4-17「バザールに出せる状態で保管しておきました」
たかが、カードひとつ。
リチャード王子からもらったマジェラのカード。
マジェラでは『教育道具』だと認識した道具で
まさか、パニックになるとは────
彼『エリック・マーティン』は、思いもしなかった。
「…………はあ…………」
目の前のリンゴのケーキも手付かずに
参った息をこぼす、その前で
ミリアは二杯目のドリンクを目の前に、彼に向かって両手のひらで頬杖をつき、
「いやあの〜、褒めた、じゃん? わたし。
おにーさんが真面目なのわかったし。
ため息つく理由がわからないよ?」
「────ああ、……えーと」
心底不思議だと言わんばかりに
首を傾げまくるミリアの問いかけに、エリックは濁しながら言葉を探す。
遅い昼飯どきのビストロ・ポロネーズ。
店内の騒がしさと同様に、エリックはいまだ混乱を引きずっている状態だった。
机の向こう側、心底不思議そうなミリアの顔も直視できない。
不意打ちを喰らい続けたとはいえ、自分の立場も身分も役割も忘れて弁解に走るとは、『何やってるんだ俺は』の他に言いようがない。
エリックが自分の『誤作動』とも言える状態に
『落ち付け』
『何やってるんだ』
『いや、そもそも慌てる事柄じゃないだろう』
『ああもう、ああもう』
『スパイは常に冷静に、ありとあらゆる事象可能性から任務を遂行するために最善の選択を』と人知れず内省し、平常心を取り戻そうと必死になっている最中。
ミリアといえば、疑問符を浮かべながら呑気にドリンクを飲むのだ。
平常心である。
もはや、どっちがスパイでどっちがターゲットだったのかわからない状況だが、生まれも育ちも違う二人。こうなってしまうのも、無理のないことだった。
ミリアの中で、魔法元素カードは『出産の贈り物』だ。
確かに小さなころ使いはしたし、教育道具でもあるのだが、今度は『送る側になる』のがちらつく物の一つである。
それを聞いて真っ先に出てくるのは、赤ん坊やプレゼントした時の友達夫婦の顔であり、先の教育のことなど全くもって思いつかない。
しかし、それを聞いていたのは『エリック・マーティン』
……いや『エルヴィス・ディン・オリオン閣下』。
屋敷に送られてくる品や貰い受ける献上品も桁違い。
それらを捌く日常を送りながら、教育改革を行っているのである。
そんな状況で、
他国の『教育システム』の話などされようものなら
『お祝い用』なんて前置きは『重要なこと』ではなくなり、その興味は『自国に生かすことができるかどうか』にシフトしてしまう。
『周辺環境の違いによる重要項目の差異』である。
もちろん、彼とて出産祝いなどに無関係なわけではない。
が、贈るものはカードなどではなく、仕立ての良いベビー服やおくるみ、あるいは手編みのカゴベッドなど。
贈ることはあっても
贈られることなどないし
ましてや『他国のお祝い品』など、知るはずもない。
そんな彼が
まさか『カード』から
『子供生まれたんだ、おめでとう』というパンチと
『エルヴィスさん最低』などという蹴りを食らうなど、予測できるはずがなかった。
エルヴィス……
いや、エリックは、まだ、少し
こころの中で舌を巻きつつも、マドラーでドリンクをかき混ぜるミリアを一瞥し、
「────そう、だな。
『しっかりしないと』と思っただけだよ。
旦那様は、その……
生活魔具を取り扱うことが、多いから。
俺も、キチンと頭に入れておかないと、
またこういった誤解を招きそうだと、そう思ったんだ」
「なるほど〜?
……ま、聞いてくれたら教えてあげる〜。
聞かれてもわかんないかもだけど〜」
自身の混乱を治めるように、たとたどしく。
言葉を探しながら述べる彼に、ミリアは麦わらのストローでドリンクをちゅーっとすする。
その様子はサラリとしていて、彼女はこれ以上追及するつもりがないようだ。
そんな彼女の様子を、一瞥。
エリックはさっと周りに目配せをして、
フォークに手をかけリンゴのケーキを一刺し。
一口サイズに切ったそれを口に運び、落ち付き払って
なんとか
口を開ける。




