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4-9「Mrs,ベレッタ(2)」






(────……やばい……

 さっきの聞こえてなければいいんだけど……)

 


 ──と、高速で自分の発言を思い出し、たらりと垂らす、一筋の汗。





 先ほどまで、エリックの『オーナーに対する態度』もひそかに不安要素ではあったのだが、それが抜けた今。



 彼女の中で渦巻く不安は

 自分がぶちまけてしまった『エリックに対する物言い』だ。






 オーナーが裏にいることも忘れ、思いっきり述べてしまった不平不満。



 先ほどの大暴れが聞こえていなければ幸いなのだが

 聞こえていたのなら、まず間違いなくお咎めを食らうだろう。





 ────それを


 想像し


 頬を 固め




 ミリアが胸の内

(おにーさん、頼むから余分なこと言わずに帰ってくれ~!)

 と思う中。



 オーナーと握手を交わしたエリックは

 彼女の皺のある手をもう一度、親愛をこめて握り返し



 手のひらを自らの胸元に手を添え、微笑むと






「……ミリアさんから話は聞いているかもしれませんが、


 (わたし)此度(こたび)開かれる舞踏会の主催者

 エルヴィス・ディン・オリオンに仕えております。


 ……この度は、我が(あるじ)がご迷惑をおかけしているようで、大変申し訳ない」




「いぃいぇ。良いのですよ〜。

 それも、ワタシたちの勤めですから。

 ねぇ、ミリー?」

「…………そうソウそう。

 あのね、いくらデスマーチでも、やるので。

 へいきですので。」




 流れるように始まった自己紹介に、ミリアはこくこく頷く。





 しかし、その若干固めの口調で察したのか

 オーナーのベレッタは”くるん”とミリアに向き直り、




「ンもぅ、お客様に愚痴をこぼしたのー?

 ミリー?」

「………………このひとお客様じゃないもん」


「コラ、へりくつ(・・・・)

「う。……スイマセン」




 ”つん”っとおでこを突かれ、ミリアは”うっ”と顔をひそめた。

 突かれたおでこを恥ずかしそうにスリスリと擦りながらも、滲み出るのは『反省の色』。




 ミリアは、敵わなかった。

 そして、とても慕っていた。





 マジェラからはるばる国を超えて、

 飛び込んできた自分を雇ってくれたオーナー。




 その懐の大きさと

 穏やかでいて、それでいて上品で。

 ”自分のしたいことをしている”、凛とした女性。



 オーナーは、彼女の憧れだった。  

 





 ミリアと、ベレッタ。

 間柄はまるで親子のようで

 『ンもぅ』と怒るベレッタに、ミリアはしゅんと眉を下げる。




 そんな、二人の横から。



「…………えぇと、オーナー」



 ゆっくりとした口調、

 落ち着いた面持ちで、エリックは声をかけた。






「…………突然のことですみません。

 …………忙しいのは重々承知しておりますが」




 ミリアとベレッタの視線が集まる中

 エリックは整った顔を柔らかに彩ると

 

 ベレッタを敬うような所作で小首をかしげ





「……彼女────、

 ミリアを、少し連れ出しても構いませんか?」

()っ?」



 飛び出した提案に、ミリアは大きな声をあげた。




 ぎょっとした顔で目を向けて、

( なに 言 う て は る ん で す か )

 と眼力(めぢから)で訴えてみるが



 エリックの表情は、変わらない。




「…………彼女は随分と疲れているようだ。

 聞けば、二日家に帰っていないとか。

 彼女には世話になっているし、なにより、この忙しさは(わたし)の主人のせいでもあります。


 オリオンの家に仕える者として、せめて食事をご馳走したい」

「いやあの待って!?」



「良いものを仕上げるために。

 より良い仕事をするために、適度な休息が必要です。

 いかがでしょうか?」

「アラぁ」

「ちょ、まって!」




 エリックの、突然の提案に

 ”きょとーん”と頬に手を当て相槌を打つオーナーを尻目に、誰よりも慌てふためき勢いよく声をあげるのはミリアである。



 寝耳に水もいいところだ。

 彼女は『好青年スマイルを浮かべているエリック』に”ぐっ”と詰め寄ると、慌ててその肘のあたりをつまみ、




「ちょ、ちょっと何言ってるの!?

 さっき修羅場って言ったじゃん!」



「……だからだよ、ミリア。

 君、自分の顔は見たのか?

 相当疲れた顔してる。

 その状態じゃあ、ミスするだけだ」


「じゃあ納期どうすんの!

 今この時間だって惜しいって言うのに!」

「…………ああ、それを今、言おうと思って」





 言うミリアのその前で、エリックはくるりとオーナーに向き直り、『自分を、売り込むように』微笑むと




「……どうでしょう、オーナー。

 彼女を連れだして後れを取った分、私がフォローに入るというのは」

「はっ!?」



 まともに驚くミリア。

 しかしエリックは崩れない。



「手先の器用さには自信があるんです。

 ──……とは言っても

 いきなり来た男に、売り物のドレスを触らせるのには抵抗もあるでしょう。


 ですから、……そうですね、

 ”彼女の助手”というか。

 ”見習い”として。

 お手伝いさせていただきたいのです」



「…………ちょ」

「単純に手が増えるだけで、作業の進みは大幅に良くなります。

 布のカットでも、なんでも言ってください。

 それが駄目なら、”男手として”。

 力仕事に使ってくれても構わない」

「…………アラぁ……」



 エリックの口から、淀みなくさらさらと出た提案に

 オーナーのベレッタの口から洩れたのは、感心のため息だった。


 ────しかし。



「ちょとと、まっ! 待ってよっ!

 ありがたいけど、無料(タダ)ってわけにいかないじゃん、ねえオーナー?」



 慌てふためくのはミリアである。

 眉を下げ手を広げ、『あらまあ』と考えている様子のオーナーに話を振る。



 ミリアは決して、彼が邪魔だと思っているわけではない。


 その申し出はありがたいとは思うのだが

 しかし、正式に『一人分』賃金が増えるとなると、別問題なのだ。


 金銭勘定もしている彼女には、それがよくわかっていた。


 


「……そぅねぇ。

 けれど……ウーン。

 もう一人雇うお金はねぇ……」


「でしょ?

 ────ほら、おにーさん。

 気持ちはありがたいけどさ~」



 うなるオーナーを庇うように、困り顔で眉を下げる彼女。



 その内心で

(キミが勤めてるお屋敷じゃないのよ、ここはっ)

 と、密かにむくれているのはここだけの話である。



 ────しかし。


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