3-12「取り引き」(1P)
──それは、7月も終わりに近づいたころ。
総合服飾工房ビスティーの店内で持ち掛けた『取引』の話。
諜報機関『ラジアル』のボスであり
オリオン領 最高責任者であるその男は、二人きりの店内で
彼女────
ミリア・リリ・マキシマムという着付け師の女に、こう持ち掛けていた。
「────取引をしないか?」
「…………取引?」
カウンターを挟んで二人。
視線交わる、いい距離で。
彼は頷く。
すべての所作に、含みを持たせて。
「────そう。
……まあ、取引というよりも「協力」、と言った方がいいのかな」
言いながら、目線を流して小さく息づぎ。
あくまでも悩まし気な雰囲気は保ちつつ、しかし真剣な面持ちで
彼はミリアのハニーブラウンの瞳を正面から見据える。
「…………さっきも話した通り
俺は、エルヴィス様に仕える使用人だ。
現在は皮革・コットン・絹などの価格変動について調べている。
旦那様は、その原因が縫製組合内にあると推察しているが、なかなか難しくてね。
…………情報が必要なんだ」
「…………うん」
その言葉に、ゆっくりと。
姿勢を正して聞くミリア。
彼女の表情は真剣そのもので
ハニーブラウンの瞳には
先ほどまでとは違う
僅かな、輝きが見える。
彼は言葉をつづけた。
「そして君はシルクや綿の高騰に困っている。
このまま値が上がり続けたら──、
君の生活は成り立たなくなるよな?」
「…………そう、だね、
…………困る」
「──だろ? だから『協力』。
縫製組合は長い間、女性の聖域として機能してきた。その分、結束力が強くて。
…………この先、男の俺がどれだけ動いてmお、欲しい情報を手に入れるのは難しいと踏んでいるんだ。
だけど、見過ごすわけにはいかない」
「…………うん」
使うのは訴求力。
滲ませるのは使命感。