足の引っ張り合いの結果
自転車の仕様だが、基本的にダンジョン内や建物内でなければどこでも使用可能だ。今後のアップデートで新フィールドが追加されることにより移動時間が増えることへの対策だろうと、ポポさんやめっちゃ色々さんはにらんでいた。新スキルの『チャージダッシュ』もその一環なのだと思う。
ジェット移動ほどのスピードは出ないが、MPを消費するわけじゃないので安定して速い速度で移動できるのが自転車の強みだ。課金アイテムなどでより速い乗り物もあるみたいだし、欲しくなってくるが……使用期限30日とかそういう感じの販売なので、見送っている。今回のイベントの優勝賞品や、スクショコンテストの賞品みたいな形で手に入る場合もあるだろうし、そちらを狙ったほうがいいか。
あと、先ほど基本的にはどこでも使用可能だと言ったが……使用禁止エリアに入ったらどうなるのか今、証明されようとしていた。
「のう!?」
「です!?」
「ほっ……着地ー」
僕とアリスちゃんはチェックポイントを通過した瞬間に自転車が消えてしまったことで、顔面から地面に滑るように激突し、砂煙を上げて前に進んでいった。
っていうかなんでディントンさんはまともに着地できるんだ?
「慣れよー。火山下のダンジョンとか、トロッコに乗る場所も多いし、乗り物から落ちたときの対処法ぐらい身に着けていないと溶岩に落ちて死ぬからねー」
「まさかここで同じところ周回していたツケが回ってくるとは……やっぱりまだまだ知らないテクニック多いね」
「です――って、無駄話もそこまでにしたほうがいいです! 後ろから続々と来ているんですよ!」
「分かってらぁ!」
チェックポイントが近づいてきたあたりから、後続のプレイヤーの数が多くなってきた。どうやら、渦潮や砂嵐といった障害物が解除されているらしい。僕たちも途中で砂嵐が消えたので、おや? とは思っていたのだが……どうやら、泥沼化を避けるために一定時間で解除される設定だったようだ。
いや、結局のところ妨害行動に奔って泥沼化しそうな気もするけど――
「ここは全力でダッシュだ! ここまで来たら誰かが漁夫の利を獲る可能性だってあるんだ。妨害なんかに奔ったら横から優勝をかっさらわれる!」
「それは分かっているですが、真っ先に乱闘始めた人の言う事じゃないですね!」
「アリスちゃんもねー。まあ、私もだけどー」
「村長ォオオオ! よくもさっきは置いていったなぁ!」
「やばい。ライオン丸さんが追ってくる」
「最初から思っていたんだけど、髭もじゃに全身ピッチリのウェアって似合わないねー……色も合わせて南国のサンタクロースみたいになっているし」
そういえばライオン丸さん、赤系のウェアにしていたな。
ちなみに、他のみんなは普段の装備のカラーに合わせていた。僕もマフラーのカラーリングに近かった赤と青のデザインにしたのだが……最初、上半身が覆い隠されたことで驚かれたよ。みんな、そこに注目するのかよとツッコミをいれてしまった。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん、アリスは似合うですか?」
「あ、そういえばアリスちゃんはピンクのウェアか。最近は青色のチャイナドレスだったけど、その色が一番似合っているよ」
「えへへー」
「そこー、二人の世界を作らないー。あと、最近既存装備でも染色の幅が広がったから、そろそろ色とデザインもマイナーチェンジするよー。全員分ねー」
「……全員分って結構な量があるでしょうに」
「楽しいわよー」
「そこー! なにのほほんと会話しておるんじゃー! 全力疾走しながら世間話とかどうやっておるんじゃ!」
「いや、ゲームだから。体は動かしているけど、それはそれとして会話ぐらいできるよ」
「そうよー。今だって全力で走っているじゃないのよー」
ゴールの帝国首都を目指して全力疾走中。スキルも併用しているけど、MP的にも途中で尽きるだろうからいけるところまで走って、後はどうにでもなれー作戦の決行中。すでに城は見えているが、まだ距離がある。
僕たちに出来るのは、根性と叫びながらひたすらに走るのみ。後続のプレイヤーたちもひたすらに走って来ている――1番警戒すべきなのは普段から『跳躍』などの動きのサポートをするスキルを使い慣れているイチゴ大福さんだろう。らったんさんもそうだが、【怪盗】はこのゲームにおいて随一の身軽さを誇るのだ。
そして単純にアバターを動かし慣れ過ぎているポポさんとニー子さん。先ほどは沈んだことでリスタートしたから僕たちよりも後方にいるが、すでにかなり近い距離まで迫っていた。
「負けるかぁ! ドM女には死んでも負けられないッ」
「おほほほ! いくらゲームでの体の動かし方をマスターしていようと、リアルでの運動不足がたたりましたわね! フォームがなっていなくてよ!」
「うるさいっ!」
……なんか、ニー子さんがゆろんさんに絡まれている。いや、こっちに気が付かれたら面倒だからそのまま二人で仲良く喧嘩していてほしい。
ニー子さんは大丈夫そうだが、ポポさんとイチゴ大福さんの二人が虎視眈々とトップを狙っているのは依然変わりない。そんな中、小さな影が僕たちの前に躍り出た。
「なっ!?」
「吾輩たちをも追い抜いただと!?」
「誰だ、いったい!?」
「甘い。甘いよみんな! 最初に村長たちもやっていたでしょ、他のプレイヤーを蹴ればそれだけ『跳躍』で加速できる!」
背中に小さな羽が見える。フェアリー特有のそれを背負ったのは銀ギーさんだった。そうか、確かに他のプレイヤーを踏んだ時に地面を蹴るよりもより早く進めたが……
「って、貴女そういうキャラじゃなったはず……なぜ他人を蹴落とすような真似を?」
「私だって、私だってたまには大活躍とかしたいんだよ! 職業を【魔法剣士】にして、よりスキルを使いやすそうなフェアリーに種族変更して、周りはマスコット的な扱いをするし、暴走しがちなプレイヤーたちを取りまとめたり、私はもう疲れたの! だから、ここで大いに目立って銀ギーさんソロデビューするの!」
「ダメだ、なんか追い詰められた顔しているんだけど」
「あー、そういえば最近結成したチームのリーダーやらされてつらたんとか愚痴っていたなぁ」
「元々面倒見がいいからね、彼女。いろいろとため込んでいたのだろう」
「知っていたなら助けてあげようよ」
「「だって面倒だし」」
「オイ」
「あのー、お兄ちゃん。いいんですか? 銀ギーさんにトップ奪われたですよ」
「……あ」
しまった。さっきの叫びに気を取られて、先頭を許してしまった。ポポさんとイチゴ大福さんも気が付いたのか、ぐっと腰を落とした。どうやら『チャージダッシュ』の発動体勢に入ったらしい。
「僕たちも一気に行くよ!」
「はいです!」
「負けるのは悔しいからねー」
後続のプレイヤーたちも続々と迫ってきている。
なお、ライオン丸さんだが……どうやら先ほど銀ギーさんに蹴られたのは彼だったらしい。哀れな……次々にやってきた後続のプレイヤーの濁流にのみ込まれ、姿が見えなくなってしまった。
「一気に追い上げる! 優勝は渡さない!」
「行くですよ、秘儀、二人三脚で交互にスキル発動です!」
「なっ!? 『チャージダッシュ』にそんな使い方が!?」
アリスちゃんと二人、息を合わせて走る。ロープで縛っているわけでもないが、二人三脚で息を合わせてスキルを使うと通常よりも加速することが可能なのだ。まあ、タイミングが合わなければ逆効果だけど。
それにポポさんも驚いているあたり、彼も知らない効果だったらしい。ちなみに後日検証した結果、他にも似たような性質のスキルが存在しており、テクニックの一つとして衝撃加速という技が使われていることが判明した。
それはともかく、今はこれでどんどん追い上げていくぞ。
「待つですー!」
「優勝は渡さないっ!」
「たまには私だって勝ちたいんだー!」
「吾輩だって、優勝賞品の性能を検証してみたいのだ!」
「俺も負けるのは嫌なんだよね! BFO最強の座はまだわたさんぞー!」
ポポさんとイチゴ大福さんも追いかけてくるが、二人の息を合わせたこの加速方法には追い付けない。銀ギーさんも追い越し、やがて僕たちがトップに躍り出る。
「よし!」
「このまま一気に追い上げて――」
と、そこで僕たちに声をかけてくるものがいた。
追い越された流れで忘れてしまっていた、ディントンさんである。
「さすが、息がぴったりねー。まるで夫婦だわー」
「え、えへへーそうですかー?」
「ちょ、アリスちゃん!? リズムが狂う!」
「あ、きゃっ!?」
照れてしまうようなことを言われた結果、僕たちのリズムが狂ってしまったことで二人三脚が逆効果となってしまった。これではむしろ減速してしまう。
そうして、一度追い抜いた彼らが迫ってくる。仕方がない、ここからはお互い一人で走るしかない。
「うー、ディントンさん! なんで邪魔したですか!」
「だってー、忘れられていたんだものー」
「子供ですか!」
「ぶーぶー」
「ああ……まだアリスがフェアリーだったころ、きつい言葉を使ってでもアリスをどうにかしようとした貴女はどこへ……」
「それはそれ、これはこれ。私だって一人の人間よ――賞品の自転車があれば、月をバックに空を飛ぶシーンを撮影できそうじゃない!」
「初期装備ので十分じゃないですかね、それ!」
……なるほど、ディントンさんはスクショコンテストはそういう路線で行くつもりだったか。ってうか、それやっている人けっこういそうだけど……ネタかぶりとか大丈夫だろうか?
しかし最新要素を組み込んだ写真か。灯台下暗しだった。僕も何か考えておこう。
と、足こそ動かしていたが気を取られてしまったその瞬間だった。後方から何やら騒がしい声と共に誰かが追い上げてきたのだ。
「だいたいアンタはいつもそうだよね! いかにもお嬢様です! って感じの見た目にしてさ、もうちょっと慎みを覚えたらどうなの!?」
「そちらこそ、ご両親に申し訳ないと思わないのですか? 趣味の範囲ならとやかく言いませんが、いくらなんでも私生活を捨てるレベルでのめり込むのは趣味の範囲を逸脱していますわよ! 将来どうするおつもりで?」
「あーあーきーこーえーなーいー! オレには何も聞こえませーん!」
「子供ですか貴女は」
「年齢的には十分子供ですー! まだ未成年ですー!」
「それならそれでその年でダメ人間街道まっしぐらなの問題でしょうが! ほら、ご両親にはわたくしからも頭を下げてあげますから、せめて高校は――」
「大きなお世話! っていうかアンタはオレのオカンなの!?」
……なんで大声で喧嘩しているのに息の合った二人三脚で進んでいるんだ? っていうか僕たちだって自転車の練習したときにネタでやってみたら成功しちゃったテクニックなんだけど……やり方知らないよね? 無自覚で成功させているの? え、どういうこと?
「気にするだけ無駄だぞ村長」
「吾輩もあまりかかわりたくはない……ニー子君はともかく、ゆろん君とはあまり話したくない」
「ポポさんが苦い顔をしている……何かあったんですか?」
「昔、ちょっとね――というわけでお先に!」
「そうはさせるか!」
「おおっと、先には行かせねぇよ!」
「アリスも勝ちに行くです! 優勝賞品の自転車ならお兄ちゃんと二人乗りできそうな大きさなので!」
「なるほどー、アリスちゃん的には村長と自分、どっちが勝ってもおいしいわけかー。ゲームなら二人乗りも大丈夫だしー……でも勝利は渡さないー!」
「……うん? あ、いつの間にかトップ陣に追いついていた! よし、追い上げる!」
「あ、待ってくださいなニー子さん! それはそれとして、わたくしもやるからには勝ちたいですわ!」
そして、僕たちは走り抜ける。追い抜き、追い越され、壮絶なデッドヒート。誰かが誰かの妨害をする可能性もあったが……それをすれば、確実に他のプレイヤーが前に出てしまう。だからこそ、僕たちはただ前を向いて走り抜けていた。
……いつの間にか、周りの音は気にならなくなっていた。ただ、ゴールを目指すだけ。ゲームの中だ。体の重さを感じるわけじゃない――でも、いつもより軽やかに動いていた。そして、ついにゴール地点の帝国首都、その城門へとたどり着いた。
「根性ォ!」
「ひっさーつ!」
「語感は似ているけど、なんか違うぞ村長たち!」
「優勝は貰ったッ!」
「ゴール! ……ほぼ同時だったようなー?」
「精神的に疲れましたわね」
「体は疲れないハズなのに、足が震えるんだけど……」
各々声を上げながらゴールへと流れ込んだ。ディントンさんが言った通り、ほぼ同時だったと思う。これは、ビデオ判定が必要か?
そう思い、運営の人が来てアナウンスをするのを待っていたが……あれ? 妙な視線を感じる。
「…………何やっているんだ、みんな」
「うん? あれ……どなた?」
「どこかで見覚えがあるようなです?」
僕たちは首を傾げ、目の前にいた彼が誰だったかを思い出そうとしている。スタッフの人かなーと思ったけど、違うような気が……
見た目に特徴は無い。服装がいつものものだったら思いだせるのだろうが、生憎今はスポーツウェアなので記憶から引っ張り出せない。
「いやいや、俺だよ! アドベン茶だよ!」
「……ああ!」
「あ、お兄ちゃんのほかの【村長】さんでしたか」
「ああ、君か!」
「すまん。素でわからなかった……」
「どなたですの?」
「そういやアンタは知らないか……まあ、オレらのフレンドだけど…………ごめん、顔が地味だからすぐにわからなくて」
「ひどいなオイ……ゴールしてからお前らが来るまで暇だったんだぞ」
「それはゴメン――――うん? ゴールしてから?」
あれ? おかしいな……僕の耳が遠くなったのかな? なにか不穏な単語が聞こえたぞ。
「そうだぞ。俺がゴールしてから、結構間が開いていたんだけど……なんでみんな遅かったんだ? デッドヒートしていたみたいだけど、俺は他のプレイヤー見なかったし、道間違えたんじゃないかと不安になったんだぞ」
「えっと……どういうこと?」
「それについてはこちらから説明させてもらおう……」
「あ、チェシャーさんだー」
「なんか顔が青いけど、大丈夫か?」
そこで唐突に現れたのは、チェシャーだった。というか開発の人ですよね? アリスちゃんもげんなりした顔をしているけど……疑問に思われるのは分かっていたようで、すぐに答えが返ってきた。
「先ほど、後続で大クラッシュが起きてね。MC組含めてそちらの対応をしている」
「クラッシュって……最後はマラソンなのに」
「君らみたいに人を蹴って進もうとしたって言えばわかるかい?」
「あ、すいません……」
真似した人が現れたのだろう。ジト目で睨まれてる。誰が言うまでもなく、僕らはその場に正座して反省の意を示す。アドベン茶さんだけが何事って顔をしているのが印象的だった。
「あと、彼がこうもあっさり優勝している理由だが――君らみんな、スタート時点で乱闘を始めたけど、彼は普通にスタートして泳いで海を渡り、砂嵐を自転車で越えて、そして最後のコースを走り抜けただけだからね」
つまり、最初の乱闘のせいでアドベン茶さんの一人勝ちへの道筋が出来上がってしまったと。
「まさかあそこまで他のプレイヤーに狙われずにスムーズに進めるとは……」
「え、誰かしら乱闘するよなぁとは思ってスルーしていたんですけど……具体的にどれほどのプレイヤーが乱闘に参加していたんで?」
「9割」
「多すぎるだろオイ」
「その中で君は前に出てもスルーされてしまうほどに地味だった。おめでとう、地味の勝利だ!」
「うれしくないんだけどその祝われ方! なに? チェシャーさん顔青くなっているし、虫の居所でも悪いの?」
「……期限切れのカレーパン、食べたらお腹がヤバいことになって……さっきまで、奮闘していた」
「自業自得じゃねーか」
その後、チェシャーはログアウトし、クラッシュが解決したのか別のスタッフが来て改めてアドベン茶さんが表彰されることで今回のレースは幕を下ろした……グダグダになってしまうのは、僕たちならではだろう。
「俺は納得いかないんだけど。頑張ったのに、優勝したのに」
「なんか本当、すいません」
@@@
「ご、ござるぅ……」
「よぐそと殿、しっかりするでござる。よぐそと殿!」
「よぐそと君、他のプレイヤーにふっとばされまくっていたからね……何度もリスタートして、気力も使い果たしたか」
「おのれ……っていうかみょーん殿もさっきから何をやっているでござるか?」
「いやぁ、どうせ今からすすんでも間に合わないし、だったら普段と違う設定でちゃんと体を動かせるようにトレーニングをね」
「……結局、まだうまく体を動かせなかったんでござるか」