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復讐者の俺と仇の彼女

 時は平安。場所は(あやかし)がはびこる京の端っこの一軒家の縁側。


 そこで、俺は片肌脱ぎの着物と()()()仁王襷(におうだすき)の背中を見つけるや否や叫んだ。


「鬼なんかこの家から出ていけ!」


 それは、俺が彼女と顔を合わせる度、ほぼ毎日第一声でかけていた言葉だった。初めて会ったときからずっと。


 その声に振り返った彼女は、決まって猫のような緋色の目を細め、笑って言った。


「ならば、自力でどうにかしてみせるんだな、坊や」


 その言葉を返される度に、俺はたじろいでいた。何故かって? そんなの、彼女の濡羽(ぬれば)色の髪から鋭く伸びる二本の黒い角を見たら、武の心得のない者は大抵怖いと思うだろう。


 揶揄なんかではなく、文字通り彼女は正真正銘、鬼だったのだから。


「ほれ、どうした? 追い出さないのか?」

「今に見てろ、絶対追い出してやるからな!」

「まずはその泣き虫をどうにかしないことには先は長そうだがな」

「泣いてない!」


 彼女はとにかく事あるごとに俺をからかった。それに対して何もできないことが、幼心なりに悔しかった。そして、何より彼女が憎かった。


 憎かった理由は単純。俺から両親を奪った鬼が彼女だからだ。俺の目の前で両親を殺し、血に狂っていたはずなのに、どうして俺のことは殺しもせず、喰おうともしないのかはわからなかった。そんな得体の知れない親の仇を、俺はただただ俺の屋敷から追い出したかったんだ。


()の子がそう泣くものじゃない」

「うるさい!」

「やれやれ」


 だいたい俺が癇癪を起こすと、彼女は決まって俺をその胸に抱き寄せた。母よりも大きく柔らかなそれに、普通の男子ならば喜びもするのだろうが、何せ相手は仇だ。喜ぶどころか、俺にとっては嫌がらせ以外の何ものでもなかった。


「はな、せっ!」

「ならばさっさと泣き止め」

「泣いてないって言ってるだろ!」


 そう言って殴っても、彼女は笑うばかりだった。そして俺が泣き止むまで、何をしてもずっと頭を撫で続けた。


 そして、彼女は何故か朝晩、俺と膳を囲もうとした。一体どこから調達してきたのかわからない材料で拵えられた食事に、最初の最初は警戒しかしてなかった。肥えさせてから喰おうという魂胆なんじゃないかと思ったからだ。何よりも、仇からの施しを受けたくなくて、それを食べないというのがせめてもの抵抗だった。


 それが数日に及び、俺の意識が徐々に朦朧とし始めてきた頃。彼女は郷を煮やしたように、その得体の知れないものを無理矢理口に押し込んだ。


 何をするんだと叫びたかった。鬼の作ったものなんか食べるものかと。


 でも、数日何も口にしていなかった身体は正直なもので、久々にありついた食べ物をつっかえながら飲み込んだ。一口飲み込んでしまえば、残っていた僅かな抵抗など、あっという間に瓦解した。抗えないことは勝てないこと以上に惨めで、悔し涙が零れた。そんな俺の頭を撫でながら彼女は言った。


「泣くくらい悔しかったら、しっかり食って強くなるんだな」

「お前なんかに言われなくたって、強くなってやる……!」


 そう言って、睨み付けたのに、彼女がどこか柔らかく、ホッとしたように笑ったことに戸惑ったのを今でも覚えてる。それ以来、食事に関しては、死んでは元も子もないと言い聞かせつつ、食べるようになった。


 一度、材料をどこで手に入れたのかと問えば、大半は俺の後見人なってくれた方が差し入れてくれた食材と、山で採ってきたものだという。猪や鹿の肉も並ぶこともあったから、彼女が食材を入手するために山に分け入っていたのは疑いようもなかった。その日から、盗ってきたものじゃないのだからと、言い訳が増えた。


 両親が死んで以来、まともな暖かい飯にありつけたのが、彼女が作ってくれてからだったということに気付きもせず。彼女の揶揄いはいつも、俺が一人で沈んでいるときにかけられていたことに気付くこともなく。


***


 それから月日が流れ、元服を迎えたその年の節分の夜。俺は炒り豆を入れた升を手に彼女の前に立った。それだけで彼女は俺が何をしようとしているのかわかったらしい。妖気で作った金棒を担いで立ち上がった彼女は、ニヤリと笑って言った。


「ほぉ? たかがそんな豆粒ごときで妾をここから追い出そうと言うのか。くっくっく、面白い。やれるものならやってみるがいい」

「やってやるさ」


 武に関しては芽が出なかった代わりに、俺はかの有名な稀代の陰陽師に教えを乞うた。弟子を名乗るには、その教えの大半を理解することはできなかったし、俺にできるのはせいぜい、ほんの少しの呪力をものに込めて魔を祓うことだけだったが。しかし、俺が欲したのはそれだけだから、あとは猪さえも仕留める彼女のそれを俺の呪力が上回れば、目的は達成される。


「ノウマク サンマンダ バサラダン センダン マカロシャダヤ ソハタヤ ウンタラタ カンマン!」


 右手で刀印を結び、不動明王の真言を唱える。そして、今日のこの日のために、呪力を込めてきた炒り豆を彼女に思いっきり投げつけた。


「鬼は外!」


 短い呪と共に投げつけたそれが彼女に当たれば、それらは光となって彼女の身体をなぞるように迸る。しかし、彼女は涼しい顔をして笑みを崩さない。その笑顔に、この数年の努力は無駄だったのではないかと疑いかけたそのときだった。


 彼女の身体が徐々に透け始めると同時に、彼女は寂しげに笑って言った。


「強くなったな、坊」

「……え?」


 いつも揶揄って小馬鹿にしてきた彼女の言葉に、虚を突かれる。そんな俺に、彼女はほぼ透明になった状態で言った。


「私がお前を守るのはここまでだが、達者で暮らせよ」


 そう言い残し、彼女は俺の屋敷から姿を消した。後に残されたのは、俺だけ。広い屋敷の何処からも、彼女の匂いも気配もしない。


「はは……。やった。やったぞ。俺の手で鬼を追い出したんだ!」


 念願が叶ったことを噛み締めたくて、両手の拳を握りしめる。しかし、その達成感はほんの一瞬だけだった。どうしても、最後に見せた彼女の寂しげな笑顔と言葉が、脳裏に焼き付いて離れない。


「アイツは仇だ。仇なんだ」


 情なんてわくはずがない。わいてない。アイツは俺の両親を殺したのだから。


 そんな中、緊張が抜けたのか、俺の胃が途端に鳴き始める。それと同時に美味しそうな夕餉の香りが漂う。匂いにつられて辿れば、いつもの場所に、いつも通り二人分用意された膳。それはまだ温かかった。


「こんなもの二度と口になど……!」


 感情にまかせて二つの膳を壁に投げつけようとした。が、できなかった。


 文句を言いながら、泣きながら食べる俺を見て笑った、いや、微笑んでいた彼女の顔が浮かんだからだ。


「なんで、憎んだままで居させてくれなかったんだ……」


 知らず知らずのうちにあふれ出た涙は、湯気を立てる彼女の作った飯に滲んで消えていった。

お読みくださり、ありがとうございます。

三話構成の話になりますので、もしよろしければ最後までお付き合いいただけたら幸いです(*´∀`*)

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