いよいよ始まる足の引っ張り合い
『イエーイ! プレイヤーのみんなー! 準備万端でいい感じだぜー!』
トイレ休憩後、いよいよレースが始まる。
ログインし直してみると、マキシマーがまたMCをやっていた。まあ、そこは別に良いのだけど。
トライアスロンとは水泳、自転車レース、長距離走の三つの要素を合わせた競技だ。要素っていうかこの三つを順番に続けて行うんだけどね。正式な距離とかも決まっているんだろうけど、今回は気にしないものとする。
コースは最西端の孤島から南に泳いでいき、大陸に上陸したら自転車で東に走る。砂漠手前辺りにチェックポイントがあり、そこからは北へ走って進む。ちょうどUの字型のコースだ。
結構な距離があるので時間がかかるかなとも考える人もいることだろう。だがしかし、ここはゲーム。そして、スタミナゲージ的なものはこのゲームにない。
「つまり全力疾走し続けても問題は無い」
「むしろMP使って加速できるですからね」
「それがネックなんだよな」
現実のトライアスロンよりもかなり高速で決着がつくのだ。つまり、持久力よりもどれだけ効率よくスピードを出せるかが重要となってくる。また、スキルも二つしか使えない。
実際のマップのコピーだから下見もしてあるんだけど……相当な数のプレイヤーが同じように下見していたので、結局大まかな道順の確認しかできなかった。まあ、迷うような道じゃないし、ちゃんとコーステープで仕切られている。というより、コースを外れないように見えない壁も設置されている。
だからこそ、求められるのは本人のテクニックだった――そう、どれだけ裏技的な挙動を知っているかだ。そして、どれだけ多くのプレイヤーを出し抜けるかだ。
今この場にいる全員がライバル。やるからには優勝を狙う。だからこそ僕の……いや、僕たちのとった行動はただ一つだった。
「ぶっ飛べ!」
「全力で、妨害するです!」
「ワシの踏み台になれェェェェ!!」
「たとえアイテムが使えずとも――」
「オレ以外全員ぶっ倒れろぉ!」
「妨害上等ォ!」
全力で、他の参加者を殴り飛ばす!
『ちょ、いきなりの乱闘発生!? お前ら何してんだよ!?』
「たとえスキルは使えずとも素殴りはできるってさっき桃子さんたちの乱闘で判明していた」
「ならばやることはただ一つ、ほかのプレイヤーを妨害して自分が一位になる!」
「思ったよりも同じこと考える人が多かったですね……」
みんな恰好がウェアだからぱっと見誰が誰だかわからないけど、見知った顔の人たちが真っ先に妨害に乗り出したらしい。
……ある意味信じていたぞ。みんながその行動をしてくれるのを。前に出ようとするプレイヤーを殴り飛ばし、殴り飛ばされ、足を引っ張り合うプレイヤーたち。
そして、そんな僕たちを見とがめて見知った顔が前に出てきた。
「ロポンギー君!? なんでこんなことをするの?」
「そこにいるのはケチャップソースさん……理由はただ一つ、勝てば官軍!」
「話に聞いていた以上におかしい人なんだけど!? あの時の親切な君はどこへ!?」
「それはそれ、これはこれ!! 勝者が一人である以上、どっぷりつかったネットゲーマーはとにかく持ちうる手の全てを使って勝利を獲る! それがたとえ、他人の妨害だとしても!」
「反則とは書かれていないのでアリです!」
「良識とかは無いわけ!?」
「そんなもの時代や世界で変わる! 今、この場においての良識とは――全力で勝ちに行くことなり! 行くぞアリスちゃん!」
「了解です!」
「あだっ!? 人を踏み台にしたッ!?」
「それとお仲間は全力で妨害行為しているけどそれはいいの?」
「え――ちょっとマスターJ君たちまでなんで妨害行為しているのよ!」
「……おれたちだって、勝ちたいんだよ」
「だからってやっていいことと悪いことがあるでしょうが!」
そんなひっどい始まり方をしたスタートの光景。
ある程度乱戦にもつれ込んだところで、第二段階。僕とアリスちゃんは他のプレイヤーの頭を『跳躍』を使って踏みつけながら先へと進んでいく。
「俺を踏み台にしたァ!?」
「村長、それはズルいんじゃないかい!?」
「お先にー!」
「勝利は貰うです!」
できる限り引き離す。
そう考え、どんどん跳んでいく。MPもしっかり確認しておかないと……いつもより最大値が低いから、うっかりMP切れになる可能性もあるのだ。
『ちょっとー……これいいんすかね、主任さーん』
『ん、んー…………大丈夫だと思うわよ』
『なんで――あ、なるほど』
『ルール的に反しているわけでもないし、お祭りレースで言いっこなしよー。あ、申し遅れたけど主任ちゃんでーす』
『ちゃんってアンタ……』
『なんか言った?』
『いえ、何も。とりあえず、レースを実況するぜ! 大乱闘から開始しちまったレースだが、すでに何人かが乱闘エリアを抜け出して海へと飛び込んでいる。そこからは泳いで先へ進んでもらうことになるぜ』
実況が聞こえるが……正直、仕切り直しもあるかなーって思っていたのだけど、続行するらしい。
僕たちは既に海に飛び込んで泳いでいた。なお、現実の水の中でもないので普通に会話は可能です。
「意外ですね。アリスはやり直すかなって思ったですよ」
「僕も。まあ、賞品もそこまで性能がいいってわけでもないし、ガチで狙うほどのものじゃないんだけど……やるからには勝ちたい」
「ですね」
「というわけで、作戦開始!」
「行くですよ!」
アリスちゃんが僕の背中におぶさり、足をかがめてエネルギーを溜める。現実でこんなことやったら確実に溺れるけど、ゲームだからこそこんな無茶なこともできる。
そして、アリスちゃんがエネルギーを解放し『チャージダッシュ』を発動した。このスキル、使用したときの状態に応じて効果が若干変化するんだけど、水中なら一気に前に進むというものだ。そして、僕を掴んでいることで僕も一緒に進む。その状態で僕もエネルギーを溜めて『チャージダッシュ』を発動する。
「これぞ、交互にスキルを発動することで高速で水中を移動するダブルエンジン泳法!」
「やぶれるものならやぶってみろです!」
『協力プレイとかアリっすか?』
『アリよー。っていうか他のプレイヤーも結構協力プレイしている人いるわねー。一人がサーフボードのように水面に漂って、もう一人がその上に乗って波に乗ったりしている人もいるじゃない』
『……アレに意味は?』
『うーん。波をとらえられるなら進めるけど、失敗したら二人とも沈むわね』
『実際失敗して海に沈んでおりまーす! さてさて、他には海面を走る人――まってください、アレは?』
『ほら、右足が沈む前に左足を前に出せば行けるから』
『そんな馬鹿な』
『できているんだから可能だったんでしょうねぇ……でも、自然界にもそんな感じの生き物いなかった?』
『あー、確か小さなトカゲでいた……いやいや、だからって出来てたまるかって』
『出来とるやろがい』
『お前いったい何なん? イチゴ大福さんよぉ』
『でもポポとかニー子とかもやってるわよ』
『だからなんでできるんだよ!?』
き、気になるんだけど……っていうか水の上を走るってどうやっているんだ? 『跳躍』を使っているんだと思うんだけど、そのうちMP尽きて水中に落ちない?
『ああーっと! 水上を走っていた三人が水中にドボンと落ちた!』
『スキル使って無理やり水面を走っていたのね。で、MPが尽きたわけよ。小手先の手もそうそう長続きしないものよ』
『なるほど。後続も続々と続いていますが……思ったより差が出来ていませんね』
『能力を均一化してスキルも制限してたらそりゃそうなるわよ。反応速度とかはリアル側のスペックに左右されるけど、だからって最高速度にはそれほど差は出ないのよ。つまり、真面目に泳いだほうが速いわよ。もちろんスキル込みだけど』
え……しまった。妨害するよりも真っ先に前に出ておくべきだったか。
交代交代でスキルを使っているから他のプレイヤーよりは余裕があるとはいえ、僕たちのMPもそろそろ尽きるだろう。
「お兄ちゃん、どうするです?」
「あと何回かスキルを使ったら普通に泳いで進もう。で、MPが溜まったらまたスキルを使って先に進む。大陸に入ったら自転車の出番だからそこまで出来る限り差をつけるんだ」
「わかったです!」
アリスちゃんがスキルを発動し、僕には少し後ろを確認する余裕が出来た。見てみると、結構なプレイヤーが迫ってきている。なんていうか……たとえるなら、魚群。
見なければ良かった。かなり怖いんだけど。
「なんか、流れが速くなっていないですか?」
「うん?」
そこで、アリスちゃんがそんなことを言い出した。あまり気にしてはいなかったが、確かに流れが速い? というより引っ張られているような……あ、思い出した。
「たしかこの辺りって渦潮なかった?」
「あー、ありましたね、半島と大陸の間にでっかいのが……まさか」
…………ちょっとここでストップ。アリスちゃんと二人、立ち泳ぎの姿勢でMPの回復に努める。その様子を見ていた他のプレイヤーたちは不思議そうにしながらも前に進んでいってしまった。
「うん? どうしたんじゃ村長」
「ライオン丸さん、村民のよしみで忠告するよ。下手に進むと、ヤバい」
僕がそう言った直後、前のほうで悲鳴が聞こえてきた。
「何事じゃ!?」
「渦潮そのままあるんかい……どうする?」
「どうしようかです」
「あちゃー、そう言えばあったなどでかいのが」
「んー? どうしたのー」
そこでディントンさんも合流。なるほどなるほど、妨害云々について何もお咎めなかったのはこういう理由か。障害物的なものがあるから無理に先行したところでかえってタイムロスになると。
「さてと……距離的にギリギリかな」
「どうしたです?」
「いや、証明された以上使えるなーって」
まずは渦にのまれるギリギリまで近づいておく。
さてと、MPがまだ回復しきっていない。数分待たないと…………よし、溜まった。
「それで、どうするつもりなのじゃ? スキルを使って流れに逆らえば何とか進めそうじゃが」
「他の人たちはそうしているしねー」
「いやいや。そんな普通の方法なんて使わないよ」
「そうです。もっと速い方法があるじゃないですか」
「いや、当たり前のように言っておるが……ロクな方法じゃないんじゃろ?」
「うん」
「何を当たり前のことをです」
「自分たちの言動、今一度思い返してみろ」
「んー、で、どうするのー?」
「さっきイチゴ大福さんたちがやっていたじゃないか」
「……は?」
「あー、なるほどー。でも、あれってどうやるのー?」
「たぶん『跳躍』を使って水面を蹴っている――いや、初回だけ『チャージダッシュ』を使っているのかも。あのスキルを使うと次に使うスキルの速度が上がるから」
「な、なるほどのう……」
「ってことで行ってきます!」
「レッツ水面ダッシュです!」
「……楽しそうだから私も行くわねー!」
「ええぇ……まあ、ワシも便乗はするんじゃがな」
『渦潮エリアで何人か水面を走っていますが?』
『んー……なるほど、そうやっているのか』
『主任、何感心しているんですか』
『大丈夫大丈夫。なるようになるわよ』
『はぁ……でもまあ、渦潮エリアを突破したプレイヤーも現れている。それでも大多数のプレイヤーは渦にのまれてリスタートだ! それでも陸地からはさらに過酷になるぞ。まだまだチャンスはある。みんな、諦めずに頑張ってくれ!』