4等分の――
水面をダッシュするうえで重要なのは足を止めないことだ。
ひたすらに前へ前へと走り抜けなければならない。
「ぬおおおおおお!!」
「思ったより疲れるんですけど精神的に!」
「足を止めるなぁ! MP的にギリギリしか持たないぞ!」
「根性を見せる時じゃ!」
「思ったよりキツイー」
目ん玉飛び出るんじゃないかというぐらい必死の形相で、手足もものすごい速度で動かしているからか残像だけが見えている。人間の限界を軽く超えているが、どれだけ無茶をしようと僕らの体はただのアバター。壊れることは無いのである。
ならばこそ、どれほどの無茶を重ねようとも、人間の可動域を越えた動きをしようとも、ありえないスピードで動かそうとも関係ないのだ。
「アハハハハハ!」
「いくら体は大丈夫でも精神はキツイです!」
「足が、足がつる」
「気持ちにはダメージは発生するのよー」
「そろそろ陸地だ……ああ!? MPやばい!」
視界のスミで確認していたMPバーが凄い速度で減っていく。もはや風前の灯火だった。残り数ドットの命。いや、落ち着いて対処をすれば問題は無い。自動回復もあるから見た目よりかはもつ。渦潮の影響範囲さえ乗り切れば確実に陸地にたどり着ける。
「急ぐのじゃ、ここで落ちたらすべて水の泡――あー!?」
「ライオン丸君脱落ー」
「ライオン丸さーん! ……よし、切り替えていこう」
「お兄ちゃん、薄情すぎやしませんか?」
「いや、だって足も滑らせて思いっきり渦潮のほうに流されていったじゃないか……もう助けられないからね」
「確かにそうですけど……ぷふっ」
「アリスちゃん、笑いをこらえきれていないよ」
哀れにも渦潮の影響を受ける場所で足を滑らせたのだ。大きい音を立てながら沈んでいった。下半身だけ上に突き出たままグルグルと渦にのまれていったせいで笑いをこらえるの大変だったんだけど……なんだよあの新感覚スケキヨ。
笑いをこらえきれないのも無理はない。
「それで陸地っていうかチェックポイントすぐそこだけどー」
「……そろそろ渦潮にのまれる領域からは抜けられるから泳ぎに戻るか」
「アリスたち、結局まともに泳ぎませんでしたね」
「私たちらしいけどねー」
そんなわけで陸地に到着。
MPは尽きたので回復待ち。まあ、ここからは自転車で進むのですぐさま使うことも無いが。
というわけで、三人とも自転車に乗ったわけだが……思った以上にアップダウンが激しい上に視界が悪い。茶色い小さい粒が風で飛ばされてきている。
「道、結構険しいね」
「視界が悪いです」
「近くの砂漠から砂が飛んできているからねー」
「今度の障害物は砂か」
「ですねー……あ、そういえば渦潮のところ、水中からなら泳いで進めたんじゃないですかね?」
「どうだろう? ゲームだから実際の渦潮と違って、水面近くだけ影響範囲だったと思うけど」
「無理じゃないかなー。実況スレでー、サメが大量にいるって言っているよー」
「いつの間にスレ見たんですか、っていうか誰だよ実況していたの……僕もやればよかった」
「言うと思ったー」
「今からやるです?」
「いや、二番煎じはやめておく。ひとまずは進もう」
泳ぐ――海面を走るよりかは気分的にも楽だけど、視界の悪さはやはり厳しいものがある。
コーステープがあるから明後日の方向へ行くことは無いのだが、逆走しないように気を付けないといけないだろう。実際、僕らは何度かやりそうになった。
「……いえ、逆走しかけたのはお兄ちゃんだけですよ」
「村長ってー、実は方向音痴ー?」
「…………」
「え、マジなのー?」
「お兄ちゃん?」
「…………黙秘で」
「それ肯定しているようなものだからねー」
ちゃ、ちゃうねん。地図とか目印があればわかるんだよ。それが無い状況だと方向感覚狂って目的地になかなかたどり着けないだけであって、方向音痴とかそういうんじゃないんだよ。
「でもお兄ちゃん、あの新人さんたちはルートを教えてもらっていましたけど結構なスピードで外に出たですよね? いえ、お兄ちゃんが基準になっていたですけど――本当はただ単にお兄ちゃんが迷っていただけって話なんじゃ……」
「よーしフルスピード!」
「ああ!? 逆走したら危ないですよ!」
「僕にかまうなぁ!」
「お兄ちゃーん!?」
「……図星だったかー」
この後、アリスちゃんに引っ張られて元の方向へ戻された。
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チェシャーこと、本名『久遠ケイスケ』は悩んでいた。
軽い気持ちで始めることとなったトライアスロンイベントについてだ。正式に乗り物システムを実装し、多くのプレイヤーに使い心地と移動力改善を体感してもらおうと今回のイベントが行われたのだが、予想以上にプレイヤーが暴挙に出たことで頭を抱えていたのである。多くのプレイヤーが同時に動くことで乗り物に変なバグが発生しないかもチェックするため、こうしてスタンバイしていたのだが、モニターに映し出された光景に胃を痛めていた。
ついでに言えば、すっかり染まってしまった姪っ子も率先して暴走していることもダメージの原因である。
「なんでああなったのか……マスコットの件以降、家でもぬいぐるみの類に興味を示すどころか不機嫌になるって姉さんたちも言っていたからなぁ…………そもそもの発端がこっちのミスだからしこたま怒られたし。いやいや、アリスちゃんのストレスの原因は周りの暴走が原因だって言ってんのに聞いちゃくれないし」
もはや自分の世界に入り込んでいる。
姪っ子の趣味嗜好についてはそこまで口を出したことは――あるかもしれないが、それでも今回のことについて直接関与はしていない。そこまで言われるようなことは……あるかもしれない。
「くそっ、言い返せないんじゃだめじゃないか」
「ケースケさん、またデース?」
「……ミランダちゃん、なぜ冷めた目で見るのかな?」
「姪バカとかキモイデース」
「ぐほっ」
「しかも姪の恋路に口をはさんだそうじゃないデースか。そのうち、『叔父さんなんか、大っ嫌いです』とか言われるデース」
「ぐはっ!?」
ぱたりとケイスケは倒れた。
それでも、最後に自分の仕事は終わらせると指先でエンターキーを押す。
「うん? 何をしたデース?」
「……長丁場になってもいけないから、時間で渦潮、砂嵐なんかのギミックが解除されるようにした。完走できない人が現れないように、様子を見て解除するつもりだったけど、暴走するプレイヤーが多いようだからさっさとゴールしてもらう」
「でも大丈夫デースか? 余計にトップ争いが激しくなるデース」
「そ、それは大丈夫……ほら、現在のトップを見てごらん」
「……あれ? 結構な差がついているデース。それに、この名前は……どういうことデース?」
「まあ、考えてみれば当たり前のことなんだけど、ね」
「うん? んー……ああ、なるほどデース。そっか、ステータスが同一ならそうなるデース」
「本当はもっとプレイヤーの反射能力とか、効率の良さで順位がつくと思ったんだけど……やっぱり、最初の暴挙が――ごめん、おなかが痛くなってきたからあとよろしく」
「そんなにショックを受けるなら最初からやるなデース……うん?」
そこでミランダはケイスケのデスクに食べかけのカレーパンが置いてあるのを見つけた……ただし、期限は5日前である。
「…………メンタルなのか、ずぼらなのか、どちらにせよ自業自得デース」
とりあえず、危険物はゴミ箱へ入れておいたミランダであった。
@@@
視界が悪い中、僕たちはプレイヤーの襲撃を受けていた。
この砂の中でも自転車を巧みに動かし、車輪で僕たちの首を的確に狙って来たそいつらの名前は、暗黒四天王!
「って更生したんじゃなかったのか!?」
「笑止! たしかに我らはランナーBの下で心を入れ替え、楽しくゲームプレイしている! だが、それはそれ、これはこれだ!」
「我々だって優勝はしたいのだ!」
「そうだそうだ!」
「いざ、尋常に勝負! ついでに言うと、優勝候補をここでつぶしておけば我らの勝利は確実!」
「なんでこんなに厄介なことにッ! それにアンタらまとめてこられると誰が誰だか分かんないんだよ! 同じ顔が4人だぞ!? なに? 4等分の暗殺者なの?」
しかも声もほとんど一緒だ。体格だけじゃなくて、声も顔もそっくりなのである。いくらゲームだからってここまで似るか? いや、わざとだろうけどある程度リアルの体格を読み取るこのゲームのアバターでここまでそっくりなのは……声はどうやっているかは知らないけどリアルの声質に近いし――まて、4等分?
「まさか4つ子なのかアンタら!?」
「気が付いていなかったか……」
「正直、今となっては有名かなーと思っておったが」
「我々も知名度がまだまだだな」
「ちなみに、決意も新たにキャラクターを作り直したのでキャラ名もそれぞれ暗黒四天王A、暗黒四天王B、暗黒四天王C、暗黒四天王Dだ」
「紛らわしすぎるッ」
「そこまでやるのかです……」
「うわー……村長、面白い友達増えたわねー」
「決して友達ではないのだけど」
「長話もここまでだ、斬り捨て御免!」
「ちょ、あぶな!?」
再び頭を狙われる。
っていうかなんで執拗に頭を狙うんだ?
「村長ー、一応言っておくけどー、頭でクリティカル発生したら即死だからねー」
「しまったそうだった――って、今回それあるの?」
「……あー、キャラステータスを考えると、今回のレースで難しいわねー」
「なに? どういうことだ!」
「知らないですか? キャラクターのステータスが全員同じ値ですから、ステータスを確認すればすぐにわかるですよ」
「…………なっ!? 運のステータスが0ではないか!?」
「こ、これではクリティカルが発生しないぞ!?」
「な、なぜなんだ運営!?」
「具体的にはどういう理由なんだろう?」
「アレじゃないー? 運のステータスがあるとー、ダメージ計算とかが発生したときにー、細かい計算が発生しちゃうからー、ミラーサーバーの負荷軽減のためー」
「あー、普段の大型サーバーじゃないから、大人数が同時接続しても大丈夫なように出来る限り軽減したのか」
「なるほどです」
「どうせ普通にレースする分には使わない項目だしねー」
それもそうか。元々運のステータスはクリティカル戦法をとるプレイヤーぐらいしか使わなかったけど。あ、それと【遊び人】もか。
「我らは、なぜそれにもっと早く気が付かなかったのか」
「おかしいと思ったのだ、頭を叩けど死なないのはなぜとばかり」
「プレイヤーが消えていった光景を見て、これだと思ったあの時の自分が恨めしい」
消えていった光景って……オイオイ。
「ディントンさん。あの光景を作った自分に対して一言」
「ちゃんとハラスメント設定緩和しておいたわー。みんなが犯人になりかねないしー」
「そうじゃねーよ」
グラビア撮影で悩殺していたことについてだけど、そこじゃないよ。いや、消えるだけでハラスメントどうなったとは思っていたけど、あの暴挙についてだよ。人のこと言えないけど。
「……その場のノリー」
「くそぅ、それを言われると反論できない」
「あ、あはは……お兄ちゃんもそんな感じですからね」
「ぐふっ、今のはちょっと効いた」
「それより村長、いいのー? 後続が続々と来ているわよー」
「うん? ……あ、やばっ!?」
「スキル使って一気に行くですよ!」
「それじゃあ、暗黒四天王さん、またねー」
思わぬタイムロスだった。急がねば。幸い、僕たちの目の前に他のプレイヤーは見えなかった。
一気に自転車エリアを抜けて、目指すはゴールだ!