1-1「あなた、新興宗教の人なの?(2)」
(──────はぁ──────っ……)
その状況に。
さっきからやかましいナンパ男に。
腹を決めたミリアは、渾身を込めたハニーブラウンの瞳でヤツを正面から睨み返して言い放つ!
「要らない要らない、そういうの迷惑。
わたし、これ、買い物帰り!
見ればわかるでしょ?」
キッパリはっきり言い切る彼女が次の文言を喰らわせるべく、見せつけるように動かすのは右腕の紙袋だ。同時に左手の麻袋をぐいっと持ち上げ見せつけると、
「重いの、これ。結構な重さなの。
こんな状態で『あら嬉しい♡ じゃあ、焼き菓子でも食べちゃおうかなあ♡』ってなると思う?
なるわけないじゃん!
ならない! ならないよ!」
身振り手振り、一人芝居も交える彼女。
その勢いは『絡まれている大人しそうな女性』というよりも『説教をかます母親』である。
色気も何もあったものじゃない。
意見を述べているのか煽っているのか分からないミリアの態度仕草に、ナンパ男の眉がピクンと跳ね上がったのを、知ってか知らずか。彼女は左腕の麻袋から手を離し足元に置くと、自らの胸を押さえ
「まずさあ、誘う相手が間違ってると思わない?
わたしみたいな荷物抱えた女じゃなくて、他の暇そうにしてるヒトとかに声かけない?
ほら、あそことか! あそことか!
たくさんいるじゃん!」
言いながらナンパ男の背後をぴしぴしと指しまくる。
指された女性からしてみれば迷惑な話である。
──────が。
彼女は止まらないのだ。
「普通、荷物もってせかせか歩いてたら『あ、忙しそうだ』とか思わない? 『声かけても無理っぽいな』とか思うじゃん? 思うよね? まあアナタが新手の宗教とかの客引きとかならわかるけど、そうじゃないんでしょ? 新興宗教の人なの?」
「……い、いや」
「じゃあ声かける相手間違ってるよ!
ずれてるズレてる、的外れもいいところ! 空のかなたに弓を放っても、ただカラぶるだけなの・狙ってるところがちがうの! もっと観察しなよ、荷物抱えて帰る女がお茶するわけないじゃん。
……いやまあ?
中には居るかもしれないけど?
でも、わたしはしない・早く荷物置いて楽になりたい!
観察力が!
不足していると!
思います!」
「────っ……!」
一気に早口、論破する勢いで捲し立てられ、ナンパ男の口元が怒りに歪んだ。
女の分際で男の自分にこれだけ言い返すのも腹が立つのに、女の言い分が妙に的を得ているから、さらにムカつく。そして悔しいことに、すぐに反論の言葉は出ない。
歩く姿がいいと思った。
軽い気持ちで声をかけた。
年齢も推定25、6と申し分ない。
大人しそうで、それでいて柔らかそうな雰囲気で、声をかけた時の反応がこのあたりの女の中では抜群に良かった。「これはいける」と、ナンパ男は思った。
……それだけに──
じわじわ沸々と沸き上がるのは『怒り』と『意地』だ。
細身の体。
服の上からでもわかる、ふくよかな胸。
尻や他の塩梅はわからないが──そこは、もはやどうでもいい。
これだけのことを言われて、おめおめと諦めるのは癪に障る。
力づくでも服をむいて、ごめんなさいと言わせてやりたい。
「……この女……いい度胸してるじゃねえか……!」
男は吐き出す声に顔に怒りを滲ませるが……ミリアの目つきは……変わらなかった。
「────もちょっと観察力とか想像力とかつけてきてからの方がいいと思う!
そしてわたしは行かない!
しつこいです! どうぞ他へお回りください!
そこをお退きくださいませ! お出口はあちらです!」
「オ・レ・ガ! 誘ってんのに来ねえのか!」
「はあ!?知らんし!行かないって言ってるで────っ!?」
迫られても怯まぬミリアのその顔に、次の瞬間、緊張が走った。
ナンパ男の大きな手が彼女の腕を掴んだのである。
明らかな怒りが込められたその力に、ミリアが(──やばいッ……!?)と喉を詰まらせた──その時。
「……ちょっと。いい加減にしてくれないか」