4-17「バザールに出せる状態で保管しておきました(2)」
「──それに、しても。
君のところは随分とユニークな教え方をしているんだな?
『幼い頃から絵を見せて理解させる』なんて、こちらの指南役が知ったらさぞ驚きそうだ」
「……ま、そうでもしないといけないんじゃん?
あそこってそういうトコロなの」
ぽそりと答えて、ミリアは諦め気味に開いた手を空に向けて肩をすくめた。
その手の形は、やはり。
『中指と薬指がぴたりと付いた形』で────
気になるエリックは、そのままそれを声にする。
「…………君の、その『指』」
「────ゆびっ?」
「そう、指。
君、手を開くときは必ず中指と薬指を付けているよな。それは、癖?」
「え、あ〜〜…………、」
問いかけに、尻窄みの相槌が返ってきた。
変な質問をしたつもりはないが、複雑な色に変わりゆく彼女の表情に
エリックが一瞬、
(聞いたらまずかったか?)と様子を伺うその前で
ミリアは自分の指を確かめるように目の前まで持ってくると、唸りながらくるくると裏返し。
その間にも、彼女の中指と薬指はぴたりと付けられ、まるで糸で束ねられているかのようだった。
いつも反応のいい彼女が、珍しく言い淀んでいる様子をつぶさに観察するエリックの前。
彼女は細い指からエリックへと視線を逸らし、細かやに頷くと、
「……まあ、そっかな、癖。
うん、癖……だよね。
そっかー、言われるまでわかんなかったなあ……」
「?」
ミリアの複雑そうな表情と言い方に、エリックは小さく目を見開いた。愁いを帯びたような彼女の表情が気になるのだが、そこを突いていいのか迷う、その一瞬。
彼女は指と指を切り離すように大きく広げ、求めるように、確かめるようにカードに手を伸ばし、マジェラのカードをつまみ上げる。
こなれた手つきで、中指と薬指で挟み、くるくると裏表。
(────カードが関係しているのか……?)
と、考えながらケーキをさらにひとくち味わうエリックの目の前で
彼女はカードを挟んだその指を
ぴっと立てたり、柔らかに曲げたりしながら
懐かしむような
興味の無さそうな
少しばかり伏目がちに、息をついた。
その雰囲気は、流れるように萎らしく、静かで
──
”これ以上の詮索”は
迷ってしまう顔。
──浮いた顔はしていない。
しかし、カード自体の話題を避けている風でもない。
なんとも言い難い雰囲気と沈黙に、エリックが次に言葉に出したのは
素朴な疑問であった。
「────…………なあ、それ、俺でも使えるのかな」
「うん? どーーだろ……?」
空気を変えるための声掛けに、ミリアの動きが止まる。
萎らしい雰囲気をかき消して、
彼女のハニーブラウンの瞳が
エリック・カードと流れ
”ひょい”と首をひねって口を尖らせると
「…………使えないんじゃない?
だってちがうじゃん? 」
「…………だよな」
あっさりと言われ、彼はトーンを落として頷いた。
ころりと変わった空気に安堵しながらも、内心で『子供に使えるのなら俺にもできるかも知れない』と思ったのだが、ミリアがそんな密やかな希望に気づくことはない。
ほんのり生まれた興味と希望をあっさり打ち砕かれ
若干気落ちしているエリックに気づくこともなく
ミリアは、肩掛けポシェットの蓋を”べろん”と開けると
書物のようなものを引き抜きながら、言う。
「そもそもねえ〜。
ほら、これ見て欲しいんだけどさ〜」
言葉と共に出てきた書物のサイズは
一般的な羊皮紙を半分に折ったぐらいの大きさで
大人の手より少し大きかった。
いわゆる『馴染みのあるサイズの冊子』。
丁寧に紐綴じしてあり、表紙には『移動に連れまわされた感』が滲み出ている。
「────?」
出てきた冊子に、エリックがわずかに目を開く中
ミリアは、薄い本をべらーっと開いてみせると
「これ、魔術参考書なんだけどね? 見てみる?」
「へえ……
────見ても、良いの?」
「良いよ、どうせわかんないと思うしー」
自然に顔を上げ目配せするエリックに、投げやり気味に答え、頬杖をつく彼女。
まるで興味がないミリアとは対照的に、エリックの心は、じんわりと踊りかけていた。
(…………こんなもの、見ないわけがない……!)
心なしか心が弾む。
滅多にお目にかかれないであろう書物。
マジェラの魔術参考書。
彼の知識欲が刺激され
口元が緩みそうになるのをぐっと堪えつつ
エリックはその蒼く暗い瞳の奥を煌めかせながら、ぱらぱらとページをめくり────
「────……」
「…………」
────めくり────……
────めくって────
「…………ミリア……」
「んーなにー?」
「…………これ。
ずいぶん綺麗だな…………?
……使ってこなかっただろ」
「…………うっ……!」
その『使用感』
まるで新品・形跡なし。
じろりと向ける目・射る瞳。
彼の親指がぱらぱらとページを送る中、ミリアの顔は”する〜〜”っと外を向く。
「…………え────っと。」
「…………はあ…………
せっかく学ぶ機会があるのに、もったいない……」
「──バザールに出せる状態で保管しておきました」
きらぁん……! ふふーん……!
「………………」
「ばざーるに出せる状態でほかんしておきました」
「…………」
「ばざーるに、出せる状態で、ほかんしておきました」
「…………」
────無駄に背筋を伸ばし
煌めきを纏わせ言う彼女に、もちろん。
エリックのジト目は、遠慮なく降り注いでいる。
彼は、盟主である。
国連で定めている『国際教養 均等化』に関わっている身としては
ここで
黙るわけには
行かなかった。




