4-13「同業他社の売り上げと給料(1)」
木を隠すなら、森の中。
人に紛れるのなら、人混みの中。
そして、会話を隠すなら────ざわめきの中。
彼、盟主『エルヴィス・ディン・オリオン』は
身分を、立場を隠し、名を偽り
ざわめきの中に溶け込んで
青年『エリック・マーティン』として
協力者・服飾工房のミリアと会話を楽しんでいた。
エリックは、ミリアに囁く。
テーブルの上で腕を組み、密やかな声が聞こえるよう、距離を詰めて。
「……端からみたら『仲のいい恋人同士が語らっている』ようにしか見えないよ。
だから君も、それらしい顔で聞いてくれる?」
「…………」
言われ、彼女は考える。
(『それらしい顔』……?)
きゃるん♡
うるるっ♡
しゅきっ♡
「…………やりすぎ。
普通にしてください」
「ちゅーもん多いなあ!」
そこはビストロ・ポロネーズ、店内。
エリックの苦言に、ミリアは瞬発的に言い返していた。
その雰囲気は、確かにエリックの言う通り。
『盟主貴族とお付きの女性』には見えないし『スパイと協力者』にも見えない。
ただの『仲の良さそうな男女』である。
まばたき140%増量の彼女に、困惑の笑みを押し込んで、エリックは彼女に向かって頬杖を突いた。
その指先は緩やかで、『呆れ』というよりは『挑戦的で愉快な感情』を表しているが、エリックは気づいていない。
しかし、彼のトーンは素直に気持ちを語る。
「君なら表情も上手く作れると思ったんだけど?」
「──じゃあ、真面目接客モードでお伺いします♪」
『できるだろ?』という視線・声色に、ミリアも調子よく切り返した。
彼女の中で、モードが切り替わったのを感じ、エリックは、カラの皿を音もなく押しのけ
すぅ……と身を寄せると
あたりを窺い──口を開いた。
「…………今の調べだと
不自然な値上がりは、ただの買い占めが原因では無いと踏んでいるんだ。
君の言う通り、例年この時期ぐらいから売り上げは伸びているんだけど、今年は……おかしくて。
春から需要が伸び始めていることがわかってきた」
「…………はる?
……シーズンオフの時期……?」
「────そう。
この高騰の原因を作っている奴は、一般的な消費が落ち込んでいる時を狙ったんだ。
『季節的に見向きもされなくなった頃合い』を狙って、じわじわとな。
突発的な買い占めや、無計画なものでは無いと考えたほうが自然だろ?」
「…………うん」
途端に変えた雰囲気に釣られ、トーンが変わったミリアにひとつ、目配せをして
エリックは続ける。
「加えて、綿とシルクの値も上がって来ている。
……これは、推測なんだけど
『冬に向けて、何かを準備している』と考えるのが自然だと思わないか?」
「………………毛と、めんと、しるくで……?」
「……そう」
「…………毛皮パーティーでもひらくの……?」
「──そんな、可愛らしいものならいいけどな」
ミリアのお気楽な意見を、エリックは自棄気味に吐き捨てた。
彼女の意見に苛ついたのではない。
『その後ろにあるかもしれない推測』に、気が立っていくのだ。
しかしそれを、彼女にぶつけるわけには、いかない。
ぶつけたところで、彼女が困るのは明白だからである。
ジワリした苛立ちを、僅かに寄せる眉根に込めて
エリックは、テーブルの上に腕を置き
軽く握った拳を見下ろすと
小さく、息をつく。
「……シンプルに考えれば、そうなんだろうけど。
近年、きな臭い話も聞くから、安易に考えられなくて。
……旦那様も、恐らくそれを警戒しているんだろう」
「………………”きな、くさい”」
「……聞く? ただの噂だけど」
「…………」




