4-14「福利厚生chocolate(1)」
生まれ育ったのは違う国。
けれど、今を生きるは同じ国。
当然、口にする話題は身近なものになる。
ミリアは聞いた。
自分の『契約者』となった、エリック・マーティンという青年に、『最近聞いたニュース』の話を。
「……きな臭いっていえばさ、知ってる? 少し前に『同じ日に人が死んだ』って話」
「…………ああ」
「同一犯による殺人事件らしいじゃん? 怖いよねー……」
「…………”同一犯”?」
ミリアの言葉に、エリックは眉を跳ね上げ聞き返した。
彼女の言う事件は『ジョルジャとマデリンの死亡事件』で間違いないのだが、その口ぶりが問題なのだ。彼女は何も知らないはずなのに『まるで断定しているかのようで』、懸念が走りぬける。
あの事件はいまだ『犯人の人数や関連性』までは絞り込めていない。
警察組織に潜り込んでいるベルマンからそう報告を受けている。
(────確かに。……同一犯である可能性はあるけど……)
しかし、その可能性を否定するわけではないのだ。
気になるのは──『どこでそんな決定事項のようなことを聞いたのか》である。
エリックはにじり寄るように距離を詰めると、詰問するかのように口を開いた。
「…………それ、どこから聞いたんだ?」
「? それって?」
「『同一犯による殺人事件』って話。……街の噂?」
「そうそう。結構みんな喋ってるよ?この街で殺人事件なんて、滅多に起こらない大事件じゃん? わたしも聞いたの早かったと思う〜」
返ってきたのは、かる〜い答え。
しかし、それでさらに唸る。
「…………、………………不味いな」
「?」
目を逸らして、喉を鳴らして。
『噂が広がる事によるリスク』に眉根を寄せる。
噂が広まっているということはその分、不安も誤解も恐怖も広がっているということである。
それらをまとめて『興味』といえば聞こえはいいのだが、必要以上の『不安』と、『恐怖』は民の混乱と、暴走を引き起こす起因になる。
──箝口令は敷いた。
が、やはりそれでは抑えきれるものではなかったのだ。
「…………予想はしていた、けど。やっぱり『人の口に戸は立てられない』よな……」
「? ごめん、なんて? 聞こえない」
ミリアから目をそらし、口の中で漏らした言葉に彼女は『うん?』と目を見開き、耳を向けるが、エリックは静かに首を振り目を上げて、彼女に向かい口を開く。
「…………いや。俺も、小耳に挟んだ程度なんだけど。……あの件は、事件か事故か、まだわからないんだ」
「…………ほお……?」
「被害者の情報は? どこまで聞いてる?」
「……若い女性で、年が24……?」
「24と26。共に、住まいのアパートメント前で死亡。転落死と見ている」
「…………う」
「────自殺か、他殺か。まだわからない。どちらも頭部を損傷していて──…………って、こんな話、食事中にするものじゃなかったな」
話の最中。
まともに変わったミリアの表情を受けて、エリックは苦々しくフォローを入れた。それまで『至極まじめ』に聞いていた彼女の眉根に皺が寄ったからだ。
しかし彼女は首を振る。
「……いや、話題ふったのわたしだし……」
「こういう話は、苦手?」
「…………あんまし得意じゃない……」
「……へえ」
確認のために聞いたそれに瞳を閉じて、肩を丸めながら呟く彼女に、エリックは逆に、目を見開き大きく頷きながら声をこぼしていた。
エリックはミリアに『そういう印象』を持ち合わせていなかった。
基本的に快活・勢いがいい『ミリアという相棒』には、苦手なものがなさそうだ。
しかしそれは中身の話であり──『見た目』で言えば、ミリアは『大人しい女性』の部類に入る。
髪は深いブラウン。
両の瞳はハニーブラウン。
長い髪に、柔らかい印象を受ける服装も、大人しそうで女性らしい。
改めて『ミリア』を見つめるエリックの中、蘇ったのは出会った日のこと。
ナンパを追い払った後──手を震わせながら『怖くない』と強がった彼女の姿だ。
(……性格と印象に引っ張られていたけれど、そういえば怖がりなところもあるんだよな)
と思い出しつつ呟く彼の向かい側で、ミリアは何かを逃がす様に短く息をついている。その所作の意味まではうかがい知れないが──彼の眼に『今のミリア』は、とても『大人らしい女性』に映って見えた。
「…………」
突いた頬杖に体重を乗せて、じっと観察する。
記憶がリフレインする。
あの『靴の一件』ではまったくそんな印象など持たなかったし、『ナンパなんて経験ない』という彼女を呆れと納得であしらったのだが──
(────まあ。ミリアは『あまり経験がない』と言っていたけど。こうしてみれば、確かに……、声をかけたくなるのも解るというか)
ほんの少し喉を鳴らす。
あの当時は『なんて女だ』としか思っていなかったし、横から奪い攫うつもりもなかった。靴を投げてきやがった女がこの先どうなっても、構いはしなかった。
しかし。
今は少し────『違う』。
「…………」
「…………?」
当時を反芻し、黙るエリックの視線に気が付いて、ミリアは『すぅ──っ』と大きく息を吸い込んだ。
「………………『意外』って顔してるじゃん」
「────まあ、意外かな?そういうものにも、興味津々でいくのかと思ってた」
「…………わたしにも苦手とかあるんですぅー」
上目遣いに不服を湛えて聞いた問いに、さらりと答えられ、ミリアは組んだ腕を置き背中を丸めて頬を”むくっ”と膨らめた。
何気、彼女も彼女で『これ』に困っていた。
『他者が彼女に対して持つイメージと、実際に自分自身が『できる』物事が、噛み合わない』という実態に。
今まで、何度『え、意外』『できないの!? 嘘でしょ信じられない』と言われてきたかわからない。
『できて当然では?』と真顔で言われたこともしばしばあるし、『できないの? がっかりした』と言われたことも何度もある。
(まあーー、もう慣れっこですけど。そういうの)
エリックからも同じような言葉を受け、丸いテーブルの上、よけた空の皿を横目で見つつ、軽くつぐんだ唇に力を入れて不貞腐れた。
別にエリックに対して気落ちしたわけではないが、ふとしたきっかけで不満が噴出するのは誰でも経験があるだろう。
(……はいはい、どーせわたしは見掛け倒しですよ~。知ってますよ~。でもね? そういうイメージってね? 相手が勝手に持つじゃん? 持つのはいいけど、それ通りじゃなかった場合がっかりするのやめてほしいんだけどな~、わたしのせいじゃないのに~)
完全むくれモードで頬杖をつくミリア。
しかしそんな彼女にエリックが放ったのは──朗らかの中に優しさを交じえた声。
「────まあ、そういうものなんじゃないか? 誰でも、苦手なものの一つや二つあるだろ。…………君は、退屈しないよな」
「…………わたしは遊戯施設か何かですか……?」
────フッ!
ミリアのぽそりとしたつぶやきに、エリックはまた吹き出し笑い出した。
『別に、そうとは言ってないだろ?』と軽口をたたきながら、何気なく。
流れるように彼が呼び寄せ、注文した追加の品に──
ミリアが素っ頓狂な声を上げたのは、このすぐ後の話である。




