4-5「それは小さな綻びのような」(1P)
────はじめは、ほんの些細な違和感だった。
『上の頭の硬さは、どうにもならないのかしら』
と愚痴をこぼすキャロライン皇女に、盟主エルヴィスはこう述べたのだ。
『自分が信じてきた感覚や常識が通用しなくなると、人間は守りに走る』
『実際、そういう場面に遭遇すると、どうしていいかわからなくなることもある』
『経験や常識が通じないと、まともに混乱することもある』
彼の口から、淀みなくさらさらと出たそれは
エルヴィスと幾度となくディベートを重ね、悩みを共にしてきたリチャード王子には不思議に映った。
先月までのエルヴィス盟主ならば、
『……本当にな。あそこの世代がどうにかならないと、うんぬんかんぬん』と愚痴と皮肉を合わせたような文言をこぼしていたはずである。
しかし
それが、変わった。
そして先ほどから。
マジェラのカードを手の内で眺めながら、
僅かに変わっていった、エルヴィスの”雰囲気”。
その、凛としていて冷ややかな空気から漂う、ほのかな柔らかさ。口元に浮かべているように見えた笑み。
基本的に冷静・冷淡としていて
資料に不備があれば忌憚ない意見を述べるし
人一倍暑がりだというのに
今現在も貴族のベストすら脱がない堅物の
その”変化”に
リチャード王子は、声をかけずにはいられなかった。
「…………なあエルヴィスー。
おまえさん、最近何かあっただろ」
「え」
資料を片手に聞くリチャード王子の前。エルヴィス盟主はぴたりと固まり動きを止めた。
一拍 二拍。
彼は、その黒く青い瞳でリチャードを射ると、そのまま
視線を外すことなく、口を開けた。
「────いや、なんで?
特に何もないけど」
「そーかー??
なんだか表情が柔らかくなった気がしたんだがなあ。なあ、キャロル?」
「私に聞かないで頂戴」
「…………」
同意を求められ、ぴしゃっと遮断するように答えるキャロラインとリチャードのやりとりを前に
エルヴィスはゆっくりとまばたきをしたのみ。
しかしリチャードは構わず言葉をつづける。