4-13「同業他社の売り上げと給料(3)」
「ちなみに、俺の名前は?」
「…………えりっく・まーてぃんさん……」
「……うん、そっちは覚えてくれたんだな?
安心したよ」
「…………まあ…………文字、みてるんで……」
「────なるほど、書けばよかったのか」
(…………だからこれ…………なんの時間……?)
満足げに『よしよし』と言いたげな雰囲気を前に、ミリアの中。
突如現れた『謎時間』が不思議で仕方ない。
ミリアが顔のパーツを横に引き伸ばし、こっそり首をひねるその傍らで
エリックは、満足そうな笑みをスッと戻し、テーブルの向こうから語りかける。
「──で。話を戻すけれど。
…………別に
今回の件がそれらと関与しているとは思っていない。
ただ、”目的が見えない”から、気持ち悪くて」
「う、うん」
突如きりっとした、真面目な顔で言われ、ミリアはこくこくと頷いた。
エリックの切り替わりに若干慌てるが、懸命にその照準を合わせながら聞きに徹する。
「……高騰の原因の相手……、
つまり、集めているであろう人間、だよな?
彼らが
『毛皮と綿とシルクで何をしようとしているのか』
皆目、見当もつかない上……
前回君に話した通り、縫製組合は結束が固いだろ?
……だから、俺としては近日中に、『まず君と一緒に動けるよう』なんとかオーナーに上手く打診するつもりだった」
「………………計画通りじゃん」
「まあね。
……計画した道筋ではなかったけれど
──とりあえず『君について回る口実』はできた。
君について回れば、おそらく
組合内部までたどり着けるだろうと踏んで見ている」
「……まあ、そうかもだけど……」
「舞踏会が終わっても、調査が終わるまで居座るつもりだから。合わせてくれる?」
「…………」
いつの間にか『くそまじめ』。
しかしさらさらと言われ、ミリアは黙って頷き、瞬間的に目を向け切り返した。
「……ねえ、具体的にはどうしたいの?
”ここに行きたい”とか”これがしたい”とか、ある?」
「…………話が早いな。
”君と店が怪しまれない程度”で構わないんだけど。
……やはり、”消えている先”が知りたい」
「………………購入先ってことだよね…………
……う──……ん」
「急がなくていいよ。
今は、舞踏会に間に合わせる方が先だろ?
調査の件は、それが片付いてから、じっくりやろうか」
テーブルを挟んで向こう側。
腕を組み、唸るミリアに、エリックは
固い椅子の背に体を預け、落ち着いた声で述べた。
それは、真面目に考え込むミリアを和ませるためでもあったが
それ以上に
するすると進んだ会話に『また違った心地よさ』を感じて
心がほぐれたのである。
────彼の知る
『ミリア・リリ・マキシマム』という女性は
よく話の腰もおるし
いきなり予想だにしないところから話題を振るし、切り返しに混乱もするが
────流れる時は、気持ちよく流れていく。
それは、彼女に『仕事の話』を聞いた時から、気づいていた。
エリックは述べる。
黒く青い瞳を ミリアに向けながら。
「……大体昼には顔を出すようにするから、君も予定を合わせてくれる?」
「……わかった。
わたしも、それとなく聞いてみたりしてみる」
「……ああ、頼むよ。
……怪しまれないように、な?」
『内緒だぞ?』と言わんばかりに
口元に人差し指を当て『し────』っと微笑むエリックに、ミリアはこくんと頷いて────
そして、次の瞬間。
彼女は思いついたかのように、エリックに向かって話題を振った。
「…………あ、ねえねえ、そーだ」
「うん?」
思いついた、『その話題』は
ミリアにとって、それは『ただの噂』。
しかし
「……きな臭いっていえばさ、
知ってる?
少し前に”同じ日に人が死んだ”って話」
「…………ああ」
────彼にとって、それは
『統治する場所で起きた、不穏な出来事』。
何気なく話題に出され、エリックは声のトーンを落として相槌を打つ。
そんなエリックの感情の機微まで読み取ることができず。
ミリアは、話のタネを広げるように、話し出したのだ。
「同一犯による殺人事件らしいじゃん?
怖いよねー……
事件現場って離れてるのにね?
どうやったんだろ」
「…………”同一犯”?」
ミリアから出た、その一言に
エリックの黒く青い瞳が、鋭く光ったのであった。




