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赤の魔法使い  作者: Oz
1/8


 「ペツォ!こっちにおいでよ。」


 俺を呼ぶ、その涼しげな声。

 俺と同じ銀の瞳と赤の髪。


 俺も紅い髪を揺らしてそちらに向かう。


 「すきだよ、だいすきだよ。」


 そう言いながら、その小さな肩を抱きしめる。


 「もう放さないよ、アリー。」


 自由な君は、繋いでおかないとすぐに逃げてしまうから。








 久し振りに夢を見た。もう何年も見ていなかった、幼いころの夢。そこにはもういない彼女がいた。自分と同じ色をもった彼女。

 知れずに流れていた涙を拭う。ぼうっとしてはいられない。自分には役割があり、それを全うしなければ明日への希望は持てないのだから。


 顔を洗ってあり合わせのものを皿に盛る。固くなったパンを取り出し、それらとともに口へ運ぶ。朝の頭が働かない時点でのこの動作はとてつもなく苦痛で、疲労を伴うようなきがする。

 この前お隣さんにもらったスープもなくなりそうだ。またくれたりしないかな。



 職場の制服を纏い、ループタイを首から下げる。どちらも紅色をしており、赤の魔法の研究者だと一目でわかるようになっている。

 そろそろ出かけようかな、と思い扉を開けるとお隣さんがスープの入っているであろう重そうな鍋を差し出して立っていた。

 お隣さんはまだ年若い(といっても自分と同じくらいだろうが)、金髪碧眼の世間的に言えば可愛らしいのであろう少女で、料理が得意らしくことあるごとにおすそ分けを頂いている。いい人だ。


 「これ、作りすぎちゃったの。あなた、これないと死んじゃうでしょ。」


 礼を言いながらその鍋を受け取る。今晩が楽しみだ。


 「すいません、お礼をしたいのはやまやまなんですが。」

 「いいのよ仕事でしょ、行ってらっしゃい。」


 快く送り出してくれる。いい人だと思う。時々視線が鋭い気はするが。





 仕事場に着くと、上司に今月末までが締め切りの新しい課題を渡された。結構急だな。しょうがない、今月は休み返上で仕事に打ち込まなければ。

 課題は魔術具の製作で、生物を捕獲するものと、自分に隷属させるものの注文だった。赤の魔法のほうは問題ないが、魔術具は黒の魔法を使えないと制作できない。したがってどちらも使える俺が選ばれたのだろう。


 何回も使えるようにしてほしい。最低限50回ほど。魔力攻撃で壊れない耐久性が欲しい。持ち運びのしやすい重さがよい。普段身に着けておかしくないような見た目がよい。

 等々制限が多い。とても。


 ため息を吐きたいが、勤務態度が悪いと叱られそうなのでやめておく。ここで文句言ってもしょうがないしな。


 先ずは魔法を閉じ込めるための水晶を入手しないと。古代魔法ならともかく黒の魔法では回数制限がある。何回も使いたいなら込める魔法の数に見合う大きさと質の水晶が必要だ。前回の大きな課題で大きめのは切らしてるから、とりあえず注文しておこう。ああ、でも重さに問題が出来てしまう。大きい水晶ではなく小さくても容量の大きい、例えば、ベリルとか。

 そうなったら買いに走ろうか。うーん、魔法的にはレッドベリルか、無難なところでゴシェナイトだな。どちらにしろ高いものを買わなければ。ううう。



 さっき課題を渡してきやがった上司に石の必要性を説いて、なんとか隣国から石を仕入れているという店に行く時間をもらうことが出来た。制服から私服に着替え、渡された金を持って通りへ出る。透明な瞳が見られないように帽子を目深にかぶって。


 隣国と関係のある店は全部ここの通りにまとめられているから、ここを探せばいい。それにしても、来るのは久し振りだな。お隣さんにお土産でも見繕おうか。

 そんなことを考えながらふらふらしていると、目当ての店の看板が見えてくる。この店は店主のじいさんと仕入れ担当の若い女性のみで経営する店で、結構いい品がそろっているからうちの研究所の人たちが重宝しているのだ。


 「すいませーん、○○○○研究所のものですが。」


 そう声を張りながら店内へ足を踏み入れる、と前方で店主のじいさんと言い争う誰かが言い争っている。この客は魔法に優れているようだ。その刻まれた魔法をひしひしと感じる。近づくと、そいつは銀髪だということが分かった。同じ無属性もちとして少し興味を持つ。

 思ったより小柄だな。声からして女性だが、十五、六くらいだろうか。


 会話の内容に耳をそばだてる。


 「……さん、それは……だって。」

 「仕方ないだ………んだから。」

 「でも………仕入れ………よ。そうした………ないんだよ。」

 「………だろう。こちらは………いんだ。」


 あまり聞こえない。感情的になるとよく聞こえるが、二人とも意図的に音量を小さくしているな。会話の筋が全然入ってこない。

 俺も時間がないし、気づかれるのを待つ前にここで声を上げねば。


 「あのー!じいさーん!今取り込み中?」


 俺の声にやっとじいさんは反応する。客はこちらを振り向かずにカウンターに手をついている。


 「ああ、君か。また大きい水晶が欲しいのかい?」

 「いや、今回は特別で、ベリルが欲しくて。赤いのか透明なのがいいんだけど。」

 「ああああ…」


 じいさんはため息とともに後ろを振り返って突っ立ったままの客に声をかけた。


 「こういうわけなんだ。どうか、少しだけ諦めてはくれないかい?」


 客に何やら交渉しているようだ。しかし、客のほうは黙って横に首を振る。


 「そこのお客さんもベリル欲しがってきたの?」

 「この店のベリルを全て頂きたいという話をしていた。」


 俺の問いには客本人が答えた。 すべて。え、全部ですか。買占め?なんで?


 「え、ちょっと待って。それは水晶とかじゃ替えはきかないの?ベリルといっても幅広いだろ?緑のとか蒼いのとかもあるけど、全部?」

 「駄目なのか?そもそもお前のほうは替えはきかないのか?」


 うわお、逆に聞き返された。まったく面倒なことになってしまった、と思いながら一から説明した。くそ、初対面で名前も知らない人なのに俺の口下手がばれた。

 話を聞き終わると客はこちらを向いた。結構な美人だが、一番目を引くのは銀髪に銀の瞳という完璧な無属性の色彩。それに関心する暇も何やら質問する暇も与えずに口を開く。


 「それは、お前の魔法の精度が悪いな。」

 「え。」

 「お前の求めている重さの石はこのくらいだろう?」


 そう言いながら彼女はカウンターに飾ってある水晶をひょいと掌に載せる。


 「で、捕獲に隷属だろ。」


 その言葉と共に魔力が魔法として実体を持ち、紅い光を漏らしながら黒い蔦によって水晶に取り込まれていく。


 「これを50回以上繰り返せばいいのだろう?」


 そういう少女の手は素早く動き、一度にいくつも魔法が現われては水晶へと消えていく。一分経った後には紅色に色づいた水晶。


 「そ、そんな小さなものに何回詰めたんだ?」

 「ざっと200くらい?」

 「そんなことしたら、魔術具が爆ぜる!」


 別に小さい石に沢山魔法を詰めることが万人にできないわけではない。ただ、結果石が爆ぜ、甚大な被害が伴うだけで。


 「そんなの衝撃防止をかけておけばいいじゃないか?」

 「あ、待てかけるな!」


 魔法がパンパンに詰まった石に魔法をかければただ衝撃を与えるだけ。爆発する! と思って目をつぶった後、衝撃はいつまでたっても来ず、そっと目を開けると衝撃防止に包まれた紅い石を手に載せて満足そうにする少女がいた。


 「なんでだ?信じられない。」

 「魔法を石に詰め込む際に一つ一つが大きいからたくさん詰めると爆発する。凝縮すればそんな心配もないというのに石ばかり無駄に使いやがって。」


 そうぶつぶつ文句を言いながら石を俺の手の平に置き、ベリルちょーだい、とじいさんをつつき始めた。

 ここで聞かなかったら一生聞けないだろうと思ってその背中に声をかける。


 「あんた、名前は?」

 「…教えてほしかったら私の弟子になれ。」


 この洗練された魔法をこの少女が教えてくれるというのだろうか。それなら喜んでなろう。


 「なるよ。」


 そう答えると少女は自由さをにじませた笑みを浮かべた。なんかそう言っても意味わからなそうな気がするので説明すると、ただいたずらしに来た小鳥みたいな感じだ。そして、いつかの少女を思い出させる。


 「じゃあ、また明日この店においで。」


 そう言いながらじいさんに売買の契約書を握らせてドアの前まで歩き、ふと何かを思い出したようにこちらを振り返った。


 「あ、私に名はない。“旅人”と呼ばれたことはあるけど、皆好きなように私に名をつけて呼ぶ。」

 「アリー。」


 それを聞いて一番最初に心に浮かんだ言葉。彼女の名前。


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