4-13「同業他社の売り上げと給料(2)」
言葉を真剣に聞き入り、言葉を繰り返す彼女にエリックは目を向けた。その黒く青い瞳の先で、ミリアは
──ハニーブラウンの瞳を、迷わせている。
”どうしようかな”
”うーん”
”どうしようかな”
という葛藤がありありと見える中
彼女は、はちみつ色の瞳を泳がせると、一点。
エリックの暗く青い瞳を見つめ、瞬時にきゅっと眉を寄せ、ぽそぽそっと早口で
「……うーん、聞いて大丈夫なら?」
「────へえ? 意外に慎重なんだな?」
不安の混じったその声に、エリックは逆に目を見開いた。
彼の『予想していた反応』は、そのまま彼の口から流れ落ちる。
「そこは、『きくっ』って前のめりになると思ってたんだけど」
「…………ううん、世の中さあ
”知らない方が幸せ”ってこともあるじゃん?
”聞いちゃいけない情報”ってやつ、あるじゃん?」
「例えば?
納めた税金の行方とか?
貴族社会の裏事情とか?」
「………………いや、えと…………」
間をおかず、ぽんぽんと例をぶつけるエリックに、ミリアは言い淀み肩をすくめた。
そこまで大きなことではない。
そんな事柄を出されると気が引けるが、ここではぐらかすのも『なんとなく、出来ない』。
彼女はテーブルの上、自身を抱きしめるように置いていた腕の、肘の辺りを掴む指に『ぐっ』と力を籠めつつ、口を開く。
「…………あの~、ほら。
よく行くお店の店員さん同士の話とか。
流行りのジュースの粗利とか原価とか。
…………同業他社の……売上と給料とか…………」
「…………それは……、
──フッ! 君らしい発想だな?」
「馬鹿にしてるでしょー!」
早口でどんどん尻窄みになっていったそれを笑われて
ミリアは瞬間的に頬を膨らました!
『むっ』と眉を寄せ彼を見射り、前のめりで口を開く!
「あのねえ!
わたしはキミのよーに常に貴族様とお話ししてないの。来るお客様の、7割は一般の人なのっ。
うちの売り上げの割合みる?
リメイク4割、スタイルアップと業務提携とで3割、婚礼のドレスが1割! 残り2割が、貴族様のドレスとか小物と着付けだよ?」
「……馬鹿になんてしてないよ。
どちらかというと、『可愛らしい』と思った……かな?」
「…………いや、ばかにしてるじゃん……」
「……いや?
でも、そう捉えたのなら、悪かった」
ジト目の彼女に、静かに首を振り謝るエリックの前。
そのジト目を切り替えて、ミリアは若干不安を漂わせながらも、さらに問いかけた。
「…………で、”きな臭い”……って?
……それ、わたしが聞いても大丈夫なやつ……?」
「……まあ、大丈夫だよ。
そうじゃなければ、ここまで話したりしない」
平常トーンで答える彼の前、しかしミリアの姿勢は少々強張っている。
自身を、腕ごと抱きしめるように肩をすくめながら
‷しかし、聞きたい”を漂わせるミリア。
珍しく足踏みをしている様子の彼女に、エリックは
それを吹き飛ばすかのように、小さく笑い捨て、
────『くだらない』と、言わんばかりに頬杖で『怪訝』を支え、言い放つ。
「…………『国家転覆を企む組織』だとか
『高位貴族から爵位剥奪を狙う貴族連中』だとか
『兵器や武器を集める反乱軍の存在』だとか
昔から、どこにでも転がっているような噂話だから」
「……こっかてんぷく……
穏やかじゃないじゃん……」
「まあ、”ただの噂”だけどな。
職業柄、そんな情報ばかりよく入ってくるんだ。
…………うちの旦那様は、”盟主”だから。
それも掴んでおかなければならない」
述べるエリックの声色が、自然と『真面目』に落ちていく。
ありとあらゆることを思い浮かべながら、エリックはそのまま言葉を続けた。
「全く知らないのと、認識している状態では、そのあとの対応が違ってくるだろう?
…………皮肉なものだけど」
「……うーん……
……メイシュさんも大変だぁ」
「…………」
(…………”盟主さん”…………)
その一言が。
話の流れで表情険しく、オーラを放つエリックを別の方向から刺激した。
思い出したのである。
先ほど、彼がビスティを訪れてすぐ。
ミリアが噛みまくった────『盟主』の名前の件。
自分の名前を憶えていないこと。
その時は受け流すしかなかったが────
”今は 違う”。
「………………」
瞬時の目配せ・凝縮した思考。
彼は素早く姿勢を正し
そして言い放った。
「────ミリア。
”オリオン盟主”」
「? 盟主さん?」
「”エルヴィス・ディン・オリオン”」
「……? オリオンサマ?
が、どうしたの?」
「『どうしたの』じゃないだろ?」
いきなり名前を出されて首をかしげるミリアを前に、エリックは息を吐きつつ首を振った。
『どうしたの?』じゃないのだ。
彼は盟主『エルヴィス・ディン・オリオン』。
その相棒(正体を知らない)が、盟主の名前を憶えていないなんて『あり得ない』。
────覚えてもらわねばなるまい。
「……君、彼のフルネームを憶えていないだろう。
俺が教えるから、今覚えて。
繰り返してくれる?」
「────へっ?」
(い、いま??)
言われ、素っ頓狂な声を押しこみ目を丸めるのはミリアである。
『うんっ?』と唇を平たく伸ばして力を籠めるが、しかしエリックはお構いなしだ。
「はい、”エルヴィス・ディン・オリオン”」
「……え、えるびすっ、でぃんおりおん、さん」
「”Elvis din orion”」
「……エルヴィスディンオリオン……さん?」
「はい、初めから?」
「……えるびす……でぃん……おりおん……」
「そう。じゃあ、もう一回」
「……えるびす。でぃん。おりおん……」
「うん、そう。
”Elvis din orion”。
これで覚えたよな?」
「…………覚えましたけれども……」
「────はい。よくできました」
(……え……?
いまこれなんの時間……?
お勉強の時間……???)
とても満足そうに、深く、頷くエリックを前に虚空を見つめ、疑問符を浮かべまくる。
突如訪れた復唱の時間。
思わず繰り返してしまった盟主の名前。
(────いったい、なにがどうなってこうなったのか……?)
満足げな彼とは対照的に、ミリアの脳みそは混乱の最中にあったが
エリックは、待ってなどくれなかった。




