4-14「福利厚生chocolate(2)」
「────まあ、そういうものなんじゃないか?
誰でも、苦手なものの一つや二つあるだろ。
…………君は、退屈しないよな」
「…………わたしは遊戯施設か何かですか……?」
────フッ!
ミリアのぽそりとしたつぶやきに、エリックはまた吹き出し笑いをひとつ。
『別に、そうとは言ってないだろ?』と軽口をたたきながら、流れるように手をあげ、彼はウエイターにアイコンタクトを送った。
合図に気がつき、すかさず寄ってきたウエイターが、皿を下げつつ追加注文があるかミリアに問いかけ、彼女がレモンソーダを頼む側で
エリックは、ナチュラルに言い放つ。
「────リンゴのケーキをひとつ」
「……また可愛らしいもの食べるね!?」
店員が素知らぬ顔で注文を取って去りゆく中、ミリアの素っ頓狂な声が響いた。
それに返すのは、『複雑な面持ち』だ。
エリックは僅かに、眉間に皺を寄せると
「…………好きなんだよ、甘いの。
さっきも言っただろ?」
と、不機嫌に頬杖をついていた。
──なんだろうか。
この、胸の奥のモンヤリとした、複雑な感情は。
驚いて欲しくなかったような
けれど『まあそうだよな』が入り混じる──形容しがたいモノ。
生まれたモヤに眉間を寄せつつ、
エリックはそのまま、やさぐれた様子で彼女に言葉を向ける。
「……悪かったな。
どうせ俺は可愛らしくないよ」
「そーは言ってないじゃん?
ちょっとびっくりしただけだし?
見た目も味覚も天性のもんだし、しかたなくない?」
「…………」
言われ、エリックは手のひらの頬杖に顎を乗せミリアから視線を逸らし、さらに むすっと黙り込んだ。
(……確かに、そうは言われてないけど。
それほど驚くことないだろ)
と、内心愚痴る。
しかし、彼のモヤモヤは、はっきりいって『些事』である。
別に、このようなことも今まで往々にしてあったことだ。
運ばれてくるものはブラックのコーヒーだし、ケーキなど注文することもない。頼んだところで彼の目の前に置かれることなど一度もなかった。
外見の印象が『甘いもの食べなさそう』なのは、彼もよくわかってる。
そう思われていても構いはしなかった。
──が。
今、今日は、もやつく。
可愛らしいものが好きというわけではない。
しかし甘いものは好きだし、ケーキやパイなどは頬が緩む。
それが本当の自分で、食べたいと思ったから注文したのに。
(……その反応は、失礼じゃないか?)
と黙るエリックに、ミリアの『意外』を詰め込んだ視線が降り注ぎ──
会話の続きは、彼女の口から始まった。
「……あまいの、他にも食べるの?」
「……まあ。
食べるよ。チョコレートとか焼き菓子とか」
あっけらかんとはじまったそれに、即座に切り替え調子を合わせて答える。
その声には若干の不服が残っているが、しかしミリアから帰ってきたのは、まるまった目とぽそりとした呟きだ。
「…………ちょこれーと。」
「ああ。
美味いよな、ほろ苦くて、甘くて。
よく食べるよ。口に入れやすいから、つい」
「…………ちょこれーと」
「うん?」
「………………また、たかいやつ。」
(…………あ)
繰り返す彼女の《それ》に気が付き、エリックは一瞬動きを止めた。
瞬間的にやらかしたことに気づいた彼は、即座に思考を巡らせると、口元に笑みを湛えて言う。
「…………旦那様の、その……『福利厚生の一部』」
「福利厚生でチョコレートが出るんか……」
「彼は、普段からたくさんの品物を頂くんだ。
それを分けてもらうだけだよ」
と、サラリと述べる彼の前
聞くミリアは、目の前で『ふーん、すごーい』と興味なさげに呟いているが──
エリックの中沸いているのは
ほんの少しの『しまった』と『誤魔化せたか?』という懸念だ。
ホイップクリームといい、チョコレートといい、貴族の彼にとっては普通でも、彼女にとっては『高価なもの』である。彼女の先ほどの言葉のように『ホイップクリーム』など庶民は食べられない。
もちろん、それは『屋敷勤めの使用人』もそうだ。『一般的なお屋敷勤めの労働者の給与』はもちろん解るが、それでもほいほい買える値段ではないことも、重々わかっていた。
それらの話題は
『エリック』であるときに出すべき話題ではないことも。
────しかし。
(…………マズいな、どうも、気が緩んでる。
”うっかりする”というか、なんというか)
と、胸の内で呟きつつ、こっそり鳴らす喉。
彼はまたも舌を巻いた。
他ではやらない・言わないことが、彼女を前にすると口から滑り出してしまう。
『うっかり』してしまう。
────自分は、スパイとしてここにいるのに。
(……気が緩んでる。しっかりしないと)
と。
エリックが胸の内で舌を巻く、その向かい側。
ミリアの方はというと
皿が無くなり綺麗になったテーブルの上に目を落とし
────ふう…………
と小さく、息をついていた。
会話のなくなった席の中 見つめる先は木製の机。
じわじわと頭を支配していくふんわり感と満ちた腹の満足度も手伝って、ゆっくりと、少々重たい頭を頬杖で支える。
(……あたまがぽんやりする……)
ぽけーっと気を抜いて、両手のひらでとろん顔を支える彼女。
今にも寝そうな頭の中、ミリアは下がる目じりをそのまま、ぽけーっと気を抜き呟いた。
(……なにげ……
こんなにゆっくりご飯食べたの久しぶりかも……)
ほんわりと、夢心地だ。
満腹感も手伝って、リラックスしているのが自分でもよく分かる。
温かい食事。
芯から熱を帯びるこの感じ。
食べたものがそのまま熱になり、眠りの気配が広がっていく感覚。
(あったかいご飯、最後に食べたのいつだっけ……?
ここんところ修羅場で、乾いたモノしか……
かじって無かったような気がする〜)
などと呟く彼女の思考が
だんだんと、雑音で満たされていく。
人の話し声
店の奥から聞こえる『じゅう……』という炒める音
かちゃかちゃ、こつこつと食器が当たる音
「………………」
目の前にかけているエリックとは、会話がなくなってしまったが
『今』。
特にミリアは、その沈黙に気まずさは感じていなかった。
ミリアは、このまま黙っていてもいいぐらいだったが
ふと。
「さっき」を思い出し、流れるように口にする。
「…………でも…………
24と26かあ〜……、同世代じゃん……」
なにげなく、考えもなしに。
ミリアの口から飛び出したのは、この街で起きた、死亡事件の話。
リラックスモードのまま、リフレインしたように会話の中に頬りこまれたそれに、
「…………だよな」
エリックは逆に表情を曇らせた。
その神妙ともいえる声色に、変わった空気に、ミリアがハニーブラウンの目を向けた時。
彼は、暗く青い瞳に憂いを乗せて、ぽそりぽそりとこぼし始める。
「──……なにを思って
最後の時を迎えたんだろうな。
……その若さなら、まだ親兄弟も健在だろう。
亡くなった被害者のことは知らないけど……
残された者のことを考えると、胸が痛いよ」
「……………………」
「…………自死か、他殺か、わからないけど。
…………どちらにしても、血縁や近しい人間は……
…………辛いだろうな」
「…………へぇ……」
「? なに?
もしかして、”意外”とか思ってる?」
ミリアからこぼれた小さな呟きに、エリックは『自嘲気味』に問い返す。
────それは、無意識。
いつもは使わないトーン。
彼は
散々
『血も涙もないオリオンの息子』
『取り付く島もない』
『何を考えているのかわからない』
など、影で言われてきた人間だ。
それでよかった。
そうしてきた。
言われても
影で言うなら言わせておけばいいと
正面切って申してくるのなら、相手になると
そういう手段を取ってきた。
『挑戦的に鎌をかける』ことはあっても
『わざと同情を引くような言葉を使う』ことはあっても
『自嘲気味に鎌をかける』のは、無かったのである。
──それが『ポーズ』でも
弱みを見せるなんて、彼の手札には存在していなかった。
エリックが
『どうせそう思ってるんだろ』の返事を待つその一瞬
しかしミリアは
『ちょっとそれは違う』と言いたげに首を傾げ、




