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1-8「エリック・マーティン(1)」



 男は、自分に自信があった。




 身体能力はもちろんのこと、容姿にも絶対的な自信を持っていた。

 彼が微笑みコナをかければ、女はうっとりと彼に身を委ね酔い始める。むしろ、黙っていても寄ってくる。




 容姿端麗、文武両道。

 スタイルだって抜群にいい彼に、うっとりとしない女など今までいなかった。



 ──────しかし。





「……………ぃぁく、だ…………!」

「なにー?」

「なんでも」




 カウンター外。

 窓際に置かれたソファーの上。


 

 ガラスの向こう側

 外の閉まった店舗を背景に、足組みしながら毒づいて

 

 ぶっきらぼうに答えるのは黒髪の青年”エリック”だ。



 カウンターの向こう側で背の高い丸椅子に腰掛け

 何食わぬ顔で針を通す服飾工房の女”ミリア”の顔も見られない。



 彼女を見るたび思い出す。

 先ほどの────”盛大な勘違い”。




(…………最悪だ。赤っ恥もいいところだ。

 コルセットを解きながら言うセリフじゃないだろ、

 ……は────っ……!)





 今にも飛び出そうなため息を喉の奥で潰すエリックの中。



 脳内に蘇るのは、彼女の微笑みと『脱いで』。






 徐々にほどけていくコルセットベルト。


 誘うような視線、物言い。


 耳から本能を刺激する甘い声。


 完全に勘違いをする態度・雰囲気────





 ────を醸し出していたくせに『ボタン取れてる』と来たもんだ。



 完全に硬直する自分の前で、ミリアは


 『だってコルセット苦しいじゃん。仕事の邪魔』


 と、さも当然の様に言い放ち、ストールでウエストをきっっっちりと締め上げ、ベストを回収していったのである。






 ああ、勘違い。

 そして、すぐには帰れない。

 ベストはまだまだ返らない。


 その居心地の悪さと言ったらない。



 完璧に誤解した自分が恥ずかしい。

 しかしあれは無理もない。

 あんなところでコルセットベルトを外すな。



(〜〜〜〜〜〜〜ーっ…………!)



 恥ずかしさと自己正当と。

 内部葛藤を繰り返すエリックを気に留める気配もなく、ミリアは

 


 ────慣れた手つきで、ボタンに針を通している。




(────…………ボタンが付いたらすぐに帰る)




 いまだ、沸々と湧き出す羞恥を表情筋で閉じ込めながら、ふうっと息も短く横目でちらり。



 エリックは頬杖で口元を隠したまま、ぶっきらぼうに声を投げた。




「…………まだなのか」


「ボタンは終わってる〜けど、」

「けど、ナニ」


「裏地が破れそうになってるから、ついでに補強してる~」

「……………………」



 さらっと言われて言葉に詰まる。

 …………確かに、そこは気になっていたところだったからだ。



 彼の中、一刻も早く帰りたい気持ちと、そのまま任せてしまいたい気持ちが混じりあい────……


 一瞬の間のあとで。

 彼の脳が拾い上げたのは、次の言葉だった。




「………………そこ。

 気になってたんだ。直る?」

「もち!」


 

 問いかけに戻ってきたのは軽快な声。

 彼女はふふんと一つ笑い、緩やかに首をかしげると、

 


「……まあ~「助けてくれたお礼」に?

 ……ほらー、荷物まで持ってもらっちゃったしねー」


 縫い合わせる指は止めずに、軽い口調で言う。




「…………、いや、別にそれは」

「ああ、別途サービスしたらいい? 

 うぅーん、それは困るなあ~」



 困惑の自分に戻ってきたのは軽~い言葉。

 言ってもいないことまで言い、自己完結するミリアの手の動きは軽やかだ。


 

「……こちらも商売なのでっ。

 サービスばっかりしてたら、あっという間に干上がっちゃうもん」

 

 

 『ふふふん』と冗談交じりの言葉に、エリックはこっそり息をつく。



 そして、眺める彼女の手元から、ざらりと周りを見渡して、



(────まあ

 こういうところに勤めているぐらいなんだから、これぐらい……、ん?)



 そこまで考えて。ふと。

 思い浮かんだ疑問は、エリックの意識をすり抜けて、素直に滑り出していた。


 

「…………君は、”縫製師”?」

「ううん、わたしはスタイリスト。

 着付け師ともいうよね」



 何気ない質問に、テンポよく返ってくる返事。

 彼女はベストの裏地に糸を通しながら、言葉をつづける。

 

 


「ドレスって、一人で着れるわけじゃないからね。

 家で着せてくれる人がいないお客様もいるわけ。


 あとは、提案もするよ。

 この店は『お客様に似合う服』を提案して、作るところなの。


 この街(ここ)って、ファッションの聖地じゃん?

 バリエーションもあるでしょ?



 流行りはあるけど、それでも種類が多いから

 『似合う洋服がわからない』

 『どんな色を合わせたらいいのかわからない』

 『どれを着たらいいかわからない』って人も多くて」


 

 言うミリアは饒舌に、顔を上げて話をつづける。


 


「そんな人たちに好みを聞いて、

 似合う色や形を提案して、

 ”爪の先から頭の先まで

 さいっこうに似合うスタイルを提案する”

 それが、わたしの仕事。

 

 …………さすがにヘアメイクはできないけどっ。

 あと、メイクもっ」

 


「……てっきり針子かと思ったけど」

「ああ、買い物のこと?

 買い物や買い付けにも行ったりするの。

 さっきは、足りない布とか買ってきた。

 

 ここの棚、布や糸で綺麗でしょ?

 インテリア兼在庫ストック棚にしてるの。

 後ろで布使っちゃって歯抜けになるとみっともないのよ~」




 困ったように言いながら、ミリアは肩をすくめながら糸を引く。

 滑らかな手元で『スッ』と小さく、糸が通る音がする。




「──で、まあ

 お直しとか、小物づくりもやってるわけで。

 わたし、受付窓口だから。

 これぐらいはできるようになるよね~職人さんたちは忙しいから」

 


 

 彼女は手元の糸をすぅ──っと引き上げ、小さなハサミに手を伸ばした。

 その手元、”プツっ”と切れる糸の様子、”ことり”と置かれる小さなハサミ。



 仕上がりを察して立ち上がるエリックを前に、彼女は軽くボタンを指で引っ張ると、続けて、布地を返して、もう一度。



 縫い目を撫でて仕上がりを確認し────

 こくりと頷き、ベストを差し出し、顔を上げた。





「────はい、完成。

 ボタン、割れてたから新しいの着けといた」


「…………割れてた?」

「うん、もうね~、限界ギリギリって感じでついてたから、交換しちゃった」


「…………悪いな、ありがとう」

「いえいえ、お安い御用ですとも」



 答えてミリアは首を振る。

 彼女にとっては本当に簡単な事なのだろう。




 カチャカチャと音を立てながら道具をしまう彼女を横目に、エリックはベストの内側に目をやった。

 破れかけていた箇所は、色を合わせた糸できちんと縫い付けてある。




「…………縫い目、綺麗だな」



 その仕事に、自然と漏れる感嘆の言葉。

 返ってきたのは、陽気な笑い声だった。




「そりゃーねっ、うちの職人には負けるけどっ」

「薄くなっていたのには気づいたんだけど……

 なかなか、手が回らなくて。

 ……こんなに綺麗に直るとは 思わなかったよ」



「裏だし、薄くなってるところを中に織り込んで縫っただけだよ。

 本当なら 一本一本、糸を絡めて紡いで差し上げたいところではあるんだけど……

 時間かかるんだ、あれ」

「……いや、十分だ」



 カウンター越し、肩をすくめる彼女に小さく首を振る。


 「そっか」と小さく笑うミリアの前、エリックは何気なく辺りを伺い





 口を開く





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