1-4「総合服飾工房 Vsty」(3P)
「……来たことないんだ?」
「…………ああ、まあね」
「…………ふ────ん……」
追い討ちで投げた質問への反応に、ゆっくりと頷きながら相槌を打つ彼女。
口元はあくまでも「にこやかな笑顔」。
漂わせる雰囲気は「そうなんだ〜」。
しかし、頷く動きに合わせてゆっくりと。
ミリアは、彼の頭の先からつま先までを流し見て────…………
一秒。
あるところだけを静止・凝視すると、サッと目を逸らし、スッと背筋を伸ばして指を組み、グーっと思いっきり伸びあがりながら『言う』。
「──ま、男の人にはあんまり馴染みがないかもね〜。
男性モノの紳士服やコートなんかはテーラーでの取り扱いになるし、そもそも男性向けの総合服飾工房が無いよね。
……うち一応、男性モノも揃えてて、
タイピンやネクタイ、お兄さんが着てるようなベストや襟シャツの扱いもあるんだけど……、さっぱり出ないしね〜」
言いながら、「んんーっ」と 気持ちよさそうにうなり首をぐるっと回す。
そこから流れるように、ミリアは、カウンター下の引き出しからケースに入った商品を抜き出すと、すっと彼の元へと滑らせ頬杖をつき、にこりと微笑むのだ。
「ねね、おにいさん♡
うちのタイピン、いかがですか?
お安くしておきますよ〜?」
「……結構だ。間に合ってるよ」
「……それは残念っ」
静かな返答に、わざとらしく肩をすくめた。
もちろん、これっぽっちも『残念』とは思っていなかった。
こんなセールスで買ってくれるなんて、全く思っていない。
『軽いジャブ』というやつである。
彼の返答に『だよね〜』という雰囲気そのまま、冗談っぽく微笑んで、タイピンをしまい込こみ
くるんと、流れるように
作業台に置かれた巻き糸をいくつか抱えると、くるりと彼に背を向けて────
(……お金持ってなさそうだもんなー
あれはきっと労働階級だな~……)
ぼっそりと、勝手に。
貧乏認定したのであった。