1-3「ここ、ここ。こっちこっち」(4P)
「……ありがとね? あそこ、わたしの職場」
ちょいちょい、と小さな動きで正面の店を指した。
細い彼女の指の先。
石造りの壁に、木製の扉。
向かって左側の窓ガラスの奥には、色鮮やかなドレスとワンピース。
入口付近の観葉植物に『ぴんぴん』とちょっかいを出すミリアの半歩後ろで、エリックは、気持ちばかりに張り出したテントの下────
吊るされたプレートを読み上げる。
「…………『総合服飾工房 Vsty』……」
「ただいま〜」
(…………こんな店があったのか)
と見上げるエリックを横目に、彼女がドアを押し開けて──
”ぎっ。”っと扉が軋む音。
わずかに見えるカウンター。
ミリアの背中越し、開いたドアの隅から光が差し込み
彼が目にしたのは
おびたただしい数の糸。
あるいは巻かれ、あるいは積まれた色とりどりの布。
ふわりと鼻に入り込む、新品特有のこんもりとした匂い。
ガラスケースに入った指輪やタイピン、コサージュやバッグ。
動く彼女に空気が揺れて、閉まりかけている扉の隙間から差し込む光の帯に、毛埃が舞う。
年季の入ったカウンターは、今もつるんと艶やかに。
相反する様に、彼女が踏みしめた床が”ギッ”と軋んで音を立てる。
「……………………」
広がる光景に、エリックは言葉もなく見回していた。
見たことがない世界だった。
ペン立てに刺された大きなハサミ、採寸用のスケール。何に使うのかはわからないが、印が刻まれている紙、とても小さなクッションに無数に刺さる針、奥に見える重りのようなもの────
まさに工房。
「ようこそ
総合服飾工房 Vstyへ」
呆けるエリックを、肩越しに微笑み出迎えたのであった。
#エルミリ