りてもいい?」
憂いを素早く散らしかき消して
投げた問いかけは優しく。
甘えるような、伺うような声に
テーブルの向こう側、ミリアはぴたりと動きを止めたのであった。
#エルミリ




