4-16「妻も子供もいない(1)」
ミリアは問いかける。
昼のビストロ・ポロネーズで席を囲んで。
「ねえ、カードは誰からもらったの?」
「ああ、旦那様だよ」
「だんなさまから。
だんなさまが。」
二度、同じ言葉を繰り返す彼女。
思えばこの時、エリックは気付くべきだったのかもしれない。ミリアの言葉に隠れた『ひっかかり』に。
しかし、彼は続けてしまった。
”エルヴィス・ディン・オリオン”という人間を、知ってもらいたかったからだ。
『盟主に仕えている』と伝えた時のあの反応。
顔を真っ青にしていたミリアに、間接的に。
『盟主・エルヴィス』の人柄を伝えようとした。
彼は、微笑みながら答える。
とても穏やかな空気を醸し出して。
「────そう。下さったんだ。
俺は、手札遊戯や盤上遊戯が得意でね。
旦那様は、それを知っているから」
──自分の事ではあるのだが、嘘偽りは言っていない。
「彼は、とても気の回る方でね。
仕えている俺のこともよく気にか
………………!?」
言いかけて、彼は驚き喉を締め、言葉を飲み込んだ。
目の前のミリアが
『うわ……』
と言わんばかりに退いていったのを、目の当たりにして。
(────えっ)
それを目の当たりにして動揺に包まれる彼の目の前、ミリアは
『あり得ない』と言う表情で、ぐっと唇をつぐむばかり。
エリックは脳内で高速に、原因を探しながらも首を傾げ目を向け
「────み、ミリア? どうした」
「…………」
様子を伺いつつ、動揺を隠しつつ、ぎこちない問いかけに──彼女は答えなかった。
その上『あ、ヤバイ。』と逃げるように目線を外し、グラスに手をかけ、紛らわすように飲むサイダー。
(…………いや。待って)
しかしその反応はエリックの胃袋をさらに縮ませた。
全くわからない。
何がどうしてそうなったのか。
無意識に、心が落ち着かない。
彼女が作り出した沈黙に、エリックが瞳を惑わせながら、”じっ”と視線を送る最中。
ミリアは、心底言いにくそうに表情を固め、
「…………いや────…………
あの────。
……きにしないでいただけると。」
「いや、気になるから。
そんな顔をされたら、聞くなという方が無理だよ」
顔全てのパーツを引き延ばし、身を縮める彼女に、エリックは更に問いかけた。
────本当にわからない。
彼女がなぜ、ドン引きの表情をするのか。
動揺を押し殺し”じっ……っ”と送る。
──が。
「…………イヤ。
あのうゥん。
…………おこる。たぶん。
これ、言ったらおこる。」
「…………怒らないよ。
どうした」
言い澱む彼女に、エリックは落ち着き払って首を振る。
気になる。
気になる。
『怒るかもしれない』という前置きを、即訂正したぐらい『原因が気になる』。
『退かれる』要素が見つからない。
『教育カードの話』でどうしてそうなった?
(────〜……!)
答えを早く知りたい気持ちを抑えつけ、返事を待つ彼を前に
ミリアは
伺うように瞳を向け
そろっと首をかしげると、
「…………ほんとに怒らない?」
「怒らない。
大丈夫だから、聞かせて?」
(────早く)
彼が
拳を
握る中
────彼女は、その口を、開くと
「『おんなのてき……』」
「────はっ!?」
「……ありえなーい……」




