4-9「Mrs,ベレッタ(3)」
「…………お願いしようかしらぁ」
「そうそう、お願いしようかしらぁ。
────って、オーナー!?」
のほほ~んとした調子で述べられた、想像と逆の言葉に驚き声をあげた!
(な、なんで今そうなった!?
なんでそうなった!?)
と、混乱する彼女をを蚊帳の外に。
エリックは喜びを込めた笑みを浮かべ、
「…………ありがとうございます、オーナー」
「いぇいぇ、助かるわあ」
交わす握手、二人の間に流れるにこやかな雰囲気。
(ちょ、え? なんでそうなった!?)
そして、それについていけないミリアが
一人、愕然と目を向ける中────
その視線に気づいたベレッタは、くるんと向き直り、そして問いかける。
「ミリー? アナタ、お昼は食べたの?」
「…………エ、……えーと」
突如、向けられた質問に。
気配を察知して、反らす瞳。
しかし、
彼女が醸し出す
『やばいっ!』を察知して、口を開いたのは────オーナーではなく、エリックだった。
「ミリア……その顔は、食べてないだろう」
呆れ混じりの一言に
「………………食べたもん」
ぽそっと返す、苦し紛れの一言。
エリックが送る視線には
『食べてないよな?』がにじみ出て
ミリアの表情を、笑顔に硬質化させる。
「……ミリア。何を食べた?」
「乾燥とまと」
「……”乾燥トマト”? それだけ?
他には?
食べてないって言うんじゃないだろうな?」
「食べたよ?
乾燥トマトの他に、ドライトマトを食べたよ?」
「…………それ。同じだろ」
「売ってたお店が違うので、別物です」
「売っていた店が違えば”違うもの”になるのか?」
「そうであります。
塩味とジンジャー味があります。
ジンジャーの方が高い。別商品です」
「…………98%は同じだろ」
「残り2%は違うじゃん?」
「…………ミリア。ちゃんと食事は摂ってくれ」
昼のビスティー、店内で。
ナチュラルに始まる押し問答。
互いに正面から姿を捉えつつ、次なる一手は彼女の方から放たれた。
「摂ってるじゃんっ。
それ言ったら、トマトスープとトマトソースのなにかだって素材は同じになりますよね? あれはしっかりとした食事と言われるのに、なぜ? なぜ乾燥トマトはだめなのかっ!」
「量とバランスの問題だ。そんな量で、”まとも”だとは言えないよな?」
「少ない量でもたくさん食べればまともになるんです! レタスたくさん食べたらサラダになるじゃん!」
「『き・ち・ん・と』食事を摂ってくれ。
……まったく、口の減らない」
「それこっちのセリフだしっ」
「ミリー???」
「──────はいっ!」
後ろから、オーナーのベレッタに声をかけられて。
ミリアは、ぴくんと背中を伸ばして跳ね上がる。
(…………しまったぁ……!
オーナーがいるの忘れてたっ!)
まるで、悪戯がばれた子供の様に
ぎぎぎっと首を動かし振り向くミリアに
オーナーはしかし『仕方ない子ね』と言わんばかりに指を振ると
「と・に・か・く~
ミリー、ご飯、食べていらっしゃい?」
「…………でもオーナー……!
わたしだけってのは申し訳ない……!」
「ピィも、ハニーもきちんと休んでいるわ?
ミリー、あなたが一番休んでいないの。
働いてくれるのは嬉しいけれど、アナタが倒れたら困るのよ?」
「…………ハイっす……」
「……同感だ。君が倒れたら、どうするんだ?」
「…………倒れないし」
オーナーには素直に頷き、エリックには反抗の言葉を返す。
ミリアの中で、オーナーとエリックならば、オーナーの方がはるかに格上だ。
そして彼女は、こっそりと両手を握りながら、
(…………うぅん……
この、我が家が敵地になる感じ……)
決して敵わないオーナーと
やたらと小うるさいエリック。
二人に囲まれて、ミリアは顔のパーツをすべて引き延ばしたような顔つきで黙り込む。
気分はまるで、親と先生に挟まれた生徒である。
居心地の悪さといったら無かった。
そんな彼女の様子に気づくことなく。
心地よく交渉を終えたエリックは、オーナーに微笑むと
”……さっ”と
ナチュラルに
ミリアの腰に手を回し、声をかけた。
「────では、オーナー。
少しの間、彼女をお借りします」
「ハァイ。よろしくお願いしますね〜」
機嫌のいい、エリックの声と
伸びやかな、オーナーの声と
「ちょま、
あの、うえすと」
ちっともご機嫌でも伸びやかでもない、ミリアの、ぎこちない声。
ごくごく自然に『すっ』と伸びたエリックの手に
ミリアはウエストをよじり、
「チョ、ねえ、
あノ、
ワキバラ、ちょっッ」
「…………ん?」
「『ん?』じゃない、ワキバラを、ね!?」
「……? なに?」
ミリアの戸惑いに、エリックは心底不思議そうな目を向け首をかしげる。
彼は貴族だ。
舞踏会や夜会で、女性の腰を抱くなど息をするようにやってのけるのだ。
──しかし、それは、ミリアにとっては『異常』な振る舞いであり──
(イヤあの、おにーさん??
いきなり腰とか抱く?? そこウエスト??)
と、ミリアが渾身の『疑念の目』を向けようとした、その時。
「ミリー?」
「はい?」
オーナーの、凛とした声が
背中に力を籠めまくっていたミリアの気を反らし
「…………くれぐれも粗相のないようにね〜?」
「そそう?」
オーナーの突然の言葉に
今度は、ミリアが不思議と言わんばかりに首を傾げるが────
「……酷いな〜、オーナー。
わたしが粗相なんてするわけないじゃんっ?」
フフッと笑い、肩をすくめて言い返す。
ミリアは、知らない。
今、自分の隣にいるのが、盟主であることを。
さんざん文句をぶつけた、盟主本人であることを。
彼の言う『食事』が、罪滅ぼしであることを。
オーナーの声掛けで、少しばかり力の抜けた肩を抱き
くすりと微笑むエリックは、空いた手で扉を開ける。
「────じゃあ、ミリア。行こうか」
「……ちょっとまって!」
”ぎっ”と音を立てて扉を押し開けた瞬間。
ミリアがつんのめり、焦った声をあげた。
そして彼女は、くるんと顔を向け、エリックを見上げながら問うのだ。
「……えと……顔だけ洗ってきてい?
やばい自覚ある……」
「…………フ!
ああ、行っておいで。
待ってるから」
「────ごふん!
あ~、うん! ごふんまってて!
顔洗って、外いける形になってくるから!」
くすりと微笑むエリックを背に、
ミリアはパタパタと音を立てながら店の奥へと消えていく。
(……何食べよう? 鳥食べたい!)
と、胸の内で呟きながら。
#エルミリ




