中1
少女は帰っていき、後には店主のじいさんと俺だけが残された。
「あ、この水晶の代金だけ払っとくね。」
そう言って当初よりずっと少ない硬貨を手渡し何か言われる前に去る。流石にあの少女の技術に値段をつけられてはたまらない。
水晶を胸ポケットに大事に抱えて急ぎ研究所へ帰る。思っていたよりも早かったことを上司に驚かれたが、軽くあしらって作業に取り掛かる。とにかく早くこの作業を終わらせてしまいたい、そんな気持ちでいっぱいだった。
経費は後で報告しよう。机に散乱する紙片に水晶の値段を書き付けておく。
日常生活で身に着けていても怪しまれないような、アクセサリーのような見た目にしよう。石が赤だから台座の金属は銀色のほうがいいだろうか。うーん、金も豪奢でいいような気がする。
が、頭に浮かぶのは先刻であったばかりの少女。
「……銀にしようかな。」
そう決心して決してうまくはない図案の作成に取り掛かる。上司はこの工程を特に大事にしているためこの過程で時間を食うことは間違いない。
とりあえず指輪、腕輪、ネックレスくらいでいいだろうか。足輪は緊急時には使い勝手が悪いだろうから除外する。
なけなしの画力を最大限使って描いた図案を提出した。案の定デザインは悪くないが詳細を細かにと突き返された。そうしたいのはやまやまだが魔法を閉じ込め終えた石を加工していいのかどうか不明なため石の形すら決められない。くそ、こんなことなら加工済みの石に魔法を閉じ込めてもらうんだった。どうしてもカットしなければ華やかさにかけてしまうしその分質素さを増してしまうだろう。台座で華やかさを補うか別の石を追加するか。いや、それだと重量的に良くない。ううう………。
折角予定よりも増えた残り時間はは考えることで終わってしまった。ああ、時間が有限でしかも期限が短いと分かっているくせに色々考えてしまう俺は一体何なんだろう。
一刻一刻と時間は過ぎていくのにいつまでたっても決まらない意匠。何に向けてかは不明だが、罪悪感と焦燥感が増し増しだ。
一端家に帰ることにした俺は、この業務を持ち帰ることの許可を得ることと明日研究所には顔を出さない旨を伝えることを成して仕事場を後にした。
家に入ろうとするとタイミングよく隣の家の戸が開いてお隣さんが顔を出す。
「あら、お帰りなさい!」
そうしてこちらは早く仕事に取り掛かりたいな、と思いながら彼女の立ち話に付き合う。毎回仕事が忙しいから早く終わってくれと遠回しに言ってみるものの、伝わったためしがない。逆に「まあ、仕事がそんなにつらいなら辞めたらいいじゃない。」とか「私が養ってあげるわよ」とか言ってくる。案の定俺はあの子以外の女性と馴れ馴れしくするつもりなどないので適当に流すしかできないのだが。
話がひと段落着くと、次のが始まる前に急いで別れの挨拶と共に家の中へ引っ込む。ああ、この去り際に俺へ向ける目が怖くて、確かに彼女はいい人なんだけど逃げたくなってしまう。全く何をしたらあんな視線を俺に向けることに繋がるんだろうか。恨まれることなど何もしていない。女性はああいうものなのか?
複雑な思いを片付けて家という安全地帯で一息つくと、さっきまで睨んでいた水晶と自分の書いた図案を取り出す。
親指の爪より大きい石は指輪には向かないんだろうか、いや、街で見かける女性たちを見る限りそうでもないようだが。
色々考えているうちに寝ていたようで、しっかりと昨日ぶちまけたはずの資料が片付けられ、石と共に机に鎮座している。不思議と言うか、ちょっとした恐怖だな。そんなことを考えつつもぼーっと考え事をして昨日石屋を訪ねた時間の少し前になるまで時間を潰す。
時間になったようなので、机上のそれらをまとめて帽子をかぶり裏口から外出する。何で裏口から出たかと言うと、ちょっとした勘がそうした方がいいと告げたから。
やばい。体時計的にはもう時間を過ぎているような気がする。とりあえず走って石屋の看板を目指す。
「アリー?いるのか?」
客がいるかもと思って声を抑えてみたものの、石屋には一人しかいなかった。
師匠しか。