4-1「 事件かもしれません」(5P)
時は会議中。
調査機関ラジアルのアジトだというのに、エリックの頭の中で叫ぶのはあの時のミリアだ。
『…………困るっ!』
『ねえ、どうしてこうなったのっ!』
『────どうしよう……!』
「…………────」
あの時、いつものお気楽さはどこにもなかった。
真剣に困っている様子だった。
ハニーブラウンの瞳に移った焦りの色。
ぐんと瞳を貫く余裕の無さ。
それらに圧倒されて、喉元まで出かかった言葉が──蘇る。
──『…………だから、』(『なんとかする』)
(…………思い出しても呆れるな。「なんとかする」なんて……一番あやふやで不確かなことを言ってどうするつもりだったんだ)
『あの時の自分』を自嘲気味に吐き捨てる。
このあいだからそうだが、どうにも『自分らしくない』。
今までの自分は、スパイ行為を行う際、情に訴えかける言葉などいくらでも吐いてきた。『助けてあげたい』『特別になりたい』『困ってるなら助けてあげたい』の
欲を刺激し、欲しいものを盗ってきた。
『情に訴えかけることはあっても・情に訴えかけられて、言葉が突いて出そうになった》のは──あってはならないことだからだ。ホイホイと軽々しく情に流されたり、衝動的に動かぬよう訓練を受けてきた。
────なのに。
あの時出そうになったのは『衝動的』で『短絡的』な言葉だ。
────言ってどうするつもりだったのか。
彼女を安心させたかったのか。
それとも気迫に押され口が滑りそうになっただけか。
それらのどれも、今は答えとしてあげられるものではないが────
────『困る!』。
思い出すたびに、心が────焦る。