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赤の魔法使い  作者: Oz
6/8

後1


 「お客さんは、どこに」

 「依頼主は、私。ほら、素敵でしょう?」


 お隣さんは、俺の作った魔術具を身にまとってうっそりと微笑んだ。


 「……それでお話とは。」

 「ここで話すのもなんだし、私の家行きましょう。」


 手を掴まれ職場から無理やりに連行される。上司は呑気に手を振ってきたがそれどころじゃない。まずい。先刻のような状況になってしまえばもう俺ができることはないだろう。

 先刻のあれは、彼女の魔力が彼女から洩れ出た結果の出来事。

 依頼主は魔力に自信がある。

 生物を捕獲し、自分に隷属させる魔術具。

 俺に向けられる、鋭い視線。

 度々感じる彼女の狂気にあてられて、嫌な妄想が頭の中を駆け巡る。

 冷汗が止まらない。この掴まれた腕に込められる力に恐怖を覚える俺は、臆病なのか怖がりなのか。それとも、本能は正しいのか。


 不意に沈黙が破られる。


 「今日、一緒にいた女誰?」

 「………え。」

 「あの銀髪の女。随分親しいようだったけど。」

 「あ、うん。」

 「やっぱり親しいんだ。もういろいろしたの?」

 「え?」

 「恋人なの?それともただ遊んでるだけ?ねえ。私は真剣に聞いてるんだよちゃんと答えて。目を逸らさないで嘘を吐かないで」


 ぐっと距離が縮まる。彼女の鋭い視線に射られ、俺は声を発せられない。

 ああ、またこの人は魔力を漏らしている。視界がぼやけ、聞こえる音が自分から遠ざかったような感覚に陥る。鮮明なのは、握られた手の痛み。


 「……やっぱりあの女にすべてを許してしまったのかな。」


 お隣さんは、ぼそっとそう言うと立ち止まった。

 彼女の家の前。

 そこには。

 アリーがいる。


 「私の弟子をあまりいじめないでいただきたいものだ。」

 「あら、でも彼はもう私のものだもの。」

 「彼のほうがそれを許可した様子はない。」

 「貴方も直に分かるわ。私は強いもの。」


 彼女の身に付けられた魔術具が発動の兆しを見せる。赤い光が漏れだす。

 生物を捕獲し、自分に隷属させる魔術具。

 その対象は俺。


 それを避けるべきなのは痛いほどわかった。でも、魔力にあてられた俺の身体は上手く言うことを聞かない。のろのろと射程距離から外れようともがく俺に手を差し伸べるのは、アリー。


 「師匠をこんなにも待たせるとはいい御身分じゃないか。」

 「…状況を、見て言ってくれ。」


 これは不可抗力だ。


 「全く。これだから未熟者は。」


 師匠は俺を横抱きにすると未来視の魔法を瞬時に発動させる。そして何故か俺にも情報が流れ込んできた。

 なるほど。あの時の師匠にはここまで見えていたのか。


 師匠は魔術具からの魔法をかわしながらもお隣さんのいる方向に魔力を流し続けている。


 「…もうそろそろか。」


 その言葉の直後にお隣さんの纏っている魔術具が別の魔法の発動の兆しを見せた。先刻のとは異なる葡萄酒を零したような色味の赤い光が彼女を包む。


 そして、光が退くころには彼女は跡形もなく消えていた。


 師匠が珍しく譲ってくれたあの小さな石たちは、師匠によって込められた魔法を内包していた。生物を捕獲し、それを指定した場所に転移させる魔法。多分。

 それを用意したときには既に師匠にはこの未来が見えていたんだろう。まだ俺は数時間後くらいの未来しか見えない。精度も悪いし。でも、いつかは師匠を超えられたらいいと思う。




 「あの人はどこへ行ったの。」

 「私の知り合いに引き渡した。あいつならあれを上手く使えるだろう。」


 あの膨大な魔力の持ち主を制御できる人が師匠以外にもいるとは。

 ぼうっと考え事をしている俺を地面に下すと師匠は改め俺に声をかけた。


 「さあ、やることはもう終わったんだろう。旅にでも出ようじゃないか。」

 「ああ。」


 勿論俺はその手を取って、歩き出す。


 ※魔法使いの旅は徒歩が基本である。










 その頃、「聖国」から石屋の主人として派遣されたある老人は、隣国から無事帰国していた。



 無属性の色彩を持つ少女と少年を見つけた。そのことを報告すべく、かのお方のいらっしゃる所まで国境を越えてきた。

 それらを連れ帰ることが出来たならこの組織内での私の昇進は間違いないものとなる。そう告げられ急いで帰国したものの、彼らは跡形もなく消え去っていた。


 自分の店に戻ると案の定鍵は開いており、カウンターの上には銀髪の少女が書いたであろう私宛の手紙があった。


 私が「聖国」の手先であろうことは勘づいていたこと。彼女は少年と旅に出るので自分たちを追いかけようとしても無駄なこと。早く聖国など裏切ってしまえ、ということ。


 私には、あの自由そうな少女はあまりに眩しかった。彼女のように所属にとらわれることなく自分の足で自分の行き先を決められたらどんなにいいだろう。

 憧れはするものの、私は彼女のようになるには老い過ぎているし、目下の目標は昇進である。手紙に書いてある旅というのを素直に信じられるほど純粋でもない。


 「……この店もしばらくは休業だな。」


 仕入れを手伝ってくれていた女性にもそう言っておかなければいけないな。なんて考えながら、私は彼らを追い求める準備をする。

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